第17話 伍の3 黒幕

 何故? っと言う特別な理由があったワケではありません。

タクシー代荒川持ちでアキバを脱出した私達の目前に、上野公園の樹々が見えてきましたが、見えないのにあの辺りに小狐丸がいるような気がしました。

タクシーの隣の席で、財布の中を気にするお財布君の荒川を無視し、私は公園前で停まってもらうよう運転手さんに言います。

「秋葉原で何かあったんですか? 何やら大騒ぎしてましたが?」

「さ、さぁ………………」

アキバに通りかかっただけで、事情を知らない運転手さんが聞いてきますが、1番事情を知っている私は言葉を濁しました。

「なぁ………………」

「何?」

公園の前で小狐丸を探す私に、荒川がおずおずと聞いてきました。

「さっきのメイドさ……………ごふっ!」

こんな事態に至ってもクルクルパーな発言をする、脳内煩悩占有率95%のバカの顔面に、右ストレートヒットです。

このパターンは何度目でしょうか、全く学習をしないヤツです。

マジでアキバに残して来た方が、よかったかもしれません。

アホの処分は後回しにして、今は何としてでも、小狐丸を見つけ出さないといけません。

このまま家に帰るという選択肢もあったのですけど、あの鎧武者のように、正宗の手下が他にもいて、家にまで襲ってこないとも限らないのです。

こうなったらあのキツネ君を、何かスィーツをエサに、ボディガードとして雇うしかないじゃないですか! 

でもしかし…………

「おっかしいなぁ~。この辺りのハズなんだけども???」

間違いないのです。小狐丸はこの近くに絶対いるのです。

ですが、その姿はどこにも見当たらず困っていると、

(あっち…………………)

「え?」

教えてくれたのは、荒川の背後霊のご先祖様でした(このお婆さんの声聞いたの初めてなんですけど)。

お婆さんが指し示したのは上野公園の隣の不忍池でした。

私もそっちを見つめると、

「……………いる」

理由は分かりません。ええ、ホントに分からないのです。

ですが確かにそっちに、小狐丸がいると確信できたのです。

私は、未だに事態を理解していないアホ面の荒川を引っぱり、不忍池に走りました。


 不忍池。池とは言っても時期的な問題か、今は蓮だらけでどこからどこまでが池なのか、よく分かりません。

池の真ん中には谷中七福神と弁天堂が見えます。

観光客の姿もチラホラと見えますが、秋葉原の騒ぎをまだ知らないのか、誰も騒いでいません。

アキバの出来事がウソのようです。

ですが私には、あの時に正宗に向けられた、殺気のような寒気が感じられてなりません。

(あれ? ってことは…………………)

ここには小狐丸の他に、あの鎧武者と同じような輩がいるという証拠です。

「来なかった方がよかったかな(焦)?」

今さら後悔しても遅いです。よくよく考えてみたら、小狐丸も演武の参加者の一人。

アキバで見かけたときも、演武の相手を見つけて追いかけていたのかもしれません。

だからあんな怖い目をしていたのです。

(うあ~っ、しまったぁぁぁっ!)

こ、こうなったら、刀の化身に会う前に、ここを離れた方がいいかもしれません。

幸い、お財布君荒川はまだ私の隣にいます。

もう一度タクシーを捕まえて、どこか別の場所へ、と思っていると、

「何だ、あの爺さん?」

お財布……………じゃなかった、荒川が一人の老人を指差し言いました。

つられてそっちを見ると、弁天堂に渡る小さな橋の上に、何だか異様な雰囲気の老人が、こちらを見て笑顔を見せています。

で、何が異様なのかと言うと、それが何なのかがよく分からないのです。

それは荒川も同じだったようで、理由の分からない違和感に、首を傾げていました。

そのご老人、歳は六十位でしょうか、小柄で和服の上から紫色の着物を纏い、上品でどこか貫禄のようなものがあります。

なのに、なのに何故か他の人と違う気がしてなりません。

あまりの違和感に、さっきの正宗同様、可視化した刀の化身なのかもと思った程です。

「どうやら戸惑っておるようじゃの」

「え?」

そこそこ離れた場所にいるのに、その老人の声が間近で聞こえたような気がしました。

彼は私達を手招きし、振り返って弁天堂の方に歩き出しました。

「ど、どうするよ?」

「どうするったって…………………」

さすがのアホも、これはおかしいと思ったのでしょう、焦り顔で私に聞いてきます。

そうこうしている間にも、例の老人はスタスタと歩を進めています。

(ええ~いっ!)

半ばやけくそ気味に、私は老人の後を追い、荒川も慌ててついてきました。

ですが不思議なことに、弁天堂の裏側に老人を追って回り込んだ所で、いきなり辺りの空気が冷たくなり、まるで別世界にでも迷い込んでしまったような感覚に陥ったのです。

同時に、辺りの人もいなくなってしまったかのように、物音一つ聞こえなくなりました。

気のせいか、園内に他の人がいるような気配さえしません。

と言うより、マジで誰もいません。

ってか不忍池でさえありません。

四方が全て、波打つ水面のように揺らいでいる、見た事もない空間です。

もしかしたら、ホントに別世界に来てしまったのかもしれません。

すると、

「はぅ…………………」

隣にいた荒川が、突如変な声を上げて、その場で気絶してしまいました。

「あ、荒川っ?」

「ご心配なく。お友達にはしばし眠っていてもらうだけですよ」

バカの心配をする私のすぐ目の前に、いつの間にかあの老人が立っていました。

「少しばかり娘さんの話しを、聞いてみたくてね。ああ、この辺りは今、特別な結界を敷いてあるので、他の民には今の我らの姿は見えはしないので、ご心配なく」

「は、はぁ………………え、民って???」

結界って、やっぱただ者ではありません。

おん…………何だっけ? そうそう陰陽師とか何かかと思いましたが、そうでもなさそうです。

この感じは人ではありません。

小狐丸とか正宗のような刀の化身でもあるません。

この感じは幽霊に近いモノですが、まあ幽霊なら慣れっ子なのでそう怖くはありません。

とりあえず気を落ち着かせ、今まで買い物したり逃げたりと、いささか疲れ気味の私は、倒れている荒川を座布団代わりにして、その上に座りました。(は、何か問題でも?)

「………………ま、まぁ、それはいいとして」

何故か戸惑いを見せる老人、って何か言いにくいからお爺さんも、私と並んで荒川の上に座りました。(むむっ、やるな爺さん!)

「ところで娘さん、今回の演武をどう思うかね? 幕末の名工の生まれ変わりの意見を聞きたいのだが」

「え?」

このお爺さんは、私の前世が何とかマロって言う刀鍛冶だってコトを知ってるの?

「どの刀が勝ち残ると思うかね?」

「わ、私には分かりません。そもそも、そんなに詳しいわけではないですし…………」

「うむ………、前世の記憶は残っていないようじゃのぅ。まあ、無理もないが」

「あの………………」

「何かな?」

「お爺さんはいったい…………………」

聞いて、そこで私はふと思い出しました。

前に床兵衛さんが、誰かにずっと見られているようだ、と言っていたコトを。

まさか、その誰かってのが、このお爺さんなのでは? 

そう思うと、(お爺さんはいったい何者なんですか?)と聞くのが、急に怖くなってきて言葉が出なくなったのです。

もしも本当にそうなのなら、間違いなくただ者ではありません。

ヘタしたら、あの正宗よりも危険人物かもしれないのです。

「?」

「い、いえ………………」

いきなり黙り込む私に、お爺さんは笑顔で、

「儂の正体が気になるかな?」

「い、い、い、いえ、そ、そんなコトは………………………(焦&汗)」

いやも~、怖いとか怪しいとか、殺されるかもしれないとか、そういった次元ではありません。

私の中の何かが、このヒトは超とんでもない大物だと告げているのです。

そしてそれは正しかったのです。

「やっと、見つけましたでぇ……………」

聞き覚えのある声に振り返ると、息も乱れて汗まみれながら、ジッとこちらを見据える小狐丸がいました。

「ふむ、とうとう見つかってしまったかの」

不適な笑みのお爺さん。貫禄2割アップです。

「二代虎徹や村正が探っておったようだが。いかにも、演武を影で執り行っておったのはこの儂じゃよ。元より、隠れる気もなかったのだがな」

(や、やっぱり………………)

小狐丸は一歩前に出て一呼吸つき、その名を、お爺さんの名を呼びました。

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