第17話 真実の愛
「隆二さん、僕、振られちゃいました……」
しばらくの沈黙の後、隆二さんは瞳を伏せながら呟いた。
「……そうか」
「隆二さん、そんなことよりも、どうしても訊きたいことがあって」
「うん?」
「ラジオ……聴きました。ラストのメッセージ。あれは隆二さんから僕宛の物ですか? あまりにも身に覚えのある内容だったので、戸惑ってます。教えてください。お願い答えて……」
隆二さんは驚きながらも一瞬押し黙った。けれど僕が真剣に彼の眼差しを熱く見つめたから、観念したように小さく頷いてくれた。
隆二さん……。
僕は目尻にじんわりと玉の水粒がこみ上げてきて、うつむきながら首を竦めた。濡れたコットンシャツの襟が頬に触れ冷たい。
「ごめんなさい、僕、本当に馬鹿ですね……僕、僕は……」
隆二さんは動揺を隠せない僕の体にそっと長い腕を伸ばし、肩を引き寄せてくれた。
「体が冷えてる。とにかく中に入ろう」
僕は隆二さんの大きな手の平が肩に触れただけで、胸が苦しくてこんな自分が嫌で、首を振った。
「馬鹿なんです僕、本当にどうしようもなく。なんにも人の心がわからなくて、いつも失敗して、騙されて、僕は、ぼ……」
僕の震える肩を力強い彼の腕が包み込むように抱き寄せた。
「体が冷たい。このままでは風邪をひいてしまうよ、中に入るんだ。おいで」
僕を立ち上がらせると、隆二さんは直ぐに部屋のドアを開けて、僕を玄関に連れて行ってくれた。
玄関にへたり込むように座った僕に、隆二さんは奥の部屋に行くとバスタオルを持ってきてくれた。すぐさま僕を包むように抱きしめる。
「ごめんなさい、折角貰った服、濡れちゃった……」
バスタオルを握り締めた僕の手は寒さで勝手に震えていた。
「いいんだ。そんなこと、それより体を温めないと、着替えよう、こっちにおいで」
僕は首を横に振る。耐え切れなくなった、涙が溢れて震えた手で顔を覆う。
「うっ、うあぁああ」
しばらく僕は咽び泣いた。隆二さんがあまりにもやさしくてそれが苦しくて僕は涙が止らない。
「守くん、泣かないで」
バスタオルを掛けたまま僕は彼に引き寄せられ、彼の胸に頭と体すべてを包み込み込まれるように抱き竦められた。
「ちゃんと想いを伝えたんだね? それで振られたんだね?」
僕は今詳細が言えるような精神状態ではなかった。ただ頷くしかできなかった。
「なら、よかったじゃないか。ちゃんと振られたんだ。それならもうそれでいい、忘れてしまえ。だからもう泣くな」
顎をくいっと持ち上げられると、彼の視線に僕は胸がこれ以上ないほど熱くなる。
彼は僕のいつにない視線に少し躊躇いながらも、瞳を潤ませていた。
咄嗟に唇を塞がれる。唇を塞がれながら優しく頭をなでなられた。それはやさしいキスで、僕を愛しむキス。
「守……ずっと大事に思ってた。今はいい、何も言わなくて」
「隆二さん……隆二さんっ」
僕は隆二さんの胸に縋り付いて泣いた。何ももう考えられない。ただただ隆二さんに抱きついていたかった。彼の温もりに触れたかった。
リビングに連れられると、隆二さんが毛布と柔らかそうな服をそっと持ってきてくれた。
僕が促されるまま着替を脱ごうとすると、隆二さんは少し落ち着かない様子でテーブルに座り、僕の姿を見ないようにしていた。
着替え終わった事を告げると、微笑みながら振り返り、そっとソファに誘導され寝かされる。
「暖かくして寝るんだよ」
頭を撫でられ、柔らかな微笑みを向けられる。その場を離れようとした隆二さんの服の裾を僕はぎゅっと握り締めた。
「待ってください、僕、今夜は一人になりたくない。隆二さんの傍で寝たい、あなたの温もりを感じながら寝たい」
僕の言葉に隆二さんの視線は熱いままだったが、躊躇う。
「参ったな。そんなことされたら、僕は抱きしめるだけではいられなくなってしまう」
「傍にいさせて……」
あなたが傍にいてくれないと淋しくてたまらない。
「守くん」
「お願い……」
「どうなっても構わないっていうのか?」
いつもとは明らかに違う空気に戸惑いながらも、それでも傍にいたくて僕はこくりと頷いた。
彼の服の裾を放せない。哀願する僕を隆二さんは見つめると、柔和な顔が少しだけ鋭い視線に変わる。僕は直ぐに抱き上げられた。
そのまま彼にベッドルームへ連れて行かれる。
弾むようなベッドにふかっと落とされると、柔らかな布団の中に包まれ、彼の匂いで一杯でこれ以上ないほどの幸福感で満たされた。
彼がそっと僕の傍に寄り添うように入り込むと抱き寄せられた。
「あったかい」
僕はうっとりと目を細めて、彼の体に自分を預けた。
「守、信じられない。こんな風に君と抱き合える日がくるなんて」
隆二さんは甘く切なそうな声を上げる。そして僕の上に覆いかぶさると、そっと首筋に愛撫した。
「好きだ。初めて会った時から、君の容姿に惹かれ、君の純真な性格に惹かれて、いつしかたまらなく愛しいと思うようになっていた」
こんな僕を彼は大事に思ってくれる。僕は例えようも無い幸福感に満たされた。本当に大事に思い、尽くすべき人は目の前にいる。
「ラジオでは綺麗事を言っていたけど、本当は凄く嫉妬していた、君とあの善之助という男に。でも、あまりにも君が一途だったから、僕の入り込む余地がなかった。僕があれこれ言っても、君らの歴史には敵わないって思ったんだ」
僕は首を振る。
「想い出は僕の一方的な片想いです。ないにも等しい……あくまでも友達としての思い出です。思い出ですらなかったかも」
僕は苦しくて目を伏せた。
「彼との想いが叶ったって思ってたのに……。帰り道忘れ物に気づいて取りに行ったら、善くんは高校時代の仲間といました。僕が同性愛者かどうかって賭けをしてました。当時も同じように賭けをしていたようです。僕が思いを告げたのを証拠にして勝ったって……」
思い出すとその時の絶望感が蘇り、きゅっと目を閉じた。
隆二さんの胸に頬を寄せる。
「しかも僕がねだるなら一度くらい抱いてやってもいいって笑いながら話し……て……」
もうそれ以上は言葉にできずに、涙が溢れた。
隆二さんは絶句した。辛そうに僕を見る。
「僕がけしかけてしまったか?」
隆二さんは自分の行動に少し後悔したように眉根に皺を寄せている。
苦しそうに抱きしめたその体のぬくもりが、善くんのそれとはまるで違う。
皮肉にも僕は善くんに抱きしめられた肌の感触で理解してしまった。
僕は首を横に振った。
「ううん、これでよかったんです。これで彼の本音がはっきりわかったから、だからとても傷ついたけど、もう僕は何も未練はありません……」
「ごめん、辛い思いをさせてしまった」
「目を覚まさせてくれたのはあなたです。僕が好きになるべき人はあなただったんです」
隆二さんは目を潤ませると、そっと僕の頬に手を添えた。
それだけなのに僕は少しビクッとしてしまう。
僕の大好きな隆二さんの大きな手。幾度か頬を撫でられる。
少し緊張した顔をした僕をやさしい眼差しで見つめた。
僕の首筋に唇を押し付けた。その艶やかな唇の熱さに僕は胸がジンとなる。
「欲しい、守が欲しい……僕の物になってくれ……もう誰にも絶対渡さない」
隆二さんは僕の手を自分の指の間に滑り込ませ、ぎゅっと握り締める。
僕は緊張しながらも小さく頷いた。断る理由が見つからない。
「ああ、本当に? 同情とかでなく?」
「あなたは僕の想いを大事にしてくれた。僕を丸ごと受け止めてくれた。僕の方がずっとあなたに憧れていました。だって最初から手の届かない人だと思っていたから」
「馬鹿だな。手が届かないって思ってたのは僕の方だ」
互いにそんな風な会話をしていたら、なんだかおかしくなってきて、僕らは額を寄せ合って微笑んだ。
隆二さんはそっと僕の服のボタンを外し始めた。
隆二さんの物になるという流れが僕には全部はわからないけれど、やはり男女の恋愛と同じで裸で抱き合ってこの間みたいに互いのを押し当てるのかなとなんとなく思っていた。
男同士だとそういう愛し方しかできないし。
僕は恥ずかしかったけれど、ベッドルームは少しだけ照明が暗いので素直に彼の行動に従った。
僕の服のボタンが外され、肩が露になる。胸元まで開かれると、隆二さんは我慢できなくなったのか自分の着ている服を乱暴に脱ぎ捨て、上半身裸になると僕を抱き寄せた。胸が直に触れ合う。
僕は軽い眩暈を覚え、彼に体を預けた。
隆二さんの唇は柔らかく僕の首筋や耳朶に触れ、やさしく何度も吸う。くすぐったいような熱くて甘い疼きに僕は体を震わせた。
鎖骨から胸の周り、おへその回りまで丹念に僕の体の抑揚を彼に愛撫されると、出した事の無いような甘い声が鼻の奥から漏れてしまった。
「ん……もっと……守の声が聞きたい」
隆二さんは僕の顔をまるでねっとりしたメープルシロップみたいな蕩けそうな笑顔で見る。
こんな彼の笑顔は誰も見たことがないんじゃないかなと思うほど。
僕も幸せに満たされる笑顔だった。
「僕は守の料理はとても好きなんだけど、実はもっと口にしたいものがあるんだ」
そういいながら彼は僕の首筋に熱い吐息を混ぜ、チュッとしたリップ音を立てる。
「なんですか? 僕作りますよ……」
甘い吐息が織り交ざってしまうけれど、僕はなんとか言葉を返した。
「ううん、もうそこにあるんだ。口にしてもいい?」
僕はなんだかわからなかったけれど、隆二さんが切望するならと頷いた。
隆二さんは僕の上着を全て取り払うと互いに上半身裸になる。彼のやさしい唇が少しだけ顔色を変えて、きつく吸い上げるような形に変化した。
その唇が僕の胸の突起に触れると僕は「あっ」と変な声があがってしまう。
触れていただけの唇の間から蕩けそうな舌がその突起にぴちゃりとした生温かな水音を立ててねっとりとした舌で舐(ねぶ)る。
僕はいままで感じた事の無い気持ちよさで体をくねらせた。
隆二さんに愛された胸の突起は恥ずかしげにも尖りはじめて、僕はその様子が恥ずかしくて目線を逸らしてしまう。
「目を逸らさないで、僕の仕草を見て、自分の体をみて」
そういいながらもう片方の突起も舐ってくる。
僕の恥らう気持ちとは裏腹にそれらは嬉しそうに元気になってしまう。
正直すぎる自分の体に僕はもう少しこらえ性があるといいのにと羞恥心でため息が出る。自分が酷く淫らな気がしてしまう。
「もうここも反応しちゃってるね」
隆二さんの嬉しそうな声に自分の下半身の疼きがとうにばれていた。
僕の淫らな感情の露呈に気持が追い込まれ、軽いパニック状態になった。
「ああっ、もう、意地悪っ」
僕は半分涙目で隆二さんを見ると彼はまるでいたずらっ子みたいに笑った。
彼の唇が僕のへそ回りを遊ぶようにうろつくと、僕のズボンに手をかけた。
「えっ、あっ!」
そのまま脱がされ、僕は下着だけになる。抵抗しようとしたけれど、繰り返される愛撫に抗えない。
僕の太ももを抱きしめて隆二さんの狂おしい唇がそこのあたりも愛撫し始めた。
彼は僕の下肢を割って体を滑り込ませてくる。
その状況が恥ずかしくて、蒸しあがった肉まんみたいに僕の体が上気する。
「ああ、やめて、見ないで」
隆二さんは僕のソコを愛おしそうに唇を寄せキスをした。僕の体がぶるっと震える。
「はぁん、ダメっ。ああっ!」
僕は背中を仰け反らせて抵抗した。
けれど僕の太ももはがっつりと隆二さんの逞しい両腕に抑えつけられていて、動けない。
彼に吸われ、体の中心から溢れ出るような快楽に僕の息が自然に荒くなる。
「ああ、いや、ああっ、あはぁ!」
大きな衝撃と共に僕はあっさりと果ててしまった。
はぁはぁと荒い息だけがほんのりと薄暗い部屋に響いた。
隆二さんは唇を離すとにっこりと微笑んでいる。
僕は息を整えるのに必死で意識が軽く飛んでいた。
「やっぱり守は可愛い……」
甘い瞳で見つめられて、僕はからかわないで欲しいという気持ちで俯いた。
「よく今まで誰にも狙われずに済んだな、不思議でしょうがないよ」
髪をそっと梳かれる、くすぐったいような嬉しいよな甘い気持になる。
「僕、小さい頃誰かからいつもからかわれたりちょっかいかけられてたんだけど、合気道やってるお姉ちゃんが、自分が見極めてやるって相手を連れてって」
「でも、あいつとは仲良かったんだよな?」
「お姉ちゃんは僕に色目使う人しか連れて行かなかったから……」
隆二さんは少し驚いた後、くすっと笑った。
「そっか、君よりお姉さんの方がよっぽど相手を見抜けたんだな」
「うっ、隆二さんの意地悪……」
隆二さんは目を細めて微笑んだ。
「知りたいな君の事。これからも、少しづつ、君も君の魅力に気づくべきだと思うよ?」
ちゅっと耳朶に吸い付かれ食べるように甘噛みされる。
舌が耳の中までかき回すように粘つきながらうねると、背中が気持ちよさで息ができなくなるくらいぞくぞくした。
なんていう快楽なのかと自分で自分がコントロールできなくなる。
声が出ない、ただ身を震わせ、時折捩るしかできない。
シーツを掴んだ行き場のない手が震える。
彼はいつの間にか裸になっていた。
僕らは生まれたままの姿で初めて抱き合った。
それは僕の想像を超えるほど心地よく、互いの肌がまるで吸い付くようだ。
「初めてだから痛くないようにするね。しばらくじっくり準備させて」
何がどうなってるのかわからないまま、僕はただひたすら彼に与えられるここちよさに背中をぞくぞくさせていた。
薄暗いほのかな灯りの中、隆二さんは僕の中に入ってきた。
思いの他ここちよくて、また意識がとろりと蕩けてしまう。
僕の大好きな人が僕の中にいる。
それだけで僕は嬉しくて涙が溢れた。
しかし、それは穏やかだけではいられなかった。
「り、隆二さん、あ、あはぁ!」
頭の先からつま先までびりびりと痺れるほどの衝撃に、僕はもう耐え切れずひたすら泣き喘いだ。
彼がそのまま幾度もゆっくりと僕に突き立てる度に、僕はバウンドするように翻弄されているだけだった。
彼の思うままの動きに合わせてそれはまるでダンスをしているみたいだった。
僕は彼の愛をひたすら受け止めていた。
抑えていた息が唇から漏れてしまう。
不規則な律動から次第にリズムが激しくなり、その息も互いに隠せないほど荒くなってくる。
僕は中をひたすらかき乱された。
押し入る隆二さんの熱さは奥に達すると言葉にならない快楽でジンと熱くなる。
行き場のない手はシーツや枕を、意味もなく切なげに掴んでいる。
ああ、ダメ……もう、ダメ……。
隆二さんが狭い粘液の纏った僕の中に入る度に、ベッドが激しく沈み込むように軋む。
隆二さんも僕のソコに添えていた手も滑る速度を上げていく。
互いに息が乱れてきて、切なそうに喘ぐしかできない。
隆二さんの荒い息遣いと甘い声を初めて聞いた。
僕は彼の声も大好きだから、声だけでも耳が甘く切なく愛されていて、僕も耐え切れなくなって我を忘れ悦楽の声をあげてしまう。
「あっ、もうダメっ……あっああー!」
僕は自分の欲望を身を震わせ吐き出しながら、体の奥に隆二さんの愛液をたっぷりと受け取った。
どれくらいの時間が過ぎたのだろう……。
しばらく僕はベッドから動けなかった。
こ、腰が痛い……。
体の痛みはあるけれど、この心の中はこれ以上ないほど満たされている。幸せすぎて泣きたくなる。
まだ僕の中心や後孔は熱さに糸を引いたようにまどろんでいた。
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