第20話 心から愛すべき人と

 僕らは隆二さんの車で法律法人事務所に向かった。

 潮野さんが紹介してくれた弁護士さんが、僕らを出迎えてくれる。


 ビルの二階にある事務所は、想像していた以上に綺麗なオフィスだった。

 通された部屋にある机の背後には棚があり、そこにはぎっしりと本が詰まっている。黒い本皮のソファに床はブルーグリーンの綺麗な絨毯。観葉植物なども置かれてがあり、気持ち的にも落ち着く。



 結局僕が二つも抱えてしまった連帯保証人の借金は、2千万もなく、少なく見積もっても1千万弱。


 僕が法律事務所で弁護士さんから話を聞いていると、その間隆二さんは何か考え事をしていた。

 弁護士さんが事前に用意してくれていた書類を指差し、おもむろに彼は尋ねる。


「その金額がもともとの借金だったってことですよね?」

「ええ、闇金へ勝手に又貸し状態になっていて、日の利息が法外ですから、完全に違法ですね。先日その又貸し業者の経営する店が摘発されたって報道ニュースで見ました。僕の方で結局元から借りていた金融会社と再度交渉することで、利息含めた金額がそこに載ってる金額になります」

「弁護士費用合わせて、振込先を教えて欲しいんだが、代わりにやってもらえるか?」

「ええ、もちろん」

 僕は身を乗り出して振込先の用紙を受け取ろうと身構えていた。が、僕の手より先に隆二さんが受け取るとその書類を自分の持ってきていたこげ茶の皮のバッグにしまいこんでしまう。

「ちょっとっ、隆二さんっ」

 事務所を出てから僕は慌てて彼についていった。

「振込み先の書類僕に渡してくださいよ!」

「ああ、あれはもういい。僕が肩代わりする」

「えっ!」

 スーツ姿の隆二さんはそのままコツコツと靴音を立てながらコートを脇に抱えつつ車に乗り込もうとした。

「ダメです、隆二さんに迷惑かけられないっ!」

「いいから乗れよ」

 言葉に詰まったまま僕は慌てて助手席へ駆け込んだ。


 僕が乗り込むと、車のエンジンが噴かされ、車が発進する。

「隆二さんっ、僕はっ」

 隆二さんはしらっとした顔で運転している。


 僕は困惑した。彼に迷惑かけてしまってる。どうしたいいんだろう。どうしたら。

 信号で車が止ると、ポンと頭を叩かれた。


「だってあんな大金どうやってっ」

 隆二さんが微笑みながら思わせぶりな視線を送ってきたので、僕はあっと思った。


「まさか、実家の手切れ金使うわけじゃないですよね?」

 隆二さんは返事をしてくれない。


 赤信号になった交差点で車もまばらになった午後十一時。

 車は車線変更のため右にウィンカーが、カチカチ音を立てて光っている。


「ダメっ、そんなのダメだ。隆二さん、お父さんが大好きだったんでしょ? 実家は大事な居場所なんでしょ! それを僕のために手放すなんて絶対ダメ!」

「うちまで送るよ、今日は僕は実家に戻るから」

「待ってお願っ」

 隆二さんは咄嗟に左手で僕の顔を引き寄せると、言葉を塞ぐように唇を押し当てた。

 息もできないくらい深く深くキスをされる。駐車場でしたキスよりもずっとずっと深い。


 彼の舌が僕の逃げる舌をすくい上げるとがんじがらめにされてしまう。

 彼の熱い感情に巻かれていく。それは抗うという文字など僕の中で次第に薄らいで消えてしまいそうなほど、甘い。


 唇を離すと唾液が互いの口から糸のようにキラキラと伸びる。僕は思わず、ああと吐息を吐いた。


 隆二さんは青に変わった信号を見て、そのまま前を向く。

 クラッチを踏むとチェンジレバーを幾度か切り替えながら、徐々に車を加速させた。

「お前がこれから俺の家族になるんだから、もういい。お前以外俺はもう何もいらない」

 彼の真剣な眼差しと決意の横顔に僕は言葉を失った。

 胸が色々な感情で渦巻く。


「隆二さんっ」

 僕は胸が苦しくなって泣きたくなって切なくて、涙がポロポロ溢れて俯いた。


 本当に情けない。僕は何もできない……。一番好きな人に辛い選択をさせてしまうのか。


 僕の家の前に着くと、車のヘッドライトが一人の人を照らした。

 その背中は嫌でも忘れない。

 隆二さんも彼の存在に気づいたようだ。

 誰かに僕の家の場所を教えてもらったのだろうか。

 僕のボロアパートの錆びた階段の一番下に、善くんが藍色のジャケットを着こんで寒そうに座り込んでいた。

 

 彼も僕らの存在に気づいたらしい。

 こちらを向いて気まずそうに立ち上がった。


「善くん……」

 車のドアを開いて降りると、車の窓から漏れる光、ボロアパートの頼りない光と、街灯だけが辺りを照らしている。

 あたりはとても寒い。善くんの大きな身体も冷たい風にしぼんでしまっているようだ。


 僕らはしばらく無言だった。吐く息だけが白く空へ浮かび上がる。

 車から降りた隆二さんが、背後で僕を見守るように見つめてくれていた。


 善くんは黙ったまま、紙を前に差し出した。

 それは新しいマンションに一緒に住むから、と僕を騙して契約させた、借金の連帯責任の用紙。

 彼は僕の目の前でその紙をびりびりと破って放り投げた。


「守、色々悪かった。借金はてめえでなんとかする。親に話した。畑一つ売って返してやるってさ、その代わり大学卒業したら、もう東京引き上げてこっちで畑手伝えって。まっ、そうだな。これ以上ここにいても、俺はどんどん最悪な男になってくだけだ」


 なんて返答したらいいのか悩んだ。でも、どうしてもこんな言葉しか思い浮かばない。


「善くん……ありがとう」


 僕の呟きに、善くんはカッと怒りの顔を見せた。

「俺を罵倒すればいいじゃないか守、なんなんだよ! お前はいつもそうやって俺を甘やかして、俺の言うこと馬鹿みたいに信じて嬉しそうな顔しやがって! 俺はノーマルだってんだよ! なのに……一緒にいるのが辛くなった」

 善くんは悔しそうに顔を下に向けた。


「俺の中でどんどん罪悪感が大きくなる、お前といると! 俺はお前が夢見るようないい奴でもなんでもない。最初はもちろん賭けでじゃんけんに負けた俺が騙し役になった。だからお前に近づいた。弁当だって小遣い貯めるために騙してたし、宿題頼んだり、風邪ってさぼって仲間とツーリング行こうとしたら、お前がいそいそと看病しにきやがった。クソっ、この大馬鹿野郎!」

 善くんの剣幕に僕は驚いた。


「ご、ごめん」

「お前じゃねぇよ、俺のことだ! 東京出てきても何一ついい事がなかった。借金ばかり膨らむし、昔の仲間もみんな東京の大学で結局高校の頃と変わらなくつるむ羽目になったし、そんな時にまたお前が俺の前に現れた」

 善くんは僕に近づいてくる。


「俺はこんな最低野郎なんだよ。なぁ、目が覚めたか?! むかつくだろう、軽蔑しただろ、腹が立つだろ? 殴れよ、これ以上俺にそんな優しそうな目を向けるな!」


 僕は首を振った。今の善くんはまるで抜け殻だ。

 そんな人を僕は殴れない。例え騙されていたとしても、あの時の僕は確かに幸せだったから。


 僕が躊躇していると、隆二さんがいきなり僕の前に出てきて、善くんを思い切り殴った。

 善くんの体が後退してアパートの壁に背中を打ち付ける。


「最後まで勝手な男だ。もうこれ以上守に世話を焼かせるな! これからは誰にも頼らずに自分で歩いていけ、守に対して申し訳ないと思うのなら、これからは真面目にやるんだな」

 隆二さんの強い非難の声に善くんは頬に手を当て、壁に寄りかかりながら俯きすすり泣いた。


 善くんの気持が落ち着くまで、僕達はそのまま黙って彼を見守っていた。


 しばらくしてだいぶ冷静になった善くんは空を見上げる。

「隆二さん、守の代わりに殴ってくれてありがとな」

 善くんは何かが吹っ切れたようなそんな顔をしていた。


「……じゃ、俺、もう行くわ」

「……うん」

 大きな背中を猫背みたいにして、彼は僕らに背中を向けて暗い道を歩き出した。ふと立ち止まる。


「……守、俺、同性愛ってのはよくわかんないんだけどさ、お前の事ちょっとヤバイなと思う時期があったんだよな。それにこれだけははっきり言っとく。お前の弁当マジ美味かった。食えば食うほど俺の中の罪悪感が膨らむほど、愛情深くて優しくて、俺には勿体なかった。お前は俺じゃない、そこにいる隆二さんとかもっといい奴らに尽くして愛される男だ。……ありがとな」


 僕は目の前がじんわりして霞んで見える。

 彼は振り返ることなくとぼとぼと暗い道を歩いて行った。

 彼の背中を見ているとずっと過ごしたあの時間が蘇るようで僕は涙が溢れた。


 僕のお弁当、心から美味しいって思ってくれてたんだ。


 それだけで嘘みたいにあの時の空色が、天空まで透けるような眩しい綺麗な蒼色に変わっていく。

 隆二さんの肩に寄りかかると、僕はなにも言えずに、彼が暗闇に解けていくまでその背中を見送っていた。


「お前は結果的に奴を救ったんだな。改心させたのかもな」

 目を伏せた隆二さんはかみ締めるように呟いた。


「お前、まさか素直になった善之助にまた気持が再熱とかあるんじゃないだろな?」

「そ、そんなことありませんよ」


 慌てて涙を服の裾で拭う。

 どちらかというともう過去の事。昇華して空に消えていった慕情に近かった。


 隆二さんは僕の肩を引き寄せると、大きくため息をついた。白い息がふわりと宙を舞っていく。


「今日ここでお前を手放すのをやめた」

「えっ……」

「家にこい。俺は今、凄く嫉妬してる」

 僕を包み込む腕の圧力が強くなる。

「それを言うなら僕だって! なんですか? あの元彼とのラブラブなキス。酷いですよ」


 僕は少しだけ膨れっ面をしてみせる。彼の睨めつける顔に僕も負けじとあの時のキスシーンを思い出して、隆二さんを責めるように見返した。


 しばらく互いに睨み合っててもそれが本心でないとわかっていた。だから、なんだか可笑しくなって緊張の糸なんてすぐ切れた。

 僕らはくすっと微笑む。

 隆二さんは来いと軽く指でサインを送る。僕は快諾すると車に乗り込んだ。



 彼の家のマンションへ着くと、一緒に駐車場のエレベーターで上階へ向かう。

 

 いつもの彼の家の玄関のドアを開け、靴を脱ぎ中にはいると、いつものリビングが見える。いつの間にか僕はこの空間がとても好きになっていた。


 隆二さんはすぐに僕の肩を引き寄せる。抱きしめた腕が外気の寒さで冷たくなっていた。

「あいつの事で昔の熱がまた戻ってただろう? だから今夜、もうすっぱりと忘れさせたい」

「隆二さん……」

「もう離さない。二度と誰にも譲らない」

 強くも艶やかな目線が狩をする肉食獣にも見えて、僕はそのまま息が止まりそうになる。

 上着を脱いだ僕の背後にまわり、隆二さんは腕を滑らせてくる。

 僕の着てる毛糸のカーディガンとシャツを捲り上げ、直にひんやりする綺麗な手を不規則に滑らせた。

 そっと僕の胸の突起に手を触れる。


「あっ、やっ!」

「嘘つけ、鳥肌が立つほど感じてる」


 隆二さんは僕の胸の突起を親指の腹で円を描くように撫で回す。その度に、頭に突き抜けるような甘い痺れがする。


 僕の胸の突起は彼の人差し指と親指でつまんで引っ張ったりこねくり回されるうちに熱を帯びて、彼が与えてくれる快楽に喜ぶように膨らんでくる。


「あっ、はぁ……」

 僕はそれだけで腰までが喜びの声を上げだして、びくんびくんと反応してしまう。


 後孔までもが反応している自分が恥ずかしい。もうこの体は知っているから、僕の中に入った彼の感触を知っているから。

 体が中心から疼いてきて切なさでいっぱいになる。


 心臓の鼓動がトクトクと激しくなるけれど、こんな僕の体の変化を悟られたくなくて必死に小さく小刻みに息をした。


 隆二さんは僕の頬に自分の頬を押し当て、ため息混じりに耳元で囁く。

「他の奴の事なんてもう一ミリも考えさせない。お前は俺のものだ、今夜からたった今から、俺だけの物」

 冷たかった頬が次第に互いの熱で暖かくなっていく。


 低い切なげな哀願の声に、抗う人がいるのだろうか。僕は耳の奥まで彼に気持ちよくされている。

 ラジオで聴いた時のような僕や他のリスナーを包み込んでいた声は、今は僕一点だけに注がれている。それだけで僕は達しそうになった。


 抱きしめられて彼の肩越しにリビングの窓から外が見える。宵闇の一つ一つの光。街の光と虚空に広がる光。僕はそれを一つ一つ視線で拾い上げた。

 宙はいつもよりずっと美しい音色を放つように瞬いている。毎日時間と空間を飛び越えて届いてくる。

 宇宙に放り投げられたようなふわりとした気分だ。


 今僕は生きている。初めてそう思える。長い間叶わなかった、好きな人を大好きと言えるすばらしい瞬間にとうとう辿りついた。


 この星の瞬きみたいに人と人とのめぐり合わせなんて本当に僅かな物なのに、その中で凄い確立で僕らは逢えた。

 僕はそれだけですべての物に感謝したいくらいだ。


 僕は上着を脱がされ上半身裸になった。

「守、一緒に生きていこう。俺ならお前を全て受け入れられる」

 

 僕も、あなたと一緒に生きて行きたい。


 喉の奥が今にも泣きそうに苦しくて、その言葉を思うだけで目頭が熱くなる。僕はもうこの人とは一生離れられないと思った。


 運命の人と出会うと、その人が輝いて見えるんだって聞いた事がある。それを今僕は強く感じていた。だって目の前の隆二さんの周りに白い輝きが見える。


「あ、ベッドに……」

 僕の呟きに彼は頷きながら視線で僕を包み込んだ。


 ふかっとしたベッドに連れられ、押し倒されると、僕の背中に彼の両腕が滑り込むように抱きしめられる。

 僕の大好きな彼の温かなベッド。心まで包み込むとっても温かくて気持いい、これからの僕と彼だけの居場所。

 

 互いにキスをしあった。求められて僕は素直にそれに従う。

 彼の舌が丹念に僕の歯列をなぞって僕の口内の抑揚を味わうような深い深いキス。僕は求められるまま彼の舌を口に含んだ。


 隆二さんは時折頭を揺らしながら、僕を味わうように丹念に舌をすくい上げるように吸う。

 これ以上舐めるところなどないほど、彼に僕の舌や口内の全てを侵食された。


「守、俺を感じてくれるだけでいい。俺の全てを受け止めろ」


 この光景を受け入れるには明るすぎる。もう少し暗くして欲しい。僕は天井の煌々と光る明かりを手で塞ぐように上に掲げた。


「隆二さんっ、部屋が明るいっ、この間みたいに暗くしてっ」

「いや、今夜はこのままでいい。守の体を鮮明に一つ一つ覚える。守にもこれは夢じゃないと思わせたい」

「そんな、やっ、あっ」


 隆二さんは僕のうなじを舌の腹で這わせるとキツく吸った。

「んっ……」

 隆二さんから切なげなリップ音が響く、それに合わせて僕も口からため息が漏れた。


 首筋や喉仏、鎖骨から肩、腕から手の指の間まで愛おしそうに時には優しく、きつく愛撫され吸われる。チリっと痛いけどその行為ですら気持ちいい。

 その波が不規則で、いつその刺激がくるのかわからない。それが余計心に揺さぶりをかけ、体の熱を一つ一つ点火していく。


 体のあちらこちらに彼の印が付けられた。

「お前のすべてを口にしたいんだ……」

 腰部や腹部まで丹念にキスマークを所々つけられ、愛撫を繰り返される。嫌だと言っても恐らく彼は一時もその行為をやめないだろう。


 僕の体は震え、中心は既に熱くなり、自身の存在を恥ずかしげもなくジーパン越しに主張していた。


 僕らはジーパンとスラックス姿のままで上半身裸になっていた。

 彼の皇かで温かい肌の感触と、止むことのない愛撫で段々僕の劣情が引き出され、打ち震えるような切なさがこみ上げてくる。


 けれど隆二さんの愛撫は僕の一番敏感なところには触れようとしてくれない。


 僕の腰や秘部はいつでも構わないと、ねっとりした蜜をすでに幾度も先ばしり、下肢は引き攣っている。もはや自分の意思とは関係なく痙攣しているというのに。

 わかっていてじらされている。


 僕のジーパンに隆二さんが手を掛けたところで、僕はあることに気づいて咄嗟に彼の手を制した。


 ああ、どうしよう。隆二さんの家からスタジオ入りしたから、撮影後のシャワールームで替えの下着がなかったし、僕は『あの下着』をうっかり着ていた事に今更ながら気づいた。


 急に紅潮した僕の顔の変化に、隆二さんはすっと右腕を頭の頭に滑らせる。右手で髪をいじりながら、僕の顔をじっと近くで覗き込む。


「どうした?」

「え、いや、あっ……」

「往生際が悪いぞ」


 ううん、そうじゃないんだ、そうじゃないの。


 僕は火照った顔を必死で両手で隠しつつ、彼を決して拒絶しているわけではないと首を振る。

 顔を隠していたから、油断した僕の手は隆二さんに簡単にその答えをすぐ見破られてしまうことになる。


「ああぅ、ダメっ!」

 僕の顔はボッと火が付いたみたいに更に赤くなった。真っ赤なレースのパンティと同じように。


 それを見た隆二さんは静かにけれど熱い視線で見つめている。


 でも意地悪なことにそのままジーパンを剥いで、僕の手の届かない所に置いてしまった。


「お前、ずっと穿いてたのかこれ」

「だっ、だって撮影所のシャワー室で着替えがなかったしっ、法律事務所に寄るだけだからいいかなって思ってっ!」

 隆二さんはふぅんと小さく唸ると、僕の顔を起こしたまま、そこを指さした。


 ベッドルームに入った時に入れてくれていたエアコンはまだ部屋を十分には暖めてはいなかった。


「まだ部屋が寒いせいかな、火照って湯気まで出ちゃってる。すごい誘ってるよ。部屋を暗くしないでよかった。今日ははっきりと全部見てやるからな」

「やっ!」

 羞恥心で体までお酒を飲んだ時みたいに、全身が真っ赤になる。


 隆二さんの唇がそっと僕のソコに触れると、僕はひっと小さく悲鳴を上げた。

 僕の真っ赤なレースのパンティーの上から湿った僕の先走って溢れ出ていたそれらと自分の唾液を交えて隆二さんは柔らかな口で包み込む。


 あはぁ! と隠す隙もなく震えた高めの声が口から漏れると、僕はそれだけですぐに達してしまった。


「ふふ、可愛いよ」

「いやだ、見ないで、いやっ」


「守のそういう淫らなところも凄く好きだよ」

 隆二さんはベッドサイドにある引き出しから何かの瓶を取り出すと、そっと手のひらにねっとりとした液体を付けて、僕の胸元に塗りこんだ。


「ああっ」


 僕らは一つになると、狂うほど激しく乱れた。


 ゆっくりと引き抜かれぐっと一気に貫かれる。その繰り返しの律動を味わうように。


 互いに息が切れてきて苦しいけど、絶頂を迎えそう。

 腰全体で抜き差しのスクロールの幅を広げ、隆二さんは律動の速度を上げてくる。


 彼を僕の下の口がぱつんぱつんとヌメるようなリズミカルな音を繰り返しながらも、時折不規則になるのは僕が彼を締め付けて離さないからからだと思う。


 僕は狂ったように頭を振りながら枕に顔をうずめて、もう狂うように甘く泣き喘いだ。互いに息が切なげに乱れてくる。


 ねっとりとした体が秘部だけでなく、体のあちこちらに粘着く音を繰り返す。


 互いに途切れとぎれの言葉で互の愛しい名前を呼んだ。


「ま、もるっ、好きだ」

「あっはぁ、りゅうじっ! 僕も好き、あなたが大好き」


 隆二さんしか辿り着いた事のない最奥まで一気に貫かれると、僕は絶叫した。

 初めて後ろだけで達してしまった。


 隆二さんは僕の奥に収めたまま、僕は身を震わせた。

 大好きな隆二さんの愛液が深く深く僕の秘部の奥へ注ぎ込まれる。

 

 気持ちよさがありえないほどの持続感を促し、幾度もの痙攣をともないながらまるで天国にでもいるような気持ちの波が止まらない。

 もう頭が真っ白で意識がどうにかなってしまいそう。

 

 もう互いにフラフラだ。僕は肩で息をするように彼の方に向くと涙が溢れて止まらなくなった。

 隆二さんはふらりと僕の上に覆いかぶさり僕らは乱れた息を整えた。



 これでもう終わりかと思った僕の気持ちとは裏腹に隆二さんの悪魔のような囁き声が聞こえる。


「今度は達する可愛い顔が見たいっ」

「はぁはぁ、もう、僕っ、だ、だめ……許してっ、だめぇ!」

 隆二さんは僕の下肢の間を割って入ると、太ももを持ち上げる。ヌルヌルしていて時折手が滑る。


 再び僕の中に入り込まれても、本当はそれは僕にとってとても幸せすぎて、ずっと嬉し泣きを続けてしまうほど今までに感じたことのない幸せだった。


 両思いってこんなに心地がいいんだね。


 こんなふうに互の体温を感じることができて、こんなにも幸せな気落ちでいっぱいになるんだね。


 体だけでなく、視界も聴覚もすべてが敏感に感じて、すべてで山の頂へ行くような気分。

 僕は意識を白黒させながら、朦朧とした意識の中で変なことを呟いていた。


「あ、あ。プ、リンみたい……ああ、蕩けちゃう、甘いよああ、キモ、チいっ……」


 頭が真っ白になった。僕は頂きに上がった直後に彼の艶かしい顔を見つめたまま、気絶しちゃったようだ。



 眩しい光に重い瞼をゆっくりと開く、気づくと僕はふっかりとした布団の中で裸のまま温まりながら丸まっていた。


 あれっ、と半分呆けたままで、何気なく自分の体に触れた腕が肌同士で擦れて自分はまだ裸なのだと気づいた。

 裸だったけど、こざっぱりしている。


 いつの間にか体は拭かれていたみたいで、綺麗になってる。シーツも肌もすべすべしていた。


 あれは夢だったのかな? と思うほど、昨夜の出来事がまるで嘘のようだ。


 けれど僕の大好きな人も同じ布団の中でくるまっていて、満足そうな顔で気持ちよさそうに隣で寝息を立てていた。

 明るい日差しの中で見ても彼の顔の繊細な肌や男らしい横顔に胸が締め付けられる。


「僕、こんな幸せでいいのかな、幸せになってもいいのかな……」

 僕は目から涙が溢れてくる。好きと思うだけでこんなに胸が苦しい。幸せなのに胸が切なさで一杯になる。

 憧れていた彼に一番近い存在になれたことが、嬉しくて嬉しくて涙が止まらなかった。


 後日隆二さんは善くんの借金以外の僕が背負っていた一千万近い借金を、弁護士を通じて一括で借金返済してしまった。


 これでよかったのかな? と僕は思う。でも僕は彼に絶対自分の借金は返すと言い張った。

 隆二さんは困った顔を見せたけど、でもこれはけじめをつけなきゃいけないんだ。

 そうしたら隆二さんは無担保でいいよ、なんて言ってくれる。

 僕は絶対に何が何でも働いて、返そうと気合を入れていた。

 もちろん怪しい店では働かない。


 しかし、その僕の決意もあっけない幕切れを迎えた。

 数日後、その問題の元社長が意外な発見のされ方をする。

 社長は自分の飼っていた愛犬を探してあちらこちらの保健所に総当りしていたらしい。

 その途中で散歩しているムーンと遭遇した。

「ゴ、ゴルちゃん!!」

 社長は泣きながらムーンにしがみついたが、ムーンはもう社長をあまりよく覚えてなかったらしい。

 でも餌をくれる人だと思ったのかそれなりに無邪気にじゃれついていたそうだ。


 かくして御用となった社長だけども、僕のために作っていた無担保用の通帳を預けられ、弁護士の先生に脅されながら、毎月返済することになった。


 数日後、僕らは仕事帰りにカフェで待ち合わせた。


 今日は先日僕が買ってもらったところのブランド服で、もう少し大人っぽいカジュアルなスタイルの隆二。


「アパートを追い出される?」

 サングラスをテーブルの脇に置き、ブラックコーヒーを片手にしたところで僕の話を聞いた隆二は目を丸くした。


「はぁ、なんでも大家さんがもう年で、大家家業を引退するからアパートも取り壊しになるみたいで……」

 僕は手元のストローを持つと、厚めの透明グラスに入った生絞りのオレンジジュースを一口ゴクリと飲んだ。ふぅとため息をつく。


「明日から不動産屋さん巡りしないと」

「お前、あれから仕事何か入ってるのか?」

 隆二の鋭いツッコミに苦笑いする僕。


「うーあーなんとか。海倉さんのつてで、所属事務所は決まったんだけど、端役でちょこっとみたい」

 親指と人差し指でそれのミニマムさを僕は表現してみた。


「後は、知り合いの劇団にちょっと誘われてるかな」

 僕は視線を見上げてやや不安な気持ちを空に放る。

「劇団かー。でも余程大きな劇団じゃないとあまりギャラも良くないだろ?」

 頬杖をついて、隆二は俳優業の大変さを思い見たようだ。考えてみれば彼のほうがずっとその苦労をわかっている。


「あーまぁーそこは、その、自分を売り出すための場所というか、宣伝みたいなものでほとんどそのっ」

「収入なしか。そんなんで住む場所決まるのか?」

 隆二の正論に言い返せない僕。

「そこは、そのっ、アルバイトとか探して、なんとか頑張ってみる!」


「僕と一緒に住めばいいのに……」

 僕をじっと見つめてさりげなくそんな事をぽつりと言う隆二。

「そんな、隆二にこれ以上迷惑はかけられないよ」


「守は僕の彼氏なのに、何を遠慮することがあるんだよ、あそこまでしといて」

 頬杖をついて駄々っ子みたいに口を尖らせる隆二に、僕は先日の事を思い出して顔が真っ赤になった。

「あーそのっ、もー隆二の意地悪っ!」


 カフェを出てから、不動産屋に回るという僕に一緒に探そうとか言いながら、隆二はそのままついてきてしまった。


 物件の紙が張り出されている店舗の先を見つつ、さりげなく肩に手を回し、「あー高いなーアルバイトじゃ無理かもなー」なんて言ってくる。

「うー。こんな物件借りないよ、もっと掘り出し物を選ぶ」

「掘り出し物? 物件にそんなのないよ、大体が問題あるところだ」

「いいの、何かしらあっても」

「お前、予算いくらのところ借りるつもりなの?」

「うーんと一万五千円くらいかなぁ。できたら管理費込みで」

「ないだろ。東京でそんな物件」


 最寄駅の傍から少し歩いたところに前に借りた不動産屋がある。僕らはそこへ向かった。

 店の佇まいを不審なものでも見るように隆二は見上げた。

 もう築40年は経ってるだろうと思われる、木造の建物の入口の引き戸は立て付けが悪くなっていてなかなか開かない。全く客を受け入れようという姿勢がない。


「こんにちは」

 僕が声を掛けると中からやぁやぁと呑気そうな男が出てきた。

「あーあなた春原さん」

「はい」

「ここに来たってことは、また、アレ目当てかな?」

「はい」


「あれ目当て?」

 隆二さんが怪訝そうな顔をする。

「ちょっとそこ、座って待っててね」


 呑気な50代くらいの親父は待ってましたとばかり、物件を探してきて僕の前に差し出した。

「ええと、これは火事、これは事件が厄介なところ。そうだなこの自然消滅系がいいんじゃないかな? 値段もほら、築四十五年アパート一階北側トイレ共同」

「うーん。そうですねぇ」


 そんな会話をしていると、いきなり隆二さんが僕の腕を引き「すいません、出直してきます!」とおじさんに告げて僕を引っ張るように店を飛び出した。


「隆二っ、腕っ、痛い痛いっどうしたの?」

「どうしたのもクソもあるか! そんなところに住まわせられるか! お前はー!」


 近くにある公園のベンチで僕らは黙って腰掛けていた。

「なーあ。一緒に住むんじゃダメなのか? 守ー僕のところにこいよ」

「でもー僕には過ぎたところで」

「何慎ましいこと言ってるんだ。なぁ、まもるぅー一緒に住もうよー」

 隆二が僕に体を傾けて体重をかけてくる。


「重い重いっ!」

「僕の愛の重みー」

 まったりした顔で目を糸のようにさせて隆二は僕に甘えるように寄りかかる。


「僕の家にくると毎日冷蔵庫にプリンがあるよ」

「えっ」

「家の中暖かいよ、夏は涼しいよ、キッチンが広いから君の得意な料理を作り放題だよ?」

「……」

 そして最後にそっと耳元をくすぐるような声で。


「毎日気持ちいい事があるよ?」

 僕は顔を赤くしながらも思わず唾をごくんと飲み込んでしまった。


 季節はもう12月。僕は結局、隆二と同棲生活を始めた。僕が料理をしたり家事をするって条件で。だってただでお世話になるのはやっぱり申し訳ない。


 今日はクリスマス。二人きりでまたあのレストランに行った。僕が用意するって言ったんだけど、隆二はどうしてもって二人きりでクリスマスディナーをしたいって。

 僕の大好きな、そう二番目になっちゃってごめんね。なんだけどプリンパフェがあるところ。


 目の前には自家製のローストチキンやら、無農薬の野菜サラダやらカクテル、ラグジュアリーな顔ぶれだ。

 カクテルを互いに合わせると気持ちのよいグラス音が高く響く。

 僕が嬉しそうに美味しそうにディナーを食べるのを見て、隆二は殊更嬉しそうに微笑む。


「隆二、食べないの?」

「いや、君の食べてる顔が可愛くて、つい」

「食べようよーすっごく美味しいよ、このローストチキンジューシーで香料もいい香り、口の中に広がると色々な姿を魅せるんだ! まるで隆二のお芝居みたいに!」

 頬張りながらニコニコすると、やっぱりそんな僕の顔を満足気に彼は眺めていた。

 もちろんしっかりとプリンパフェも食べちゃった!



 食後、気晴らしにと僕らはまたあの屋上へ向かった。 今日はクリスマスイブだから、凄くあちらこちらにイルミネーションが輝いている。

 屋上から下の景色はいつも以上に賑わう人の声で溢れてキラキラ輝いていた。

「隆二!」

 僕は彼に抱きついた。隆二は微笑んで僕を包み込むながら蕩けそうな笑みを浮かべた。

 僕にしか見せたことがないほどあの夜の時のような熱い眼差しと笑顔で。


「守、ずっと前から好きだった」

 あのドラマの時のセリフ!

 僕は照れくさいけど、その先になかったセリフを付け足した。

「僕もあなたの事が大好きだよ、隆二」

「今度は芝居じゃなくてリアルでね」

 隆二が優しく呟くと僕も頷き、微笑み合う。そしてそっと互の額を押し当てる。そのまま煌く景色の中で僕らはキスを交わし抱き合った。


 これからはごっこじゃない。僕らはリアルな恋愛をして行く。ずっと永遠に。


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誘われた恋がいつしか……心も体もあなたに蕩けていく。 かにゃん まみ @kanyan_mami

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