終幕
「ナナキ!」
ばぁん、扉が乱暴に開かれる。常々五月蠅いと思っていたが、なんというか、もう、存在が五月蠅い。
「なんだ、ドアが痛むだろうがこの筋肉馬鹿。もっと優しく扱え。お前と違ってドアは壊れるものなんだ」
「そんなことはどうでも良い!」
……どうでも良いわけあるか。事務所だって
「見ろ!」
わたしは少しだけうんざりしながら渋々視線を上げる。と。
にゃぁん。
アスラの腕に抱かれていたのは小さな子猫。黒い毛並みは薄汚れている。
「この儚くも凛とした佇まいを見ろ!
正に夜の女王ともいうべきこの美しさよ……!
今日からお前の名前はNóttだ……!」
小さな子猫を両手で掲げてまるで詠うように言うアスラに、わたしはこめかみを抑えた。頭痛がするような気がする。きっと気のせいではない。
「……アスラ、」
「おお、なんだNóttの美しさに言葉が出ないか」
「お前は一体何度同じことを言えば学習するんだ?嗚呼、お前の頭脳に詰まっているのはきっと脳みそではなくおがくずなんだな、だから学習なんてしないんだな?ならばそのおがくずの頭脳でも解るように何度でも言ってやる、」
わたしは一旦言葉を止めて、息を吸いこんだ。
「ウチでは、飼えない、さっさと、元の場所に、戻して、こい」
きっちりと分節で区切り、一言一言、噛み締めるように発する。が。
「お前は何を言っている?子供を棄てる親が何処に居る」
……は?
アスラはNóttと名付けた子猫の鼻先に小さくキスをする。
「私が見つけた、私とお前の子だ。
Nótt、非情な母親を持ったことはお前の不幸だが、それでも私はお前を見捨てはしないぞ」
言いながら、アスラは腕を突き出して黒猫をわたしの顔に近づけた。ふわり、獣の匂いがする。
「ほら、お前も母に此処に居たいと言え」
アスラの言葉に応えるように、子猫が小さくにぃぁ、と啼いた。ふわふわの毛並みが頬をくすぐる。ざり、と小さな舌が鼻先を舐める。痛い。
「……わたしと、お前の子、とか……馬鹿か、」
顔が熱い。きっと真っ赤に違いない。羞恥に駆られて顔を伏せる。それを許さないとでも言うように、アスラがわたしの顎をつかんだ。
ぐい、有無を言わさぬ力で顔を上げさせられて。けれど目を瞑っているから何も見えない。残念だな。
ちゅ。
小さな音に思わず目を開く。と。
にやりと、けれど綺麗に。とてもとても綺麗に、嬉しそうに笑うアスラの顔。
「いずれ、そうなる」
アスラの長い指が頬を撫でる。やわらかく、やさしく触れてくるその指先に、確かに込められた感情を、わたしは感じた。
錯覚かもしれない。嘘かもしれない。けれど。
わたしはそれを信じていることを、信じている。
「……馬鹿、」
けれど素直じゃないわたしはこんな言葉しか言えない。でもきっと、アスラにはバレバレなんだろう。
「仕返し、」
襟元を掴んで引き寄せる。何の抵抗もなく引き寄せられたアスラの顔に、その口唇に。
今度はわたしがキスをする。
わたしは魔女のままだ。今までも、これからも。世界はわたしを殺そうとするだろうし、敵だって多い。
苦しくて、痛くて、哀しくて、つらくて。
自分から消えてしまおうと何度も何度も思った。
取り戻したアスラに、あの時の記憶はあるのかないのか、確かめるのが怖い臆病な自分のままだ。
けれど。
どんな道だって。
どんな世界だって。
たとえ世界が敵でも。
アスラと二人なら。
いっしょにいられるなら。
ある閉鎖世界の話 夜の魔女 @crimeroses
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます