第14話「誰にでも股を開くヒロインには興味がない」

 たかしの言葉に会長は押し黙ってしまった。ヤバイ、さすがに通じないか。


 副会長はあきれたように首を横に振る。


「決まりですね、会長。獅子王と合わせ、正式に処分を検討しましょう」


 会長は何も言わない。やがて身を震わせると、


「フフ……アハハ! 鬼ごっこか、それはいい!」


 ダムが決壊したように大声で笑いだした。突然の出来事に、たかしも副会長もあっけに取られている。


 会長は一通り笑いきった後、キリッとこちらを向き直した。


「いや、実は、獅子王君にも話は聞いていたんだ。彼は言ってたよ、あいつは関係ないって」

「え?」

「お互いがお互いをかばい合ってる。参ったな。これ以上ない青春じゃないか」


「会長、それでは他の生徒に示しが……」

「ただ彼らは明確に規律を破ったわけではない。カメラに映っているだけなら、他の生徒たちも同罪だろう?」

「それは確かにそうですが……」

「まあ、中心人物ということで一定の責任はあると、俺も思う。だから白城、彼ら二人へのペナルティはキミが決めていい。それでこの件は終了、どうだろうか?」会長は微笑む。


 副会長も仕方ないと言った様子でため息をついた。


「では、二人には一週間、校門前の清掃を課します。これでいいですか?」


「やはりキミは、俺の最高の理解者だ」


「『すべては会長のために』。それが僕のモットーですから」


 伸び伸びした会長に、堅実な副会長、二人でいいコンビなのだろう。


「横溝君、今後鬼ごっこをする時は、ぜひ俺も呼んでくれ」

 席を立った会長にポンと肩を叩かれる。

「はい!」


 小粋なジョークをかましやがって。たかしは改めて、人の上に立つ人間のスケールの大きさを実感した。


「失礼しました」

 頭を下げて廊下に出ると、音鳴が駆け寄ってきた。

「大丈夫だった?」


 こっちのことを心配してくれていたのだろうか。たかしは親指をグッと立てる。

「ほぼ、おとがめなし」

「よかった」音鳴はほっとした表情を見せた。「それで……あの……この前は恥ずかしいとこ見られちゃったね」


 そう言って照れ臭そうに目をそらす。その顔は完全にメスの顔。


 あれ? これってもしかしてフラグ? 攻めるならここなのか!?


 たかしは思い切って口を開く。「あのさ、もしよかったら今度――」


「今度ね、家に行くことになったんだ。獅子王君の家に」


「んっ?」


「今日ね、獅子王君に謝ってもらったの。この前は変なこと言って悪かったって。もうね、ホントそういうとこが優しいの。やっぱり、ああいうとこが好きって言うか、素敵って言うか」


「……あ、はい」


「そうそう、今度、獅子王君と遊ぶためのゲーム貸してね! 家に取りに行くから!」


 それだけ言うと、音鳴は嬉しそうに立ち去っていった。


「プークスクス」「ご愁傷様」


 めもりとパコが同時に出現し、慰めてくる。


「なんでだよ!? 優しいだけじゃダメなんじゃなかったのかよ!」思わず絶叫する。「そもそも獅子王の奴、何いい人になってんだよ! キャラ貫けよ! パコ、そう主人に伝えとけ!」


「今の主人はアンタなんだけど」


「ぐぬぬ」


 正論で返され、何も言えない。この煮えたぎった気持ちをどうしてくれよう。ぷりぷり怒りながら角を曲がると、いつの間にか、廊下にすごい人だかりができていた。


「なんだなんだ?」


 その輪の中心には、世良鬼姫がいた。


 取り捲きなのか、野次馬なのか、入学式のときよりも大勢の男子に囲まれていた。他のクラスからも集まっているようで、完全な人気者。男の方でも格付けが済んだという話なのだろう。


 その様子を見て、ふといいことを思いつく。


「おい、パコパコ」


「名前繰り返さないで」


「お、逆らうのか? 今の主人は誰だ?」


「くっ」パコはしぶしぶ近づいてきた。「それで、何?」


「せっかくだから、鬼姫に慰めてもらおうと思って。頭なでてもらえるようなメール作って」


「さっきの子はいいの?」


「ビッチにはもう興味ない」


「うわ……アンタ、想像以上にゲスいね(死ねばいいのに)」


「うっせ、本音流れてるぞ」


 すぐに『頭なでなでして』というメールが作られる。


「じゃ、いくよ」

 パコは端末はを弓に変化させ、キリキリと狙いをつける。矢が放たれ、見事彼女を射抜こうとした、次の瞬間。



 矢はまるで意思を持ったように、ぐにゅっと軌道を変え、天井に突き刺さった。



「おいおい、どこ狙ってんだよ」「下手くそー」めもりと一緒に茶化す。


「あれ、おかしいな?(主人がポンコツだから?)」パコは首をかしげて、もう一通メールを作成する。


 今度は慎重に狙いを定めて、まっすぐ矢を放った。

 だが、鬼姫の身体に触れるか触れないかの寸前、再び嫌われるように矢は跳ね返された。


「どういうこと!?」


 さすがに様子がおかしい。たかしも気づいた。彼女に矢が当たろうとする寸前、青い稲妻が走ったのを。それが、まるでバリアのように、パコの矢を弾いたのだ。


 と、どこからか視線を感じる。

 やがて物影に隠れる何者かの姿を見つける。


「おい!」たかしが声をかけるやいなや、人影は走り出す。


 慌てて追いかけるが、あっという間に姿を消してしまった。一瞬見えた後ろ姿から、かろうじて男ということだけはわかった。


「ねえ、これ」ねとりが何かに気づく。


 地面に落ちていたのは、一枚の紙切れ。そこに書かれていたのはたった一言。



『世良鬼姫に手を出すな』



「これって……」パコがつぶやく。「私の能力を防げるとしたら――」


 たかしはわかりきった答えを口にする。


「能力者しかいない、ってことか」

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