第6話 弐の2 名菓赤福VSソボロ助廣
立ち話も何なので、私達は近所の公園に移動しました。
もちろんこの辺りにも他の通行人はいますので、携帯電話で通話中のフリをしたままです。
「あなたは名前、何て言うの?」
「言いたくないです。知られたくないので」
「じゃあ何て呼べばいい?」
「とりあえず出身地で呼んで下さい。三重県から来たので伊勢で。あ、これお土産です」
言って彼女は、懐から伊勢の名菓『赤福』を出しました。
何でもいいけど、刀の間でそういうの、流行っているのでしょうか?
例によって私はよだれジュルジュルですが、やっぱり何か怖いので、丁重に断わりました。
「伊勢さんもあの『最上………』何とかってヤツか何か?」
「私はその分類にノミネートもされませんでした。昔っから変な悪口言われて、嫌われ者扱いされてましたから」
言うと彼女は、シュンとうなだれました。
(うあ~っ、く、暗ぁっ! この世界にもいじめとかあるんだ? ど~りで根暗そうな顔してるわけだ)
何だか彼女が気の毒に思えてきました。
オタクで天然の私は、どこか彼女に親近感のようなものを感じてなりません。
何だか彼女なら、刀の化身でも友達になれそうです。
最初に会ったのが小狐丸じゃなくて、この伊勢さんだったらよかったのに!
一方、落ち込んでいた伊勢さんは、何か思い出したように顔を上げて言いました。
「ああ、でも友人の美濃の兼元君は、初代も二代も最上大業物なんですよ」
「よかった。友達もいるんじゃない。ってことは小狐丸も友達なの?」
「彼の場合は友達と言うより、ある意味同類的な存在で…………あっ!」
このとき、彼女も、そして私も妙な気配を感じました。
いえ、背中に悪寒のようなものも感じたので、殺気のような何かです。
霊感のおかげで、こういった感覚は人一倍あるのです(えへん!)。
感じた方向は、公園に面した自動車道。
木の陰から隠れてソッと見ると、やはり伊勢さんや小狐丸、ゴスロリと同じように、刀の化身と思われる一人の老人が道端に立っていました。
ただ、その出立ちはというと、
「え、ホームレスの刀???」
年は七十~八十歳ほどで、長く伸ばした白い髭を見てると、昔見たマンガに出てくる仙人のようにも見えます(亀? いえ違います。普通の仙人です)。
そしてその老人の着ている着物は、泥かススで汚れてボロボロでした。
昨日のド派手なゴスロリの対局にいるような存在で、とてもではありませんが、名刀の化身には見えませんでした。
ところが、
「うあ、早速最強クラスと出会ったよ」
と、伊勢さんは根暗な表情で眉根を寄せて、さらに陰気な顔をしながらも、おいしそうにさっきの赤福を食べていました。
「ゴメン、やっぱ一つ下さい。ところで、あのお爺さんが最強クラスって、まさか?」
「最上大業物、ソボロ助広」
「ソボロ…………、おいしそうな名前だね?」
「摂津、今の大阪方面にいた名工でね、着るものにこだわらない人で、いつも祖末でボロいカッコしてたから、そう呼ばれてるんだよ」
「はぁ、職人気質ってヤツかな?」
そう聞いたら、何だかあのボロい姿のお爺さんも、カッコよく見えてきました。
するとそのとき…………………、
「きゃーっ、ドロボーッ!」
遠くで女性の悲鳴が聞こえました。
見ると、私と同じ学校の女生徒が、大声をあげて、こちらに走ってくるミニバイクを追いかけて来ていました。
ひったくりです!
最近、この辺りで頻繁に出没するから、気をつけるよう、今朝もホームルームで言ってました。
でもまさか本当に事件を目の当たりにするとは思ってもいませんでしたが。
「誰か、捕まえてーっ!」
被害者の女生徒はそう言いますが、武術とかの心得もない私にはどうすることもできません。
ただ、犯人が逃げて行くのを、呆然と見ているか、ナンバーを覚えるくらいしか。
すると、さっきのソボロのお爺さんが、一歩前に出て道路の真ん中で立ち塞がりました。
もっとも、犯人にはその姿は見えはしないのでしょうけども。
見る見る、お爺さんと犯人のバイクが近づいていきます。
普通なら「ぶつかる!」っと、目を覆いそうになるところですが、幽霊も同然の相手なら事故もあるまい、と思っていると、一瞬、お爺さんと犯人との間あたりで、何かがキラリと光りました。
「え?」
次の瞬間、犯人は胴と頭が分かれて宙を舞い、ちょうど私のすぐ目の前に、犯人の生首がポトリと、落ちてきました。
一瞬何が起きたのか分からず、私は硬直して降ってきた生首を、しばし眺めていました。
斬られた犯人も、あまりに一瞬のことだったので、斬られた事にさえ気付かず、生首は盗みに成功してニヤけた顔をしています。
(え、何? コレ? え、人の…………頭?)
私が我を取り戻したのは、その直後に轟いた音ででした。
乗ってた犯人を失ったバイクが、そのまま道の先の壁に激突したのです。
そのバイクも、真ん中から縦にきれいに両断されていました。
「い……………………、いやーっ!」
悲鳴を上げて腰を抜かす私。
今だから白状しますが、このとき少しちびってしまいました。
おかげでおニューのパンツがビッショリです。
高校生にもなって、我ながら情けないです。
そんな私の悲鳴に気付いて、犯人を斬ったソボロのお爺さん(こうなっては、どっちが犯人だか分かりません)は、こちらをチラリと見て、私の横にいた伊勢さんを見つけるや、ひったくり犯を斬った、刀の切っ先をこちらに向けました。
伊勢さんを威嚇しているかのようです。
「あ~あ、見つかっちゃった」
赤福の食べ残しを私に手渡し、伊勢さんは刀を持って立ち上がりました。
伊勢さんは、業物演武を挑まれたようです。
「ダ、ダメだよ。あんな危ない相手と………………………」
「危ない相手でもないよ。罪人を罰するのは当然のコトだし」
「で、でも………………」
私は伊勢さんの袖を持って引き止めましたが、
「赤福見たら、私を思い出してね」
「縁起でもないこと言わないでっ! え、でも何で赤福?」
「じゃあ」
言うや彼女は、私を振りほどいてソボロ爺さんの前に出ました。
そして場所を変えようと促すように顎で別方向を示すと、両者の姿はつむじ風と風切り音を残し、忽然と消え去りました。
私はしばし呆然とし、手に持った赤福に視線を落として、
「コレを見たら思い出してって……………、私、粒あん派なんだけど」
しばらくその場で待ちましたが、結局それっきり伊勢さんは、帰っては来ませんでした。
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