如何にして世界は崩壊したのか
禁忌の経緯を記した書物、それを開けば閉ざされた歴史が明らかになるだろう。
それは目立たないような濃い茶色の表紙だった。本棚に並んでしまえば、周囲の豪奢な背表紙にまぎれて存在自体が薄れてしまうような。
零から始まり、参拾まで続いている。
しかし、そのナンバーもくすんだ色彩のせいか、かなり眼を凝らさなければならないようなありさまだ。
淡い銀色の法衣を纏った女性が、それに手を伸ばす。
やわらかなウェーブを描く髪が、ふわりと揺れる。流れるその髪は、鈍く光る月の色をしていた。
見た目よりもずっしりと重いその本を手にとり、静かに表紙を開く。
指先で字面をなぞるようにしながら、彼女は読み進めていく。
禁忌に触れる行為、そして、その顛末を。
「如何にして世界が崩壊したのか。
その理由はいたって単純で明快なものだった。
それぞれの存在には『領域』というものがある。言葉を変えるならば、分、であろう。
輪廻を廻すものは冥界、清浄なるものは天界、罪あるものは煉獄、邪悪なるものは魔界……それらの領域は互いに不可侵であるべきものだった。
だが、それを踏み越えたものがある。
それはヒトである。
ヒトは神という大義名分を掲げあらゆる世界の領域を侵した。その事実はそれぞれの王たるものが知るところであり、事実である。
そうして世界の均衡は破られた」
人間の世界で言えば数年前のことだった。
ある人物があることを発見した。
それは世界のほころびであり自分たちが存在する世界のすぐ近くに、『全く別の世界』が『在る』ということに気づいてしまったのである。
古くから存在する神秘というものは科学によって丸裸にされ、解明され、数値として置き換えられた。
世紀の大発見として褒めそやされたその人物はまたしても禁忌を犯す。
その『全く別の世界』に足を踏み入れた。
……そして。
「彼はあまりに無知であった。純粋すぎるが故に、彼は禁忌を犯した」
己の理解を超えるものに対し、人間というものは本能的に恐怖や畏怖を抱く生物だ。
『コレは己とは違うモノ』という意識は、どうやってもぬぐいきれなかった。
まったく違う別の世界であれば、その世界を形作る秩序も己の理解の範囲外だろうことは、冷静に考えれば解るはずだったのに。
けれど、彼はその違いという恐怖からは逃れられなかったのだ。
結果として、彼は世界中にこう提言した。
『己が見つけた別世界は夢の溢れる新世界ではなかった、あれは悪徳のはびこる邪悪の塊であった!』と。
彼らがかつて『邪神』として迫害した古い神々はその姿を保っていた、だからこそ彼らは畏れた。
ヒトでありながら神とされたモノを追放した、己の罪を。
「訪れたのは、幸せを奪い合う混乱。
どちらが先に手を出したのか、それは知る者がいない。
気が付けば、譲ることも思い遣ることもできず殺し合うことしかできなくなっていた」
ヒトはそれを悪魔と呼んだ。
ヒトは何故悪魔を殺したのか。
悪魔は何故ヒトを殺したのか。
どちらが先に手を出したのか。
そもそも何故争いが起きたのか。
静かに書物は語り続ける。
正義を騙る暴力、自衛を過ぎた攻撃、……そしてそのあとに待っていたのは。
「その瞬間、世界は確かに震えた。
歓喜と狂気の渦に。
これで「悪魔」を根絶やしにできると……ヒトを脅かす脅威を打ち払えると誰もが盲目的に信じていた。
押されたスイッチ、
放たれる致命的な武器、
爆炎と悲鳴、怒号、断末魔の悲鳴……」
「悪魔」と呼ばれた彼らは最期の呪いを吐いて消滅していった。
それは永劫の呪い。
ヒトが生きるに必要な「太陽」の急激な接近。
そのあとのことは想像に難くない。上がり続ける気温、蒸発する水分、燃え上がる大地、干からびていく世界。
「……世界はそうして滅びた。
歪んだ正義……だが、盲目的なまでに彼らは己の正義を信じていた。
己が行うこと全てが『絶対的』に正しいのだと」
静かに書物は閉じられる。
彼女の瞳は伏せられ、沈黙だけがその場を支配していた。
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