第18話 拉致

 朝の光がベッドに柔らかく降りている。眩しさにうっすらと目を開けると、目の前にグリーンのカーテンの窓から透ける眩しい光が見えた。


 上向きに寝ていた僕の右手は隆二さんの右手に絡められるように握られていた。

 彼はうつ伏せに気持良さそうに寝息を立ててる。

 布団から三分の二くらいはみ出した裸体はカーブした肩甲骨から腰までのラインが無駄な肉もなく、お尻の形も綺麗だ。

 夕べこの体に抱かれたのかと思うと、また僕の胸が熱くなる。


 子供みたいな寝顔に微笑んでしまう。こんな無防備な寝顔見たことない。

 彼のファンの子が見たらびっくりするかもしれないなぁ。


 僕、夕べあのまま寝ちゃったんだ……。

 ふとシャワーを借りようかなと思い、握られた手を離そうとすると、隆二さんがその手をぎゅっと握り離さない。僕がびっくりすると彼は薄目を開けて起きていた。


「おはよう……」

「おはよう、ございます……」

 どうにもむず痒いシチュエーションに僕は照れくさくてたまらなくなる。


 だって夕べはこの部屋は薄暗かったけど、今朝はこんなに明るい日差しの中で裸でいるのだから。それに気づいて僕は慌てて自由が利くほうの手で足元にある布団をかき集め自分の体を隠した。

 周囲に自分の服がないかどうかキョロキョロする。


「恥ずかしいの?」

「えっ、あっ、だって……」

「もう、恥ずかしがるような間柄じゃないよ」

 甘えるような柔らかな声をかけながら再びぎゅっと手を握るものだから、夕べの結びつきの深さを再認識して、僕は更に顔が真っ赤になった。


 隆二さんは微笑むとそっと傍にあった自分のガウンを僕に渡してくれた。


 なんだかとても不思議な気がする。

 昨日と今朝の空気がこんなにも違うなんて。


 シャワーを浴びながら、僕は浴室から眩しいくらいに入ってくる光の粒がシャワーのお湯の煙と共にとても幻想的に見えた。それくらい世界が変わっちゃったんだ。


 二人でまたお世話になった時みたいに朝ごはんを食べる。今朝はトーストに半熟卵、ハムやレタストマトのフレンチサラダにアップルティー。

 僕は照れくさくてなんとなく無言で食べていた。彼と目が合うと微笑まれて恥ずかしさに俯く。


 その後二人で撮影所のスタジオに向かう。また隆二さんに服を借りてしまった。


「僕、善くんに付き合うの断ってきます。今までのこともちゃんと話して、彼の本音を聞きたいです。騙して賭けのネタにされたのは許せないけど、でも、僕の一方的な思い込みだったわけだから。気持に整理つけてこようと思います」


 僕が隆二さんの車の車内でぽつりと決意を言うと、車のハンドルを握ったまま、彼は何も言わずに頷いてくれた。


 けれど事態は思っても無い方向に流れていた。

 スタジオ内に善くんの気配がない。僕は慌てて千夏さんに「岡田くんは今日は休みなのですか?と尋ねた」


 確か昨日、今日で彼は仕事が終わるって言ってた。


「岡田くん? 彼なら昨日付けでお仕事終わりだったわよ?」

「えっ?」

 僕はどうして善くんが今日で仕事が終わりだなんて言ったのか不思議で仕方なかった。


 隆二さんにその話をすると、彼は不思議がる。

「日にちを間違えたんじゃないのかな?」


「僕、今日撮影終わったら彼の家に行ってみます」

 そう言い放ち、控え室に戻ろうとした僕の手首を隆二さんの手がぎゅっと捕まえた。


「待て、僕も一緒に行く」

「えっ、でもっ、隆二さん、今日お仕事は?」

「今日は夜の8時には終わるはずだから、それまで待っててくれないか? お前を一人であいつの家に行かせたくない」


 語気が若干強めに感じた。隆二さんの気持を理解した僕は、それだけで少し胸がじんわりしちゃったと思う。

 戸惑いながらも頷いた。


 今日の収録が終わりに差し掛かった。

 機材でごちゃつくムッとした空気のスタジオ内に懐かしい気配を感じた。


 その物の動きははっ、はっ、と口で息をしながら思ったより速い。

 僕が振り返るといきなりもふっとした毛の塊が飛びかかってきた。


「ムーン!」


 ムーンのアップがいきなり視界に飛び込んできて、僕の頬や鼻先を大きな舌で舐めてくる。


 前よりずっと輝きを増した愛らしい瞳で、毛なみも以前よりよく、僕は彼の包容を全身で受け止めた。


 少し後から照れくさそうに山上さんがやってくる。

 彼はこのドラマの間、ムーンを預かってくれていた中肉中背、家族愛が深いと言われてる人だ。

 彼はドラマの構成担当で、脚本家の先生との話し合いが多く、あまり現場にはこない。


「ども、今日はムーン連れてきちゃいました」


 じゃれつくムーンの大きな体に押し倒されつつ、なすがままにされる僕は時折片目を瞑り、お礼を言う。

「山上さん、ムーン預かってくださっててありがとうございます」

 

 笑顔の僕の様子を伺いながら、彼は何か言いたげに頭をかきつつそわそわしてる。

「可愛いですよね、ムーンちゃん。自分の家の庭でもよく走り回ってて子ども達も喜んじゃって、まるでそのっ、もう家族の一員みたいです。餌もよく食べますし」


 山上さんは愛妻家でもあり、子供達への愛情も深いと聞いていたので、僕は何となく彼がその後になんて言うのか察しがついた。

「あの、僕が言うのもなんですが、もし良かったら、ムーン貰ってやってくれませんか?」

 僕の言葉に山上さんは先を越されたと感じたのか、顔を赤くすると、再び髪をかきはじめた。


「ありがとうございます! 子ども達喜びます」

 目を潤ませる山上さんに僕は微笑ましいであろう彼の家族を想像しながら頷いた。


 僕の住んでるあんなボロアパートで飼われるより、一軒屋の広い庭で可愛い子ども達と走り回って、美味しいご飯にありつけるんだもの。こっちこそ感謝だ。


「ムーン毛並みも良くなって以前より元気ですよね? やりたい放題じゃないですか?」

 ムーンの前足を持ったまま、さながら二人でダンスを踊ってるような格好でいると、山上さんが笑う。


「いいえ、あ、でも、ムーンちゃんもしかして以前贅沢してませんでした? 大人しいですし、どこかで躾られてたみたいなんですよね」

 僕は山上さんのムーンへの意外な反応に驚く。

「ムーン、そんな贅沢なんですか?」

「たまにはって少し高級な餌を買ってきたら、缶を見た瞬間の反応が他と全然違ってて、どうやら前に食べてたみたいなんですよね」


 撮影はいよいよ隆二さん演じる兄が僕に告白をしてきて、僕は躊躇うシーンまできていた。

でもなんだかもうキス以上の事をしてしまって、恥ずかしくもあるのだけど、どこか余裕も持てる気がした。

 何より僕一人でやるわけじゃない、一番今信頼してる彼との演技だ。


 そして、今僕は、隆二さんの仕事が終わるのを待って、彼の車で善くんの家に向かった。

 途中まで同乗していた潮野マネージャーは、あれほど僕の存在を気にしていたのに。

 今は寡黙に運転をしている。


 隆二さんの今日の最後の仕事、雑誌のインタビューのためホテルに向かい、それが滞りなく終わった。

 

 潮野さんは事前に隆二さんに話を聞いていたのか、徒歩で最寄り駅から帰ると言う。

 笑顔で別れ際手を振った。


 彼の住んでるアパートに近づく。

 夜に行くのは初めてだけど思ったより辺りが暗い。

 隆二さんは近くのコインパークに車を止めて、サイドブレーキをかけた。そこから徒歩で善くんのアパートに向かう。


 外は吐く息が白くなるほど寒くて、体が縮こまると同時に僕の奮い立たせた勇気まで細くさせてた。


 あの時の苦々しい思い出が蘇り、少し気後れしてきた。


 今日は昨日より寒くて隆二さんのコートを借りていた。

 彼の匂いのするコートと不意に握られた隆二さんの手の温もりが僕の気持ちの背中を押してくれる。


「心配するな、今日は僕もついてるから、大丈夫」

 繋がれた手から隆二さんに緊張感が伝わってしまったようだ。僕は彼に視線を合わせると頷いた。


 アパートの二階の善くんの部屋に行くと、部屋の中は真っ暗だった。

「帰っていないみたいですね」

 隆二さんの時計を見せてもらうと、時刻はもう夜九時半を指していた。


「仕事が終わったし、僕を掛けにした金も手に入ったから、豪遊でもしてるんですかね」

 何となく皮肉めいた気持ちで、僕は真っ暗な部屋の中をガラス越しに睨みつけた。少し拗ねたように唇を尖らせる。

 コートの裾を揺らしながら、隆二さんが横に並ぶ。すっと僕の肩に手を置き、引き寄せられた。


 こういうことをされても、むしろ嬉しいと思ってしまう自分がいる。

「そんな金で、楽しく遊べる奴の気が知れないな」



 その時誰かが一階から上がってくる気配がした。

 隆二さんが手を離し、僕らは咄嗟に振り返った。

相手はコンビニの袋を持ったままの白髪頭の知らないおじさんだった。


 僕らは少しだけふーとため息をつく。


 そのまま善くんの家の前で待ってると、おじさんは不思議そうな顔をする。

「君たち、ここの人に何か用なの?」

「あっ、ええ、ちょっと話がありまして」


 僕の言葉を受けて、少し戸惑いがちのおじさんは自分の部屋の鍵を探しながらドアの前に立ち唸る。

「ううーん。言ってしまっていいものなのか。その人なら昨日引っ越しちまったよ?」


「へっ?」

 僕はお腹の中から変な声が出てしまった。


「随分慌てた様子でねぇー。あれはまさに夜逃げに近いね。でもその割には結構ガタガタ音立ててたから、こっちに丸聞こえだったねぇ」

 僕らは顔を見合わせる。もうこの部屋に善くんはいない。


 隆二さんの車に乗って僕はシートベルトを掛けると、緊張の糸が切れるようにため息が出た。

 隆二さんが運転席から暖房を入れてくれて、僕らはコートを後ろの座席に置く。


「一体どういう事なんだろう?」

 僕には善くんの行動が理解できない。


「僕、今日は家に帰ります」

「守……」

 すっと隆二さんの手が伸びてきて顔を近づけると、僕の頬に彼の温かな唇が触れた。僕は引き寄せられるように彼の方に向くと、そっと柔らかな唇同士が触れ合う。


 ちゅっとした軽いキスがスライドキスに変わり、隆二さんの舌が僕の唇の中に滑り込んでくる。

 しばらく僕らは互いの柔らかな温もりに触れあっていた。


「送るから」

 唇が離れた後、隆二さんの呟きに僕が頷くと、彼はそのまま車を僕の家の方向に走らせてくれた。


 隆二さんに僕の凄いボロアパートを見られるのは恥ずかしくて、その手前でいつも車を止めてもらっていた。

「いつもここから君はさらに歩いていくみたいだけど、もっと家の前まで送るよ?」


 彼の言葉に僕は躊躇いながら少しだけ目が泳ぐ。

「いやっ、その、実は恥ずかしいんです」

「なにが?」

「隆二さん僕の住んでるところ見たら引くと思いますよ? 凄いその、ボロアパートなんで」


 冷や汗をかいている僕に、隆二さんは少し考えてから言葉を続ける。

「いいんだよ、僕は君の事少しでも知りたい」

「本当に? でも、恥ずかしいです」

「あれだけのことしておいて、今更恥ずかしい事なんてないと思うんだけど」

 そんな事を言うものだから、夕べの事を思い出して僕はもっと顔が上気してきた。


「隆二さんの意地悪……」

 少し視線を逸らして上気したままの顔でぽつりと言うと隆二さんはくすっと微笑んだ。


 僕は観念してアパートの前まで送ってもらう。

「今日はありがとうございました。僕、明日善くんの行方捜してみます」

「ああ、でも一人でどうこうしようとするな。居場所がわかったら僕も必ずついて行くから」

 僕は頷いて、シートベルトを外すと上着を着てそのままするりと降りた。


 隆二さんの車の斜め前に見知らぬ車が止っている。


 一階の廊下は電灯が所々切れているところばかりだ。大家さんが結構高齢なので、なかなか修理してもらえない。

 管理費があってないようなものだから仕方ないのだけど。


 ふと僕の家の前に人の気配がした。それも一人じゃない、複数だ。


「ちっ、今頃帰ってきやがった」


 大きな塊がぬぅっと現れる。山のようにその黒い塊が後ろに舎弟らしき男三人を従えて迫ってきた。


「この野郎、どんだけ待たせやがるんだ」

 見事なほどこめかみに青筋を立てながら、単髪頭の恰幅のいい凄みのある顔の男が、まるで山から餌を求めて人里に下りていらっしゃったみたいに電灯の下に現れた。

 眼前に男がぬぅと近づくと、いきなり僕の腕を掴んだ。

「痛いっ! 離してくださいっ」

「お前よー岡田善之助って男知ってるか?」

「えっ!」


 どうしてこの取り立て屋がそんな情報知ってるんだと思ったけれど、僕はあることを思い出した。

 そういえば善くんが慌てて僕の控え室に来たときに、この人が現れたんだっけ。 

 で、でもどうして、この人が善くんと繋がりがあるのかな。もしかして善くんそっち系に行っちゃったとか?

 取り立て屋さんは動揺する僕にお構いなしに、目の前に借用書のような物を差し出した。

「岡田の野郎~夜逃げしやがった、そして連帯責任者が誰かと思ったら、またてめぇだ。てめぇは今借金抱えてやがるくせに観音様のつもりかよ、どんだけ連帯責任者になってんだよ、あ、趣味か?」


 ええっ!


 差し出された書類にしっかり自分の名前と住所と、ご丁寧に印鑑まで押してあるのを確認して僕は驚愕した。

 そして更に今までの借金の借用書も隣に並べて見せられた。

 また、やられた。前の社長の借金と合わせると二千万?!


 うわっ…僕の借金多すぎ…?


「いままでみたいにチンタラ返されてもどうしようもねぇんだよ、あの岡田と赤城が揃って行方不明ならお前がなんとかするしかねぇだろが、て、わけで、今日から店で働いてもらうからな」


 僕は展開の早すぎる現実に、これは夢なんじゃないだろうかと何度も頬をつねってみたけれど、痛くない。

 やっぱりなんだ、夢かと思った。でもそれはただ単に手がかじかんで頬も冷たくて感覚がないだけだって事は、吹き付ける冷たい風ですぐにわかった。


 取り立て屋さんに腕を抱えられそのまま引きずられる。

 舎弟らしきヤクザさま達は、その後を黒い皮靴の音をかつかつと立てながらついてきた。


「ちょっと、待ってくださいっ、働くってどこで働くんですか? 今僕、仕事してますけど……」

「ふん、その辺りで適当にバイトするような収入で返せるような額じゃねぇんだよ、利息も合わせてこのままにしとくと凄い勢いで借金膨らむぞ? それでもいいってんならこのまま放置してやるけどな。てめぇ、命なくなるぞ?」


 クマみたいな取り立て屋さんははちみつを食べたみたいにこやかな笑顔をしてみせる。全然似合わないと僕は思った。


「ちょーっとだけ、赤いメンズランジェリーつけて、お客さんとお酒飲みながら気持いい事して、うんとお金もらった方がずっと効率よく返せるだろ?」


 ツボからはちみつを取り出してにっこりするクマのような嬉しそうな顔で、分厚い唇を大きな舌がべろりと舐なめずりした。

 僕はその様子を見て総毛立つ。


 いらない、何? その仕事なんなの? 全力でお断りします。そんな変態プレイ気持いいわけがない。

 

「里山さんは優しいからなぁ~。お前が借金膨らんだら可哀想だと思ったんだなぁ~。今のうちに言うこと大人しく聞いておいたほうが身のためだぞ?」

 舎弟らしき黒尽くめな男達の一人が妙に優しい声で囁く。それが返ってなんだか恐ろしい。


 僕の細い体では、大男のこの里山って奴にとっては紙ずもうの紙を相手にしているようなもので、まさに赤子の手をひねるが如し、抵抗する力が押す効果を全くなさないまま、僕はアパートの前の道路に引きずり出された。


 真正面に見える道路に止められていた黒い車は彼らのワンボックスカーらしい。

 ふと誰かの気配がした。


「守……?」

 そこにはただならぬ気配を感じた隆二さんが、車から降りて僕の様子を心配して見にこようとしてくれていた。


「隆二さん、逃げっ!」

 僕が叫ぼうとした刹那、背後にいた黒ずくめの手下三人衆が隆二さんを抑えつけようと一斉に飛びかかった。

 彼は真っ先に飛び込んできた一人を避けると、もう一人と掴みあいになった。


 僕は見ていられなくて、なんとか加勢したいと思ったが、里山に後ろから両腕を抑え付けられていて動けない。

 そもそも僕みたいな紙ずもうの紙に何ができるというのだろうか。突撃したところで、すぐに彼らの息一つで吹き飛ばされるに違いない。


「やめてください、彼は関係ないっ!」

 僕の叫びなんて誰も聞いちゃいない。


 三人がかりで隆二さんを抑えにかかるが、彼も負けてはいない。

 一人をなぎ倒して、もう一人の襟首を掴むとコンクリートの生垣に押さえ込んだ。

 体が宙に浮いた状態で男が抵抗をしたところに、もう一人が隆二さんの背後から襲いかかろうと飛び掛ってきそうな勢いだ。


 男の背中をコンクリートになすりつけながら、その気配を感じた隆二さんは、振り向きざま背後にいた男に男をぶち当てる。

 二人がボウリングのピンみたいにすっ飛んだ。


 隆二さんも何か武道でもたしなんだ事があるのだろうか、合気道とは違うけど、身のこなしが速い。

 これなら京都辺りで時代劇とか刑事の役とかも演じられるんじゃないか、とか僕はこんな緊急事態なのに不謹慎な事を考えてしまった。


 けれど急に隆二さんの動きが止る。最初になぎ倒された男が隆二さんの背中に何かを突きつけた様子で、流石に観念したのか少し荒んだ息を整えながら隆二さんはゆっくりと両手を上げた。少し髪も乱れちゃってる。


 その様子を確認した里山が僕をワンボックスカーまで引きずっていく。

「離せ! クマ男!」

「だ、誰がクマ男だ。てめぇ! あ? マジで後ろから突くぞてめぇ?!」

 僕は車の中に押し込められ、車の後部にあるひもで腕を縛られた。


 痛いっ、物凄く痛い。


「さっさと乗れ!」

 すぐに背後から隆二さんが男達に車の後部座席に乗せられた。


 突きつけられているのが拳銃だという事を僕は初めてそこで知り、思わず顔がひ~と、ムンクの叫びになった。


「てめぇはこいつのなんだ? 知り合いか? 友人か?」

 僕の腕を縄で括りながら、クマ男里山は隆二さんに詰問した。

 隆二さんは里山を睨んでいる。

「ちっ、まぁいい、こいつら目隠ししろ!」

「ま、待って、隆二さんは関係ない、この人は降ろして!」

 僕の懇願の言葉に隆二さんの怒気を含んだ声が被る。

「どこに行く気だ」

 こんな状況で銃まで突きつけられてるのに、恐ろしいほど隆二さんは冷静だ。


 こ、怖くないのかな。僕だったらあんなもの突きつけられたら、思わず震え上がって漏らしてしまいそう。


「ふん、知った事かよ。おう出せ」

 里山の子分1がいつのまにか運転席に腰を下ろしていた。

 エンジン音が聞こえると、隆二さんは黙って目隠しをされる。

「ちょっとっ、隆二さんは関係ないっ、連れて行くなら僕だけにしてく!」

「静かにしてろ、守」

「黙ってろ」

 叫ぼうとしたら、隆二さんと里山にサラウンドで一斉に怒鳴られた。

「すいませんっ」


 それよりも里山に負けないほどの怖い空気を醸し出している隆二さん、車内がぴりぴりとした空気で一杯になってる。


 僕は何に怯えているのか訳が分からなくなったけど、そうこうしていると目隠しをされた。

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