第10話 初めてのキス

 食事を終えると、僕らはリビングで一旦休むことにして、隆二さんは台本を取りにベッドルームへ行った。

 僕は手持ち無沙汰でなんとなく部屋をぐるりと見渡してしまう。


 棚にある色々なブルーレイが並んでるのを見つけると、ふと隆二さんはどんな映画とかドラマが好みなのだろうかと興味が沸いてきた。

 色々なジャンルがあるようだけど、彼はきちんと整理しているようだった。

 ふと彼に似つかわしくないタイトルを見つけて僕は興味津々でふとそれに指をかける。


 『こねこ、ねこのこ』だって。ぷっ。


 取り出すと、可愛い子猫の写真が満載のブルーレイだった。

 一体隆二さんはどんな顔で、これを観ているのだろうか、と僕はクスリと笑いながら想像してみる。


 ずっと真面目な顔で見てる、隆二さん。ずっと真面目な顔をして観てる、隆二さん、ずっと……。



 ああ、なんだか他の顔が想像できないなぁ。



 僕は続けて他の作品を眺めていて、一本気になる作品を見かけた。

 なんだ、これ。

 『密な恋人気分で』

 文字までまるっこくて、可愛らしい感じのタイトルだ。

 また何か可愛い動物の物なんだろうか。


「う……」

 しかし、取り出してみて、実際表を見たらイメージしているのと違った。

 男の人が二人で裸で絡み合っている写真だらけだ。

 めっちゃラブラブすぎる。激ラブすぎる。絡み方が尋常じゃない。

 僕は見てはいけない世界を見たようで、自分も今、同じようなドラマを撮ってるくせに。それをそおっと元の場所に戻そうとした。


 ああ、頭がクラクラする。

 心拍数は上がり、額から汗が噴出した。


「へー、君やっぱり興味あるんだ?」

「うあっ!」

 背後から隆二さんが台本を抱えてきて、思わず僕は体がバネみたいに飛び上がる。

 びっくりするじゃないかって、ここ隆二さんの家なのだし、いてあたり前なのだけど。


 僕が気まずそうに振り返ると、隆二さんがにっこり爽やかな笑顔をしている。


「観てみる?」

「いっ、いえ、いいいですううう」

 僕は首を激しく横に振った。


「まぁ、君にはまだ早いかもしれないね」


 あ、また子供扱いされた。


「って君は普段どんな大人向けの見てるの?」

「はい?」

「男なら一本や二本、あるだろ? そういうビデオ、ないと何かと困るだろうし」

「ありませんよ、そんなの!」

「ああ、レンタルするんだ」

「しませんよ!」

「ああ、じゃ雑誌とか?」

「見ませんよ!」

「……嘘だろ?」

 忘れられた大地で見つけた天然記念物を見るみたいに、隆二さんは僕を見てる。

 

 酷い。



「じゃ、どうやって自分を慰めてるの?」

「何をですか?」

「守くん、ちょっとそれは流石にわざとらしいよ。わかるだろ21にもなって」


 はい。すいません。

 だって恥ずかしいじゃないですか、あんまりそういう話題したことないし。


「ごくたまになら……」

 僕はいつもよりトーンを落とした小さな声で呟く。

 しまいには声が萎んでいた。


「君はどっちで自分を慰めるの?」

 唐突に隆二さんが尋ねてきた。

「えっ」

 僕の目が泳いでしまうじゃないか。


 まさか言えない。『男の人と絡みついた夢を見て、うっかり下着の中にしちゃう慰め方をしています』なんて。


「なんで言葉に詰まるの? まぁ、いいや、そうだ、両方観てみる?」

「ええっ」

「そうだそうだ、両方見れば君がどっちの気があるかわかるよね?」

 わかるって、僕はそんなテストまでしたくないんだけど。


 隆二さんはブルーレイのある奥の棚からもう一つ取り出した。

「僕は観ないんだけど、知り合いから貰ったんだ」


 『女子大生のイケない縄遊び』


 とても女子大生さんには見えない、まるで胸に大きな果実をぶら下げたような胸の方が、荒縄で体中を締め付けられてる。


「これと、君が掴んで離さないそのブルーレイを二つ観てみよう」


 うわぁああ! 


 僕は慌ててそのブルーレイを落っこどしそうになった。

 隆二さんがひょいっと意地悪くそれを受け取ると、慌てる僕を尻目にテレビをつける。

 まず、ブルーレイの機械に女子大生さんのをセットしてスタートされてしまった。


 僕は及び腰になるのだけど、すぐに隆二さんに捕まってしまい、羽交い絞めにされる。

 抵抗したけど、彼の力は僕が想像してたよりも結構強い。


 見た目クールな文科系な感じなんだけど、役者だからな。さっきちらっとみちゃった逞しい体を思い出して僕は気恥ずかしくなった。

 体力あるんだろうな。って僕もそれを目指しているのだけれど。


「ちょっと離してくださいよ!」

「まぁまぁ、これも社会勉強ってことで、君がどっちが好きなのかも知る指針になるしね」

 隆二さんはにやにやしている。


 うっ、隆二さんのいじわるいじわるいじわるーー!


 僕は隆二さんから後ろの手首を掴まれたまま前を向かされている。


「わかりましたよ、観ますよ、観ます!」


 あんなに綺麗だと思っていた隆二さんの手が今は憎らしく思うし、後ろから抱きつかれて観るのも正直恥ずかしかった。


 早速大きな桃のような胸を付けた、どうみても20代後半くらいにしか見えないけれど、無理矢理女子大生になってるお姉さんが色香満載で胸が激しく動いていた。


 僕にはそれが恐怖映画に見えた。

 前に僕は胸の大きなお姉さん方に脅された事があるので、怖くてたまらない。

 ぶっちゃけお金を借りたい、というより、くれってのが概ねの内容だったのだけれど、凄く怖かった。


 で、僕は縄でその女子大生の方が縛られた時、何故かほっとした。これでもうこの人は僕を襲わなくなる。


「どう?」


 ふと横で観ていた隆二さんが僕の耳元で囁く。

 その艶のある低い囁き声の方が、僕の息子が興味を示しそうな気がして、僕は必死で意識を散らした。


「い、いいですねぇ……」

「そう? 言ってる割には君の分身がむしろ萎えてる気がするんだけどね」

「そ、そんなことないですよ!」


 あー僕の息子元気出せ、元気出せ、元気だせ。

 てか、隆二さん何処見てるんですか?


 どんなに呪文のように唱えても、僕の息子が元気になることはなかった。

 そりゃそうだ。見てる画面に興奮する材料がないのだから。

 それに僕はどちらかというと胸は小さい娘の方がいいんじゃないかなと思う。


「OKわかった」


 何がわかったのかわからないけど、隆二さんはどこか納得したように頷いた。


「まぁこういうビデオにも趣味があるからね、君がどんな女の子が好みなのかわからないけど、少なくとも胸の大きい女性は興味がないみたいだな。むしろ何か嫌悪感というか、恐れてる感じもするし……」


 こういう時の隆二さんの洞察力と分析力の凄さに感心する。

 僕が口にも出してない心の内を、軽々と当ててみせるのだから。

 俳優ってそういう人の心理にも敏感じゃないと演技が上手くできないのかな、と少し自分の将来に不安を感じた。


 なかなか人の心って僕には読めないから、よくサスペンスとかで探偵が相手の行動でその人の心理とか当てるシーンがあると僕は感心する。

 僕がボケてるだけなのかもしれないけど、未だに人の本心というのが見えないとこはある。

 だって悪い事したつもりないのに、いきなり怒鳴られたり、神経が行き届いてないって勝手に嫌われたりする。


 アニキ姉に言わせると『鈍感』なのだそうだ。


 次に隆二さんはピンクピンクしたボーイズラブドラマ? らしきものを映し出した。

 僕は少し俯きがちになる。

 なんだかさっきのビデオよりも恥ずかしい。

 目が泳いでしまう。膝に置いた手が小刻みに動いて落ち着けない。


 いきなり冒頭からラブラブなベッドシーンで僕は度肝を抜かれた。

 僕の体がビクッと跳ねる。

 二人の男の子が音を立ててキスをしている。


 うわっ、すごっ、初めてこんなの見たっ。

 

 僕は手で顔を覆った。指の間からしか見れない。


 なんてことだ……。


 僕の息子はあっという間にボーイズラブビデオで元気になってしまった。


 収まれ、息子、収まれ、収まれ、ううっ。


 僕があきらかに挙動不審になっていると、いきなり隆二さんが後ろからそっと僕の肩に手を置いた。


「さっきのビデオを思い出すんだ、凄い胸の大きなイケイケな女の子を」

「あ、そうか、そうすれば収まりますよね」

「何が?」

「うわっ!」

 背後から隆二さんにジーンズ越しの僕の息子を見られた。

 もう蒸し器みたい頭からシューシュー音を立てて、頬から耳から熱い蒸気がふきだしてる僕。


「これはもうクロじゃないのか? ま も る く ん?」

 隆二さんは意地悪そうに笑う。挑戦的な顔に、負けてたまるかとどこか反発心を抱いてしまう。

「違いますっ!!」

「じゃあちゃんと最後まできっちり観ろ」

 隆二さんは僕の頭をくりんと前に戻した。


 ううっ。これなんの嫌がらせゲームなの?


 僕がはっとすると、目の前の男の子が上に覆いかぶさってる男の子からソコに手を添えられていて、刺激を与えられていた。

 僕はなんだか目の前がクラクラと時折霞んだ。

「……ちょっと、過激すぎっ……」

 声が震え声になるのを必死で堪える。

「んーそうかな? 軽めの大人専用のビデオだと思うけどね」

「大人の? 隆二さんっ、酷いっ、僕はっ!」

 焦る僕に、なんともないような顔をする隆二さん。

「大丈夫だよ、僕らはここまでやらないから」


 当たり前だ!


 僕の意思に反してドラマの中の二人はあれやこれやとせわしなく動いている。


 うわっ、ああ……。

 なんてことを、あうっ、そんな……。


 男の人二人が完全に裸になってベッドで絡み合ってる。

 互いにオイルみたいなのを塗りあって。

 真っ裸で互いのモノを擦り付けていた。

 その部分は白くぼけていたけど、僕には十分すぎるほどの刺激だ。

 僕はその光景にカルチャーショックを受けていた。


 あうう。そんなことしちゃうんだ……。

 あ、なんだか見続けるうちに意識がぼーっとしてしまう。


「ごめんなさい、僕もう限界……」


 ついに観念して僕は涙目を隠す事なく、終わらせて欲しいと隆二さんに懇願した。


「えっ、まだこれ序盤」

「もう許してください……」

 ああ、みっともないっ。でも涙が出てしまう。辛い。

 僕の息子が限界だとジーンズの中で言っている。

 今まで妄想でなんとなくもやもやしていたのに、こんなに鮮明に見るのは初めてで、僕は意識が白くなりかかっていた。


「……わかった」

 隆二さんはリモコンでスイッチを切ってくれた。

「でも君の意思に反して、君の中はこのままじゃ納まりつかないみたいだけど?」


 隆二さんは頭を掻く。

「参ったな。ちょっと刺激が強すぎちゃったかな? 監督から言われたんだ。少しキスの練習してこいって」


 えっ。


 僕は目が泳ぐ。監督からそんなこと言われてない。

 ああ、でも僕にそれ言ったらまた逃げ出すと思われたのかな。


 申し訳なさそうにしながら隆二さんは、背中からそっと抱きしめてくる。

 それは僕の意識が飛ぶのに十分な行為だった。

 更に僕の息子が収まりがつくどころか、増々元気になってきて困る。

 優しく背後から顎を掴まれると引き寄せられて、そっと唇を寄せられる。


「あ、だめ……」

 柔らかな隆二さんの唇が、僕の唇に微かに触れた。

 隆二さんは熱い眼差しで僕を見ている。


 僕の唇が自分を拒絶していないのを確認すると、再び確かめるように僕の唇の扉をノックする。

 僕は言葉とは裏腹に、そのまま被さってくる唇を拒む事ができなかった。

 重なる唇。僕は目を閉じた。


 やわらかい。


 そのまま、そのやわらかな唇の感触だけを繰り返し感じる。

 もうその時点で僕の体はふにゃふにゃと腰砕けになっている。


 布団に顔をうずめるような柔らかなキスで終わると思っていたのに、隆二さんの腕は僕を離す事がなかった。

 突然僕の唇を割って、隆二さんは舌をゆっくりと柔らかく滑り込ませようとする。

 びくりとなって引こうとした腰は、隆二さんの腕で引き寄せられた。互いの体が密に接触し合う。


 僕は唇の中に入ろうとする隆二さんの舌を拒んだ。

 それを察した隆二さんは、角度を変えながらも幾度も挑んでくる。

 入り口を突こうと僕の唇を吸った。

 それだけで恐ろしいほどの快楽の波が、僕の下っ腹へ集まってきて、溢れてきそうになるのを堪える。


「ん、いや……」

「ちゃんと練習しなきゃ」

「んっ、なにを」

「ドラマの練習……」


 だめ……これ以上許したら僕は。


 目を開けると隆二さんと視線が合う。

 彼はまるで狩をする猛獣のように、僕に熱くて強い視線を向けていた。それだけで十分僕は草食動物のように更に追い込まれる。

 もう体の中心がジンジンしてきた。

 息が苦しくて思わず唇を開いてしまうと、待っていたかのように彼の舌が強引に割って入ってきた。

 艶かしくも滑らかな隆二さんの舌が僕の唇の中に進入してきて、色々なところをゆっくり探るように押し入ってくる。


 一つ一つそれは情念を持った猛者でありながら、変に行儀のよい紳士のようで、僕の舌は気持で抵抗しながらも優しく絡めとられる。

 そうしてしばらくの間、互いの粘液が絡みつくと、それと連動して拒絶する意思とは反対に、僕の体が熱さで火照ってくる。


 中心からいやおうなしに、じんわりとぬるりとした生暖かな液体が、強烈な快楽と共に幾度もあふれ出てくる。

 熱気を帯びた僕のソコは、今悦楽なサウナに閉じ込められて抵抗しているところだった。

 今僕の下着を引っ張りでもしたら、その熱が湿気を伴って元気よく飛び出してきそうだ。

 そんな姿見られたくない。


 あ、あ、どうしようもう、限界っ、だよっ……。


 許してと哀願する瞳で訴えても、彼はそれを許してくれなかった。

「あっあ、んっく……」


 僕の下着の中がおかしなことになっている。さっきからどんどんぬるぬるしてきて。

 隆二さんのソコが出来上がった僕のに押し付けられるように、腰は両腕で押さえ込まれ、強引に彼のを押し付けられる。

 彼のも固い……。


「うわ、あっ……あっ、やめて、やっ、いやだぁぁあ! ああっ」


 情けない声で彼の腰の律動に合わせて、僕は擦れた部分に全神経がいってしまう。

 追い詰められて何度か彼に擦られただけで、僕の尾骨が反り返り、びくんと体が跳ねると、あっという間に果ててしまった。

 

 キスをしていた隆二さんの目が驚いたように開かれる。

 僕は、はぁはぁと荒く息を繰り返し、瞳から涙がこぼれた。

 腰を震わす僕を見て隆二さんが呟いた。


「嘘……。もうイッちゃったの? 信じられない……」


 ああ、もう隆二さんの顔がまともに見れない。


「み、見ないでくださっ……」


 僕もう泣きそう、恥ずかしすぎる。下着の中が大洪水だ。おもらししたみたいで恥ずかしい。


 どうしよう……。


「……可愛い」


 恥ずかしくて耳たぶまで真っ赤になった僕を、隆二さんはぱふっと自分の胸の中に収めてぎゅっと抱きしめた。


「でも、困ったな。これじゃ撮影できないかも」

「えっ」

「キスだけだろ? あれくらいのキスで毎度イっちゃったら、ドラマ撮影が中断されちゃう。本当に果てる映像は撮れないんだよね。大人向けのビデオじゃないんだから。本番入りなんてできないよ」

「そ、そんな」


 狼狽する僕。まさか撮影でそんなことないと思うんだけど。

 むしろ緊張して僕の息子だって縮こまったままで、何もできないよ。


「だってあれだけで気持ちよかったから、イっちゃったんだろ? まだ互いに脱いでもないのに……。ドラマでは下着姿で抱き合ってキスするんだぞ?」


 ううっ……。

 ああ、どうしよう……。


「守くんさ、いつもどうしてるの? 正直に言ってみなよ」

 優しく囁かれて、意識が飛んで真っ白くなってる。もう抵抗できる気がしない……。

 僕は観念して、隆二さんに夢精の話をした。

「……本当にそれだけで? いままでそれだけでイッてたの?!」

 隆二さんは信じられないという顔で、またしても僕は化石でも見るような目でものめずらしそうに見られた。

 

 でも、僕は嘘をついてない。


「だって、友達から女の子の本借りて見ても、僕全然イケなくて……」

「そうなんだ」

 僕自身もヘタレだけど、もっとヘタレな僕の息子。


 やっぱり僕変なのかな。

 ううっ……。

 子供をなだめるようにやさしく微笑む隆二さんを見てたら、自分の発言に自信がなくなってきた。












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