6.城塞内

蠢 動

 ランドーザ・ギュプレイの番だ。


 闘技会の初日からすでに二日が経過していた。


 例の騒動により、郡主バパラマズ殺害未遂の下手人と思われる剣士は取り逃がしたものの、その先導を果たした、あるいは共犯者と思われる少年を拿捕、拘束したことで、事態は迅速に収束していた。


 もっとも懸念されたのは、各郡から招かれた郡主たちのだれかが、こういった騒ぎを起こしたのではないかという率直な疑惑に対し、郡同士の過剰な牽制、あるいは対立関係がもたらされることであった。


 郡代ゾアスはいち早く、そのような疑惑の可能性は全く無いと断言し、外敵に備えた衛士増強は行っても、城壁内の客達に対してはこれまでと変わらないどころか、以前にも増した、礼を尽くしたもてなしをした。

 なぜそう断言できるのかという根拠については語られなかった。

 

 城内の守りは各郡からの賓客たちの守備警護はそのままに、より厳重な警備は郡主バパラマズとその家族、重要な家士たちの居住する一角のみに集中させ、つまりは客たちに、自分たちが監視したり、警戒されていると思わせないように、守備を固めたというわけであった。


 むろん、賓客たちの中には、この催し自体を中止し、すぐさま帰郡すべきと考える者もいたが、表面上はそれを明らかにすることなく、なんとか当初の目論見通り、〈辺境の六郡〉親睦と和解、協調のための闘技会は予定通りに進められていた。


 本日はその最終日、エリュン選抜の剣士達と、各郡より招かれた剣士達との、内々に行なわれる剣術試合の日であった。

 むろん、この催しは各郡に対するエリュンの『接待』であり、初日の闘技会のように真剣は使われない。

 名目上、参加剣士各人はめいめい木剣を手にしての闘技披露となるわけだった。


 城塞内の奥、かつてラシとゾアスの戦った旧バパラマズ邸の中庭の会場では、午前から午後にかけ既に四試合が実施された。

 ゾアスは闘技会の日の失態をだいぶ挽回している。


 各郡自慢の剣士達――デテラの〈百打ち〉カイダルは、エリュン郡守備隊隊長ジュニン・グルゥツに右腕と腹を木剣に打たれ、予想外の失態を見せた。

 マイアサンのヨルスとルブリのクロニオサートは、一応勝つには勝ったものの――ランドーザの見立てでは――もし真剣であれば、エリュンの剣士には到底及ばず、斬り殺されていた。ようするに、手加減されていたのだった。


 そして、たったいま衛士に運ばれていったドアースの剣士、大男ウツ・ルオイセンは、かなりの大ケガだろう。


 ――おそらく数ヶ月は剣を持てないな


 肩口から長剣で切り下げる、この群の中隊長という剣士の放った見事な技を思い出し、ランドーザは、郡主達の居並ぶ中庭に面したバルコニーを見上げる。


 赤毛に陽光がきらめいた。


 主のダクスは他の郡主同様、苦虫をかみつぶしたような顔でこちらを注視していた。その表情に浮かぶ危惧の色をランドーザは見てとる。


 ――ざまあみろ。おやじめ、せいぜい心配するがいいさ!


 ランドーザはふたつのことで腹を立てていた。


 ゾアス・ヴェーブは闘技会での不始末をすべて辺境から来た少年のせいにして、何か重大な秘密を覆い隠そうとしている。

 もてなしや警備、守護のことくらいで、うやむやにできるとでも思っているとしたら、それこそお笑いだ。


 ナアイは捕えられて以来、この城のどこかに押し込められたまま。

 どうやら、トファーズと、ラフィも捕えられたらしい。


 ――だが、あの男は、確実にあいつを狙って剣を投げつけたのだ!


 自分の目に狂いはない。

 ゾアスの席に突き立った剣を思い返す。

 あの凄腕の男はまっすぐあいつを狙った。

 ゾアスの放った不可解な言葉「デュロウ」とは何のことか分からないが、とにかくあの刺青の男との間には、なにか相当の因縁を持っているに違いあるまい。

 お飾りの郡主バパラマズの命など狙ったところで、当のゾアス以外、ほかに誰も得をするものはいないのだ。


 それにしても、なぜあの刺青の剣士はナアイを助けたのか。

 少なくともナアイのほうは、あの男の目的など知ってはいなかったようだ。

 だからこそ、ゾアスの言う郡主暗殺に手を貸したなどという言いがかりは、噴飯もののたわごとにしか聞こえない。


 ランドーザはナアイを好いていた。


 会って間もないというのに、黒髪の少年の素直でまっすぐな性格や、ものおじしないはっきりした態度を好ましく思っている。

 それは、修業時代、いろんな国を巡り、剣士としての自分を磨こうとしていたころに通ずるひたむきさを、あの少年の中に感じたからかも知れない。


 ナアイを郡主暗殺の下手人の片棒かつぎに仕立てたのは、思わぬ出来事の連続で失った、エリュンの政治的面目をなんとか回復させるためだとランドーザは見ている。


 そもそも闘技会自体、新たなエリュン郡代の手腕と〈郡守備隊〉の実力を諸郡に広く知らせようとして開催されたものであると、その目的はとっくに知れているのだ。

 それを分かっていながら、のこのこやって来た自分たちの間抜けさ加減に頭を移し変え、ランドーザは自分に腹を立てさせているふたつ目の理由、郡主ダクスの態度、を思い出した。


 ルルザは今朝、ナアイとの面会を取り次いで欲しいとダクスに願った。

 だが、返ってきたのは叔父の冷ややかな態度だった。


「それはできん。少しでもあの少年と関わりがあると思われては、わしがバパラマズ暗殺を画策したと言うようなものではないか」


 ――最後は泣いて頼んでいたっけな……やはり、あの娘もナアイを好きなのだ。

 

「命の恩人であれ、他郡の少年たかがひとりのため、わが郡に疑いを招くようなことは、郡主として断じてできんのだ。おまえもわしの姪ならそれくらいのことはわきまえておけ!」


 そればかりかダクスはきつく念を押した。


「よく聞け、以後わしの前であの少年の話はいっさいするな! 分かったな?」


 ランドーザの腹はその時決まった。


 もちろん、主人の立場からすると、その判断は正しいのだろう。

 そう判断する理由も一応わかる。

 だが、ランドーザの鋭い嗅覚は、ガラテマク郡主ダクス・ハボームの身体から漂う警戒心と、その奥にあるかすかな怯懦きょうだとを嗅ぎ分けていた。


 ここへ赴く前には疑い半分、小馬鹿にさえしていたくせに、いざエリュンの発展と噂の新郡代ゾアスをその目で見たとたん、たちまちその評価を逆転させるとは。

 

 ――そうかい、おやじ。「政治」とやらがそんなに大事かい。ゾアスがそんなに恐ろしいかい。じゃあ、俺はあんたができないことのために、この剣を使うぜ


 名乗りを受けて立ち上がった相手を見ながら、ランドーザは今朝の決意をしっかりと確かめ、もう一度胸に刻みこんだ。


 ――手始めに……貴様からだ


 ガラテマク郡は〈辺境の六郡〉の中では珍しく、もっぱら自給自足を基本とし、良く言えば平和的な、悪く言えば事なかれ主義政策を、代々敷いている郡だった。

 そのため、争いとはほとんど無縁の郡であり、武闘派とささやかれるダクスが郡主となってからでさえ、他郡との争いは一度もない。

 剣士隊があっても、他郡から注目されるような活躍の場は存在しなかった。

 自郡民ですら、剣士隊はわが郡に無用の長物と陰口をたたくのである。


 ランドーザはそのガラテマク剣士団団長を務めている。


 もとは放浪剣士だったというこの剣士については、彼が放浪時代〈双剣〉と異名をとっていたことと、ダクスのたっての願いでその地位についたこと以外、あまり知られていない。

 その剣技についても、知るものは少ない。


 ランドーザは相手の男が小柄な自分を見て侮っていることを知っていた。

 郡守備隊の中隊長だというその男の顔には、薄笑いさえ浮かんでいる。


 ――ばかなやつ。ドアースのウツ程度に勝ったところで


 大抵の相手は小柄で童顔のランドーザを、まだ十八、九の若造と思うらしかった。

 ナアイも彼を――自分とそう変わらぬ――歳だと見誤っているようだったが、実はとっくに二十歳半ばを越している。


 ひょろりとしているわりに小柄な体躯は、相手にこの剣士を侮らせるもうひとつの大きな原因となっていた。しかし、本当はその下に、鋼のように強靱で、鞭のようにしなやかな筋肉が隠されていると見破るものはほとんどいない。

 ましてや、いったん剣を構えれば、いつもの陽気でひとなつっこい人柄を、がらりと変えてしまうのだとは思いもよらない事実なのだ。


 さらに今、その赤毛の剣士は本気で怒っていた。


 衛士は試合の始まりを告げる。


 郡守備隊中隊長の微笑みは途中で凍りつく。

 彼はそこに剣鬼の姿を見いだしたのだ。


 ランドーザは相手を無造作に打ち斬り刻んでいった。

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