第8話 弐の4 最上大業物

 うちの母はとっても怖いのです。

ニッコリ笑って私の頭に踵落としを喰らわすような人なのです。

先週もおやつのつまみ食いがバレて、がっちりヘッドロックされた私は、お花畑の一歩手前まで行ってきました。

死んだ曾爺ちゃんが、お花畑の向こうで手を振っていたのを、おぼろげながら覚えています。

「ああ、不幸だ……………………」

買い物をすませ、公園のベンチで一休み。

今さらながら己の不幸を呪います。

正直者で真面目で美少女のこの私ばかりが、何でこんな目に遭うのでしょう? 

言ってて何故か恥ずかしく感じるのも不思議ですが、いったい何でこんなことになったのか分かりません?

「はぁ~、不幸だ」

「はぁ~……………………」

再びため息をつくと、隣のベンチでも別の人がため息をついていました。

何気なくそっちを見ると、そこにいたのはあのゴスロリと一緒にいた二代虎徹の、ええ~と、確か床兵衛さんこと、興正さんでした。

彼はベンチに深く腰掛けて、肩を落としています。

思いもしなかった人………いや違った。

刀の化身でした。紛らわしいなぁもぉ~。

と、とにかく思いもしなかった彼との遭遇に、

「あっ、床兵衛さん?」

私は思わす声に出して言ってしまいました。

あちらも名前を言われたことで、私には姿が見えているのだと気付き、少し慌てながらも、どうしたものかと戸惑った様子で、しばしあたふたしてから、

「え~とぉ……………人形焼き、食べます?」

と、東京名菓を差し出して言いました。


 床兵衛さんはとてもいい人、いや刀……………、え~い、もう人でいいや。私には人に見えるんだからそれでいいじゃない!

彼は私の悩みを、さすが名刀だけに、真剣に聞いてくれました。(え、面白くない?)

最初はあのソボロのお爺さんとイメージが重なって少し怖かったけど、お菓子をくれる人に悪人がいるわけありません。

人形焼きが美味しかったのです。

中が「こしあん」じゃなくて、「粒あん」か「カスタード」だったらもっとよかったのですが(残念!)。

まあそんなワケで私は、これまでの経緯を彼に話しました。

小狐丸のこと、伊勢さんのこと、そしてその伊勢さんが、ソボロのお爺さんとの業物演武に向かったまま、まだ戻っていないことを。

こんな相談、普通の人に話せるワケありませんから。

「それにしても、刀で鉄とか斬れるなんて、テレビの中だけだと思ってましたぁ。バイクの中には鉄パイプのフレームって部品があるそうなんですけど、昨日の辻斬りではそれもキレイにバッサリ斬られてたそうです」

「まあ、人が使う分にはそう簡単にはいかないだろうけど、刀自身だとワリと斬れるものなんですよ」

「そうなんですか?」

「要は集中力のようなものです」

「?」

「ほら、空手の達人とか石を素手で割ったりするでしょ? でも人がどんなに身体を鍛えたって、手が石より硬くなるわけはない」

「なるほど」

「私達は魂そのもののようなものですから、意識を集中しやすい分、本来以上の切れ味を発揮できたりするんです」

結局はよく分からなかったのですが、何度も聞くのも悪いので、私は分かったような素振りをします。

私は気に利くいい女なのです。

「ところで、さっきは何でため息なんかついてたんです? あ、もしかして誰かに演武で負けたとか?」

「いやいや、そうではありません。実はこの大会は何のためにあるのか考えていたのです」

「え? 名刀ナンバーワンを決めるためじゃないんですか?」

「最初はただ単に、そう思って納得していたのですが、そもそも誰が最初に始めたのか、それを決めて誰が得をするのか、実は参加している我らにも分からない事が多いのです」

「名誉とか、そんなんじゃないんですか?」

「我らは武器です。人ではありません。そのような欲はないのですよ。それに…………」

「それに?」

「それに前回も、前々回もそうでしたが、我らの演武をどこかから、誰かに見られているような、そんな視線を感じていたのです」

「だ、誰かって言っても、前の大会でも百年以上前だったんでしょ? 見ていたのって人じゃないですよね?」

「それが分からないのです。おそらくはその視線の主が大会の主催者だと思うのですが、それがどうにも気になって」

「はぁ?」

何百年も関わっている彼らに対し、業物演武を知って昨日今日であり、部外者である私には、何と答えたらいいのか分かりません。

とはいえ、せっかく話し相手になってもらった彼に、何も言えないでは申し訳なく思っていると、

「ほほう、我らが見える人間とは珍しいな」

と、例のゴスロリこと初代虎徹興里が、いつの間にか私のすぐ後ろに来ていて言いました。

「ひえぇっ!」

「まるで化物でも見たように驚くな。失礼なヤツだな」

(化物みたいなもんじゃない)と、心の中でつぶやく私。

うっかり口に出したら、魚のように三枚におろされかねません。

ですから「化物みたい」だなんて、口が裂けても言えっこありません。

ただ、ふと見ると、ゴスロリは私が先日買いそびれた、プリン・オン・ザ・クリームをコンビニの袋いっぱいに持っているではありませんか? 

そっか、プリンがあの日売り切れてたのは、コイツが買い占めてしまったからに違いありません。ひどいヤツです(怒)。

どこかの名刀に演武で負ければいいのに!

食べ物の恨みは怖いのです。

でも、人に姿は見えないのに、このゴスロリや小狐丸は、どうやって「プリン」や「生八つ橋」を買うことができたのでしょう?

やはり何かと謎の多い連中です。

「床兵衛、やはり小判では買えなかったぞ」

「だから言ったでしょ。通貨が今と昔では違うって」

(そーゆーことかよっ!)

どうやら彼らは可視化も出来るようです。

分かってしまえばどうということありません。

でも、小判でプリン買う気だったの? 

何かもったいないような気がします。

「仕方ないから、その近くで見かけた『金・プラチナ買い取り』とか、よく分からん看板をあげた店で小判を換金しようとしたら、店主は目を丸くして小判を見入ってから、こんな紙幣とかいう紙を大量にくれたのだ。どうやら今は、紙の値打ちが高いと見える。世の中も変わったものだな、うん。それにしてもプラチナって何だ?」

言うゴスロリの手には、私のお小遣い十数年分程もありそうな、札束が握られていました。

いえ、さすがに後十数年も小遣いもらえるとは思ってませんが。

ゴスロリはプリンでパンパンになった袋をベンチに置き(一個くれないかな?)、改めて私を見つめて床兵衛さんに聞きました。

「ところで、この小娘は?」

「どうやら小狐丸の知り合いのようで」

「ほう」

ゴスロリは私を珍しそうにマジマジと、それこそ目からゴスロリビームでも発射しそうな目で見つめてきます。

さすがは名刀。身体を貫きそうな鋭い視線です。

身体に穴があきそうです。

お嫁さんに行けなくなったらどうしよう?

あまりにジロジロ見られ、恥ずかしくなった私は、話題を逸らせました。

「そ、それはそうと、『ソボロ』何とかって刀はそんなにすごいんですか? 伊勢さんは最強クラスとか言ってたけど、最上大業物とか言われても、よく分からないんですけど?」

「む、小狐丸の知り合いのくせに、何も知らぬのだな?」

「いえ、好きで知り合いになったワケではないんですけど……………………」

「懐宝剣尺は御様御用おためしごようと言って、試斬や斬首を職としていた山田浅右衛門が記したものでな、現代でも刀の売買で、値段の判断材料となる場合も多い。最上大業物で状態がよければ、今の価格で数千万の値がつくのはざらだぞ」

「マ、マンション買えるじゃん!」

金額を聞いた途端、二人が札束に見えてきました。

負ければいいなんて言ってゴメンね。

「しかしそれでも数千万だ。絵でも数億するコトもあるのに安過ぎではないか?」

「高名な画家の作の場合ですよ」

「何を言うか。刀匠達の技術も手間も画家に負けてはおらぬぞ!」

「まあ、数はありますから」

「ぬぅ~っ!」

納得のいかないゴスロリをなだめる床兵衛さん。

小狐丸に振り回される私と何か似ているような気もします。

 その後二人は私に、刀の歴史とか造り方、様々な名刀、もちろん最上大業物や、その最上大業物に匹敵する業物のコトなど、色々と教えてくれました。

学校の授業内容は中々頭に入らないのに、何故か二人の話しは分かりやすいのか、どんどん知識が入ってきます。

まあ、私の脳は自他共に(特に母には)認める出来の悪さです。明日にはキレイさっぱり忘れていることでしょうけど。

すっかり話し込んでしまい、気がつけばもう三十分くらい経っていました。

「あ、いっけない。私、おつかいの最中だったんだ」

あんまり遅くなると、また母に半殺しにされかねません。

あの人は手加減という言葉を知らないのです。

「どうもありがとうございました。私、もう帰らないといけないので失礼します」

「うむ、また縁があったら会おう」

男前な台詞で見送る少女姿のゴスロリ虎徹、人の良さそうな床兵衛さんに手を振り、私は帰路につきました。

そして帰ると、道草をくっていたと思った母のドロップキックが炸裂したのは、言うまでもありません。

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