罰と罪
アスラと共に生きられる。
魅惑的な言葉だった。少なくとも、それだけに思考が囚われるくらいに。
ぐるぐると、王の言葉が脳内を回っている。
アスラを生き返らせることが出来る。共に生きられる。
それは……果たして良いことなのだろうか。
王はなんといった?
世界を封じ込める。わたしの魔女としての能力を代償として支払う。
そして、わたしは人間に……?
ぐるぐると廻る等価交換のルール。
確かに可能だ。ルール上は。
この世界は「神」が滅ぼすと決めた。だからこそ人間は生きていられない環境になったし、世界を構築する理自体が崩壊している。正常ならば干渉しえない他世界からの干渉が多く、それ故に世界を世界たらしめている世界樹が構築されていない。
絶対的な理のひとつとして、等価交換だけは生きている。
だからこそ、わたしが魔女でなくなれば、それを代償として世界樹を構築し、世界自体を護ることが……できる。
考えろ。
わたしは己の思考に喝を入れた。考えろ。思考を止めてはいけない。
王の言葉は確かに甘い。気付かず己に侵蝕していく毒のようだ。
でも、それだけじゃない。わたしが見落としていることがある。
王は。
わたしの目の前で妖艶に笑んでいるのは、魔女なのだ。
魔女は無限で、夢幻だ。
だからこそ世界の根幹を揺さぶることが出来る。
「王よ……」
声が震える。これは訊いても良いことなのだろうか。
「人間であれば、わたしはどこまで生きられるのですか」
竜の血を持つアスラ。その寿命は人間よりも長い。
たとえいまアスラを甦らせたとしても。
いずれわたしはアスラをおいて逝く。
魔女であれば。
魔女であるならば、無限に近い時間を過ごすことが出来る。
もしも魔女のままでアスラと共に居られるなら。
共に過ごす時間は、遥か遠くまで。
『……ナナキ、』
王が、初めてわたしの名を呼んだ。
『貴女はわたくしの欠片として生を受けてしまった……憐れむべきわたくしのかわいい迷い子……』
白い繊手が頭に乗せられ、慈愛をもって撫でられる。まるで母親が子供にするように、幼子をあやすように。
やさしく触れられるその手が、やわらかでやさしいその瞳が。
『だからこそ、わたくしは貴女に隠すことができません』
ゆるやかに動くその手が、静かにわたしの頬へと降りてくる。
『貴女の望むように、悠久に近い時間を愛しい存在と共に在る、それもまた可能なこと』
頬について乾いた血液をやさしい仕草で払う、その指先。
見つめられる紫色の瞳に、じわり、薄い水の膜が浮かぶ。
『けれど、それは……』
つぅ、音もなく雫が白く滑らかな頬を滑っていく。
『貴女の苦しみをそのまま繰り返すだけ……』
絞り出すような声が、聴いているだけで心が痛んだ気がした。
忘れていた。このひとは。
我らが魔女の王は。
「貴女は……」
やさしいひとだった。
誰かの痛みに心を痛め、その美しい瞳に涙を浮かべ、嘆き、己が出来ることがあるのならばその助力を惜しまないくらいに。
わたしの代わりに代償を払い続け、限りない苦痛にその身を苛まれていても、それを決して責めようとしない。
嗚呼。
「王……」
手を伸ばした。指先に、やわらかな感触。わたしの手は貴女ほど綺麗ではないけれど。
けれど、貴女の涙を拭えるのなら、わたしの手はきっとあって良かったのだ。
「教えてください」
涙と共に伏せられた顔をゆっくりと促すように持ち上げて。
わたしは初めて、王の瞳をまっすぐに見据えた。
『何もかもを、そのままに』
薄紅色の口唇が震えている。絞り出されるように呟かれた声。
『貴女は魔女のまま、それを代償として貴女の愛する存在を取り戻す』
『貴女には数多くの苦難が待ち受けるでしょう、痛みに晒されるでしょう、苦しみも辱めも、全てが貴女の敵となり、貴女を襲うでしょう』
『……それでも……貴女は、それを択びますか?』
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