第3話 壱の3 二頭の猛虎
彼の話しによると、彼は幽霊でも狐の悪霊でもなく、日本刀に宿った魂が人の姿に変化したものだそうです(えっ、マジ?)。
さっきの若い侍もどこかの刀が人の姿に………………って、
「何かそんな擬人化のゲームって、あったような気が………………?」
「気のせい気のせい! 作者がこの話し考えたの、ゲーム発売前だったし、やったこともないし、所詮刀オタクの考える事なんてみんな同じだろうし」
「何の事かわかりませんが? でも、何でチャンバラ…………」
「刀で闘うには人の形が理想的やからね」
「いや、そうじゃなくって、何で闘う必要があるんですか? 戦国時代じゃあるまいし?」
「今年はここ、江戸の町で『業物演武』があるからね」
「わざものえんぶ………………?」
「僕みたいに魂持った刀達が全国から集まって、競い合う大会やねん。もちろん、負けたからって人みたいに死ぬわけと違うけど、何せ元々が武器やから、みんな負けず嫌いでな。そやからこうやって何年か百何年かごとに大会があるってわけや」
「と、いうことは、他にも?」
「うん、今も着々と全国から江戸を、今は東京いうんか? こっちを目指して、名刀達の魂が向かっとるハズやで。ほら、あそこにも……………」
と、彼が指差す先を見ると、確かに人の姿をした…………………………………、
「え、と? あの二人も?????」
「うん。霊の見える姉ちゃんやったら、あれが普通と違うのは分かるやろ?」
「いやまあ、普通と違うことは違うけど」
そのとき私は、きっとハトが豆鉄砲喰らったとか何とかって顔をしていたでしょう、鏡を見なくても分かります。
そこは今も夜が更ける前とあって、まだ人通りの多い商店街。そこを二人の幽霊、いえ、正確には違うのですが、普通の人には見えないのですから幽霊も同じでしょう、その二人の出立ちが、まあ、その、何て言うか、ちょっと変わっていたのです。
一方は時代劇でよく見るような、町人風の若い男性です。
それより問題なのは、その彼を従えるように前を歩く、もう一方の姿です。
刀の化身なのだから、男ばかりだと思っていたら、こっちは若い女の子の姿をしていました。
しかもよりによって、ハデハデの金属の装飾や金色の鎖で着飾った、ゴスロリファッションです。
私もたいがい人から「イタい娘」と言われる方ですが、彼女に比べたらまだマシに思えてなりません。
その二人はまだ小狐丸には気がついていないようで、現代の町を眺めながら、何やら話しをしています。
「ずいぶんとこの町も変わってしまったものだのぉ、床兵衛」
「まったくですな、父上」
「父上言うなっ! 小娘の姿をした私をそう呼んだら、知らぬ者が聞いたら勘違いするであろうがっ!」
「いや、あんたが私を『床兵衛』と呼ぶからですよ。そもそも、我らは作者が義理の親子関係であって、我らの間柄は……………」
「え~い、細かいコトを言うな。だからおまえは何百年経っても影が薄いのだ」
「あなたが高名過ぎるだけです」
「む、むふっ。そ、そうか?」
言われたゴスロリも、まんざらでもなさそうです。メンドくさいヤツです。
「それでは『先代』と呼びますよ」
「まあいいだろう。何だ床兵衛」
「……………いやまあ、もういいですけど。しかし何でそんな姿をしてるんです? 前回は普通に侍の姿を模していたハズでは?」
「基本我ら刀に性別はない。模す姿は自由であろう。事実、前回も備中の青江は女の姿をしていたしな」
「青江には女の幽霊を斬った、という伝説がありましたからね。それをなぞったのでしょう。でも先代にはそういった話しは?」
「分かっておらぬなぁ」
ゴスロリはため息をつきました。ちなみに、まだ私達には気付いてはいません。
「剣を競う大会とあって、毎回どいつもこいつも似たような剣豪っぽい姿をして来よる。むさ苦しい事この上ない。前回、青江が女の姿で来たのは大正解だ。女がいれば、少しは場も和むものであろうよ。そこで私も今回は娘の姿で参加する事にしたのだ。殺伐としただけの催しではつまらぬであろう?」
「いやしかし、その姿はいったい…………?」
「ふむ、前に見かけた人間の小娘の姿を模したのだ。見よ、全身の至る所に鎖や金具を付けた衣装など、江戸時代の娘の着物になかったものだ。恐らくは現代の
小狐丸が私にそっと教えてくれました。あのゴスロリさんを作った方は昔、金沢で甲冑師とかいう、鎧を作る職人さんだったそうです。
何かとんでもない勘違いをしているようですが、少しも気付く様子はありません。
「まあ、こういった気遣いの一つも、前回覇者たる私の務めというものだ」
何と、あの見るからに危なそうなゴスロリが、前回のチャンピオンだそうです。意外と大した大会ではないのかもしれません。
でもそれを言ったら、小狐丸に斬り捨てられそうなので、私はあえて口をつぐんでいました。
すると…………………、
「あ、あの人も刀の化身?」
どこからともなく一人の大男が、例の二人の前に立ち塞がりました。
しかもこの人もとんでもない姿をしていました。そして、小狐丸やあの二人とは、どこか雰囲気が違います。
その彼だけ、まるでRPGにでも出てくるような、西洋の騎士の姿をしていました。
銀ピカ甲冑で身を包み、身の丈程もあるような大剣を背負っています。町中にいて、あのゴスロリより浮いて見えてなりません。
彼らが霊でも剣の化身でもなく、普通の人に見える存在であったとしたら、コミケ会場を間違えたコスプレイヤーと思われたか、銃刀法違反でお巡りさんのお世話になっていたコトでしょう。
「西洋趣味の日本刀もいるんだ?」
「いや、アレはホントに西洋の剣の化身のようやねぇ~」
小狐丸は何故か楽しそう言いました。これから何か、面白いコトでも起こるかのように。
「失礼。この国の剣とお見受けするが?」
問われてゴスロリが、銀ピカ騎士を見上げます。
身長差はかなりあります。気のせいか、見上げたゴスロリ三人分くらいあるように見えましたが、当人は落ち着きはらい、
「いかにも」
と、見た目の姿とギャップのある台詞で答えました。いつの間にかその表情も、少女のそれよりも、侍を思わず武人のように見えます。
「私は故あって名を名乗れませぬが、この国との国交の催しで今、展示物として欧州より参った十五世紀に造られし剣でございます。聞けば人知れず最強の剣を決める大会があるとのこと。そこで是非とも参加したく、展示会場より抜け出てきたのであるが、異国よりの参加は可能かな?」
丁寧に言ってはいますが、どこか上から目線な気がします。
私も日本人としていい気はしませんが、しかしゴスロリも床兵衛さんも、気にしている様子はありません。
「構わんよ。どこの出かを問うような無粋なマネはな。我らはコレで語り合うのよ」
いつの間にかゴスロリの手には、鮮やかな朱色の鞘に納まった、一振りの刀が握られていました。
それを察して銀ピカ騎士もうなずき、大剣を抜いて上段に構えます。
床兵衛さんが一歩前に出て、
「先代、私が」
「いや、私が相手しよう」
しかしそう言うゴスロリはというと、相手を正面に見据えて立ち、刀の鞘の下部分(鞘尻というそうです)を地面に突き立て、柄の上部分(こちらは柄頭。解説、小狐丸でした)に手を添えているだけで、鞘から刀を抜いてさえいません。とてもではありませんが、本気で闘って勝つ気があるようには見えません。
正直、今なら私でも勝てそうな気がしますが、相対する銀ピカ騎士は、何故か大剣を構えたまま、脂汗を流して顔を蒼白にしていました。
蛇に睨まれた蛙とは、まさにこういうのを言うのでしょう。睨み合う事しばし、ついに銀ピカ騎士は闘う事無く崩れるように片膝をついて、
「ま、参ったっ!」
言うや、こちらの方に向かって、逃げるように走り去ってきました。
ゴスロリは銀ピカを、横目で見送るだけです。
一方、走り去ってきた銀ピカ騎士は、偶然にも私と目が合い、気まずそうに立ち止まりました。私は勇気を振り絞って、
「何故、逃げてきたんですか?」
そう聞きましたが、銀ピカは私よりも横にいた小狐丸を気にしながら、
「噂に聞いた侍の刀が、これほどまでに覇気滾る代物だとは、思いもしなかった」
と、脅えるように語りだしました。
「これでも私は、自国で少しは聖剣として知られた存在だった。幾つもの戦乱も乗り越えてもきた。他の剣を叩き折ったこともある。なのに何が違うのだ? 私とあの刀達と?」
銀ピカは、私ではなくて横にいた小狐丸に聞いているようでした。
声をかけたのは私なのに、すでにOut of眼中です。
失礼なヤツです。
錆びちゃえばいいのに!
そんな私の心の罵声を知る由もなく、銀ピカは、思い出したように声を震わせています。
「剣先を向けた途端、あの小娘の姿が幾倍もの巨躯に見えた。恐るべき覇気だった」
そんな彼に小狐丸は、同情するように、
「わざわざ異国から来たのに、最初に会った相手が悪かったねぇ。あの二人は
「こてつ?」
「初代虎徹
刀は作者名で呼ばれるコトが多いそうです。小狐丸のように個体名があるのは、稀なコトであると、当人は自慢げに言いました。
私にはどうでもいいことです。
それより今は銀ピカの質問タイムです。
「そんなに有名な刀なのか?」
「どっちも最上大業物なんよ」
「さいじょう………………?」
「最上大業物十二工。江戸時代末期に記された『
ペ、ペガサスファンタジー?
アニオタか、おまえは?
そう言えばあのアニメ。ヨーロッパで大人気だったらしいから、銀ピカも知っていたかもしれません。どうでもいいけど。
「その中でも初代虎徹は、かの正宗と並び称される名刀中の名刀。最上大業物の中でも別格なんよ」
(あのゴスロリがぁぁぁっ?)
こんな私だって、正宗くらいは知ってます。独眼竜です。奥州筆頭です。レッツパーリーです。
あれ? お酒の銘柄だっけ?
いえいえ違った違った。そもそも、正と政で字も違います。マサムネ違いです。
確か前に何かのテレビで言ってました。正宗って刀は、だいたいが国宝とか、そんなとんでもない価値のものだって。
それだけに、あのゴスロリが同等と聞いて、私の中の価値観が崩れ去りそうです。
強そうに見えなくて、実はメッチャ強いなんて、フ○ーザ様最終形態のようです。
だけどもオラ、ちっともワクワクしねーぞ!
(相州正宗は鎌倉時代末期、相模国の名工にして粟田口吉光、越中郷義弘と並ぶ天下三名工と称された一人です。かの有名な隻眼の戦国武将とは一切関係ありません。解説、再び小狐丸でした)
ゴス…………いえ、初代虎徹の伝説を聞き、銀ピカは力なく肩を落として、私達の前から去って行きました。
「日本刀ってのは製法からして洋剣とは違うからね。素材の段階から鍛錬、研ぎに至るまで、幾つもの手間を重ねようやく完成する。接近戦の武器として世界最強と今でも言われる日本刀は、出来上がった時点で全てが聖剣なんよ」
自分も日本刀だからか、小狐丸は自分の言葉に酔うように、誇らしげです。
「そういったワケやから、僕もしばらくこの町におらなあかんのよ。せやからちょっと明日から道案内、頼むね」
「ちょ、ま、待って待って。私にだって都合というものが……………………」
冗談じゃない。こんな危ない連中と関わっていては、たまったものではありません。
とは言え、ご近所一の暇人の私です。都合どうこう言いましたが、ホントは超ヒマです。
何とかそれらしい理由を考えて断らねば。
「そうだっ! 先週、ジャ○プを買いそびれちゃったんだ。ほら、納税、勤労、ジャン○購読は国民三代義務じゃん。だから明日、買いに行かないといけないんだってばよ!」
「納税、勤労、教育ね。学生としての本分を忘れちゃってるね。ちなみに……………」
「?」
「ちなみに先週のは合併号だったから、今週号は休刊なんだってばね!」
「あべしっ!」
彼の一言は、私の秘孔『娯楽』を突きました。これにより、私は一週間もの間、暇つぶし、もとい、友情・努力・勝利を失ったのです。
私にこの先しばらくの間、いったい何を心の支えに生きていけというのでしょう?
「ってか、あんたもジャ○プ買ってたの? 後で先週号見せて!」
「もうちり紙交換でティッシュに化けました」
「ひでぶっ!」
爆死です。
私はすでに死んでいます。
闘わずして私をここまで追いつめるとは、何とも恐ろしいヤツです。
「まあ内容は後で教えたるから、その代わりにちゃんと道案内してや。頼むで!」
「ええ分か………って、ちょっとちょっと、私はまだ引き受けるとは言って……………………、うう、逃げやがった」
気がつくともう、小狐丸はどこかに姿を消して、いなくなっていました。
そして虎徹の二人も、もうどこかに行ってしまって、商店街には影も形も残ってません。
「夢でも見てたのかな?」
試しにほっぺをつねると、すっごく痛かったので、夢でもなさそうです(夢じゃないと分かってたら、加減してつねったのに)。
そしてあれが夢でなかったということは、後日、改めて知ることとなるのでした。
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