第19話 伍の5 決着!
向き合う両者を、秀吉公も嬉しそうに見つめます。
私は何故か、ウソのように気持ちが落ち着いてきました。
そしてどういうわけか、この演武を見届けないといけない気がしたのです。
「三名工吉光作の一期一振と、平安時代に稲荷明神が、三条宗近と共に鍛えた小狐丸との演武だ。何と素晴らしい一戦ではないか?」
秀吉公は私を見て言いました。
「は?」
「前世も覚えていないのでは無理もないか。娘さんはその先の前世も名工だったのだよ」
「ええーっ!」
「その名は三条宗近。平安時代の名工だ」
驚愕の事実です。前世どころかその前まで、私にとって不本意の職業だったとは!
ゴスさんが、『それだけでもない気もする』とか言ってたのは、このコトだったのかもしれません。
あれ? でも稲荷明神って?
「小狐丸は、三条宗近がなかなか満足のいく作刀が出来ずに困っているところへ、氏神の稲荷明神が現れ、共に造ったと言われる伝説の名刀。行方不明と聞いていたが、まさかこうして出会えるとはな」
私の困惑を悟ってか、秀吉公が有り難くも、詳しく説明してくださいました(謝々)。
それにしても、前前世の私って、神様と知り合いだったのでしょうか?
何だか自分まで偉くなった気分です(少照)。
………………………って、あれ? ちょっと待って下さい。
い、今、な~んか重大な事実を聞いてしまったような気がします。
え~とえ~と何だっけ?
大事なコトのハズなのに、私の中の何かが、そのコトを目一杯拒絶しているのです。何でしょう何でしょう???
「そういうワケやから、姉ちゃん。もしものときはよろしゅうな」
こちらをチラ見して、微笑む小狐丸の顔を見て、ようやくそれに気付きました。
私が、前前世の私が、小狐丸を造ったのです。
「ウギャーッ!」
頭抱えて大絶叫です。切腹したい気分です。
一期一振さん、介錯して下さい。
「勝ったら、姉ちゃんやの~て母上と呼ばせてな。あ、ママの方がええ?」
「イヤだぁぁぁっ! 処女のままこんなでっかい息子が出来るなんてぇぇぇっ!」
思わず恥ずかしいコト、カミングアウトして言ってしまい、
「イヤーッ!」
恥ずかしさに今度は赤面して、顔を覆って超大絶叫です。もう、マジ殺して下さい。
そんな私の苦悩を知ってか知らずか、まあ知るワケありませんが、小狐丸も一期一振も、そして秀吉公も、もうこちらを見ていません。
一同はこれから始める演武を前に、私のコトなど眼中には無かったのです。
一人で勝手に照れて絶叫した私はアホ丸出しです。
仕方ないのでココからは、私も理性を押さえてマジモードで、演武の解説をします(悲)。
両者はお互いの切っ先を向けて、しばし睨み合ったまま、ピクリとも動きませんでした。
その間は、実際は十数秒だったのでしょうけども、それをただただジッと見ていた私には、よく聞く話しですが、数時間にも感じられました。
トイレ休憩行きたいと思ったホドです。
あ、ヤバッ! 緊張して、ホントにお腹が痛くなってきました。
ポケットティッシュ持って来てたかな?
お願いですから漏らす前に決着つけて下さい。
で、え~と、どこまで解説しましたっけ?
そうそう。両者はしばし睨み合ったままでしたけど、最初に動いたのは、意外にも一期一振の方でした。
見た目がご年配で、貫禄あるものだから、じっと構えたまま相手の剣をかるく叩いて躱す、といった画を想像していたのですが、ちょっと意外でした。
意外でしたが、それでも名刀と言われるだけあって、外見とは裏腹に目にも止まらない早さで、一期一振は一気に小狐丸との間合いを詰めてきました。
ですがそれ以上に驚いたのは、その後のスピードです。
二人の刀と刀がぶつかり合った金属音と、飛び散る火花が見えたと思ったときには、もう両者の姿はありません。
ハッとして辺りを見渡すと、いつの間にか二人は数m程後方にいました。
「い、いつの間に? あっ、また?」
見つけた次の瞬間には、さっきと同じように金属音と火花だけを残して、すぐ別の場所にワープしたように現れ、そしてまた金属音と火花を散らしてワープと、その連続。
まるでスーパーサ○ヤ人みたいです。
でも、驚いていたのは私だけだったようです。
秀吉公は当然といった顔で、私よりもずっと早く、彼らの動きを目で追っていました。
さすが高名な戦国武将です(尊敬)。
「スゴい。とてもお爺さんのようには……………………」
「それは一期一振の事かな?」
呆気にとられて見入る私に、秀吉公が声をかけてきました。
「え、あ、はい」
「ああ見えて、小狐丸の方が年上なのだが」
「ええーっ!(驚)」
「小狐丸は平安時代、一期一振は鎌倉時代の生まれだからねぇ」
「平安時代の方が鎌倉時代よりも昔だったんですね」
「…………………………」
うう、秀吉公の私に向けた、哀れむような視線がチクチク痛いです。
そんなことよりも、小狐丸はどんだけ若作りしてるのでしょうか?
いくら姿を自在に変えられるからって、年相応ってものもあるでしょうに?
でも、そう言えばゴスさんも、ケッコーな歳のハズでした。
何だかちょっと羨ましくもあります。
……………………………あれ、何か忘れてるような?
ああ、演武の続きでしたね。
両者はまだチャンバラの最中です。
とは言え、やっぱり私の視力ではその動きを目で追えません。
秀吉公の顔の動きを追って、何とか少し遅れで見つけられる程度です。
これでは演武の解説もできません。
すると、
「ほほう、やはりやりおるわ。伊達に古刀期(平安時代から慶長期)より知られた古株だけのことはあるな」
と、鎌倉時代以前の大先輩を、上から目線で言う江戸時代生まれの、
「あ、ゴスさんだ!」
初代虎徹ことゴスロリのゴスさんが、いつの間にか私達の後ろに立ってました。
「だから誰がゴスさんだっ?」
「ひぃぃぃぃっ!」
不機嫌そうに私の頭上に、寸止めで刀身を振下ろすゴスさん、い、いえすんません。
て、天下一の名刀、最上大業物最強の虎徹興里様です。
ホントすんません。もうゴスとか言いません。許して下さい(願&汗&涙)。
「ふん、まあいい」
刀を鞘に納めて言うゴ……………興里様を見ると、せっかくのゴスロリファッションが、ボロボロになっていました。
スカートの裾も破れてパンチラ一歩手前です。
女の私が見ても、そのあまりのセクシーさに思わずドキッとしてしまったホドです。
でも、よく考えたらこの人、前の演武では男の姿でやってたハズ。
そう思うと、せっかくの色っぽい姿さえキモく思えます。
「どうやら正国は、負けてしまったようだな」
「さすがに手強かったがな。これほどの手応えある相手は、前々回演武でやりあった井上真改か、その前の備前兼光以来だろうな」
秀吉公の問いに、興里さんは憮然と答えます。
さっきの鎧武者は、秀吉公の配下だったようです。
そう言えば加藤清正がどうとか、小狐丸も言ってましたっけ?
「なに、すぐに床兵衛も村正も来るだろう。どちらも苦戦したようだがな」
えっ? あのク○モンと正宗を?
床兵衛さんも伊勢さんもスゲーッ!
私は余計な心配をしていたみたいです。
どっちも暗いイメージあったから、そんなに強いとは思えなかったのかもしれません。
とりあえず一安心です。
「さて、それで今はどっちが優勢なのだ?」
興里さん……………あーっ、やっぱ言いにくい。
どーせ私の心の声なんて、聞こえっこないでしょうから、やっぱゴスさんと呼びます。
ゴスさんは平然と、秀吉公と並んで座布団荒川の上に座り、私に今の戦況を聞きました。
当然のコトながら、普通の人間である私に分かるわけもありません。
「むぅ、仕方ない。代わりに私が見てやろう」
ゴスさんは鋭い視線で、小狐丸達の闘いを見据えます。
ホント、この人の視線はスゴいです。
完全に両者の動きをロックしている目の動きは、敵機を迎撃する自衛隊の対空機銃みたいです。
もしかしたら本当に、ビームが撃てるんじゃないかと思えてなりません。
「なるほど。今のところは互角、といったところか」
ゴスさんの感想に、満足げな笑みを見せる秀吉公。
私には早すぎて、どっちが勝っているのか負けているのかさっぱりです。
それでも見えないなりに、あちこち視線を巡らして、何とか見つけようとしていると、
「おいっ!」
「ひえっ?」
突如、私はゴスさんに襟首を掴まれ、後ろにに引倒されました。
尻餅をついた私が文句を言おうと身体を起こすと同時、目の前を何かがものすごい早さで駆け抜け、直後に凄まじい風圧に襲われました。
「な、何?」
見ると、地面には一直線に深々と、えぐられたような、何か巨大な剣で切り裂かれたような跡が残っていました。
これってまさか?
「小狐丸の剣圧だな。私が引き寄せなかったら小娘、おまえの身体は両断されていたか、粉微塵になっていたろう」
「あうっ………………」
ドヤ顔で恩着せがましく言うゴスさん。
何も言い返せない私は、火花の散る方に向かって、
「こらぁっ、気をつけろぉっ!」
小狐丸を大声で怒鳴ってやりました。
すると、
「あいたっ!」
闘っている小狐丸が、私に何かを投げつけて、それが見事におでこにヒットしました。
見るとそれは、前に食べそびれた生八つ橋で、モチモチの表面に一言、『すまん』と文字が書かれていました。
「い、意外と余裕あるみたいだね(汗)」
私はそれを頬張り、親指立てて一言。
「許す!」
「……………………」
気のせいか秀吉公とゴスさんの視線が、さっきよりも冷たく痛く感じられます(涙々)。
「まあ、それはいいとして、この演武ももうすぐケリがつきそうだな」
「うむ」
ゴスさんと秀吉公は、目も会わさずに会話をしています。
何かカッコイイです。
ってかゴスさん。何で将軍様にタメ口ぃ?
でも、もうすぐケリがつくって、さっきは互角とか言ってたような???
「さすがに小狐丸の方が場慣れしている。宝物だからと厳重に保管されるより、刃を交えてこその我らよ。そういう意味では、名刀過ぎるというのも不運なものだ」
「とは言え、さすがは吉光の作。稲荷明神の加護ある小狐丸に、あそこまで渡り合うとはさすがであろう」
「互角の者同士の闘いなら、だいたいは長期戦になるか、瞬時につくもの。今回は後者のようだな。そうであろう小娘?」
急に私に話題を振るゴスさん。どうやら小狐丸が、前に同じ御物の小烏丸と演武したのを知っているようです。
「は、はいっ。何でも前は3日間も続いたって………………きゃぁっ!」
私が恐々答えると同時、周りに数本の閃光が地面を走り、続けて衝撃波に足下が揺れました。
一瞬、近くに雷でも落ちたのかと思ったほどです。
見上げると、衝撃で舞い上がった土煙の向こうに、タイプスリップして来たターミネーターのように、大きく凹んだ地面に佇む二人の影が見えます。
一方は刀を手に立ち、一方は片膝をついてうなだれていました。
立っていたのは、ゼェセェと肩で息する小狐丸の方でした。
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