第16話「らき☆スケ」
「誰!?」
「さっきの男、八木沼のクラスメイト、二年D組のジュンって言うんだ。よろしく」
二年ってことは、さっきの八木沼って男も、このジュンって男も先輩に当たるのか。
「どうも……」
このジュンって先輩は、パッと見、とても誠実そうな人に見えた。おばあちゃんに好かれそうな顔というか、言ってしまえば気が弱そうというか。
先輩との絡みに、少々緊張しながらもつい言ってしまった。
「さっきの八木沼って人、女子から評判最悪じゃないですか?」
「ハハハ、やっぱそう思うよな」
ジュンさんは人の良さそうな笑顔を見せる。
「中学校の時から一緒なんだけど、あれで評判も悪くないんだよ。むしろいい方さ。あれは事故で仕方ないから、女子的にはオッケーということになってるらしい。人畜無害な奴より断然好かれてるよ」
「マジっすか?」
たかしは驚きの声を上げる。
「あいつはやたらと『人を引き付ける男』なんだ。昔からいたろ? クラス会議とかで自分と同じこと言ってるはずなのに、やたら褒められる奴とか。普通のことしてるだけのに、なぜか周りから持ち上げられる奴とか」
「あー、確かにいるような……」
するとジュンさんは、少し複雑な表情をして語り始めた。
「こっからは、おれの思い出話なんだけど……。おれには昔、幼馴染がいたんだ。ソイツ、小学校の頃は、男と一緒になって走り回るような乱暴者だったんだけど、中学に入ったら、急に女らしく成長しやがってな。昔のノリでずっとお喋りしてたんだけど、いつの間にか好きになっていたんだ」
「お、恋バナですか」
「んで、中三の時、修学旅行で告白しようって決めたんだ。夜中、彼女の部屋にこっそり遊びに行くからって約束して。先生に見つからないよう廊下を歩いてたら、八木沼を見かけたんだ。そしたら八木沼の奴、ふらふらした足取りで、彼女のいる部屋に入っていったんだ。なんだろうって思って、そっと中をのぞいたら……おれの好きだった子は、布団の中で、ため息漏らしながら身体をくねらせていたんだ」
ジュンさんは、なんともいえない表情をする。
「明らかに八木沼が布団の中に入っていたんだ。おれは、彼女のそんな表情見るのが初めてで……。色んな感情がグッチャグチャになったね。部屋に帰ってからも、涙が止まらなかった。けど、そういう関係ならしょうがない。彼女を幸せにしてくれるならと思ってな、翌朝、八木沼にそれとなく聞いてみたんだ。そしたら、アイツなんて言ったと思う?」
「『ごめん、付き合ってる』とか?」
「『寝ぼけて覚えていない』だってさ。眠くて部屋を間違えて、布団に入ったらなんか温かいものがあっただけだって。ふざけた言い訳だと思うだろ? でもそうじゃない。本当にそうだったんだ。それならまだチャンスがあると思って、その後彼女に告白したら、あっさり振られたよ。男として気になる人ができたって」
ジュンさんは笑いだす。
「笑えるだろ? おれが何年も募らせた想いも、あの子のために苦しんできた時間も、努力も、あいつはたった一回のラッキーで越えやがったんだ……。おれが将来絶対見ることができない、あの子の裸を、乳房を楽しんで、それでいて、のうのうと他の女の身体を触りながら過ごしている。まあ、こんなこと思う男だからダメなんだろうな。クラスでアイツを嫌う奴なんていないのに」
「色々大変だったんですね」
たかしは完全に聞き役に回っていた。
「……なんかごめんな。いきなりベラベラ話しだしちゃって。キミ見てると、どうも他人とは思えなくてね」
ずっと溜めこんでいたものを吐き出したかったのだろう。ジュンさんは少しスッキリしたように見えた。
「じゃあ行くわ」
「あ、はい、それじゃあ」
「そうそう。くれぐれも、あいつと同じ行動取ろうなんて思うなよ。退学になっちゃうぞ?」
ジュンさんは、最後はちょっとおどけて帰っていった。
ずっと黙っていたねとりが、ぽつりと言う。「なーんか、かわいそうな話だったね」
「女ってそういうとこあるから(残酷だけど)」とパコ。
やたらと『人を引き付ける男』八木沼か。確かにそういうタイプは過去に何度か見てきた。
だが何かが引っかかっていた。八木沼はそいつらとは何かが違う。
気になるのは、女とぶつかる時に一瞬見えた、赤い火花だ。
「匂うな」
「え? くさくないよ!?」
自分をくんかくんかしているねとりは無視して、たかしの頭にはある考えが浮かんでいた。
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