第1話「普通科高校の劣等生」

 入学式が行われている体育館の中には、新たな生活に胸ときめかせた女の子たちがわんさかといた。

 中学が男子校だったたかしにとって、この状況がすでに天国。しかし現状で満足はしてはいけない。緩くなりそうな顔を正し、今一度心で誓う。


『ここで絶対に彼女を作ってみせる』


 以前の地味だった自分は捨てた。いわゆる高校デビュー。

 通い続けていた床屋をやめて、勇気を出し、駅前の美容院にも行った。

 美容師に喋りかけられるのは苦痛だったが、だいぶ見た目はさっぱりした。


 もともと顔立ちは悪くない……はず。

 風呂上がりの顔はイケているし、幼稚園では告白されまくってたし、母親も「今日はカッコイイね」と褒めてくれた。

 これだけ努力したのだから、誰か一人くらい、一目惚れしてくれてもいいだろう。

 と、後ろの方で女子二人がコソコソ話している声が聞こえた。


「あの人、ちょっといい感じじゃない?」


 キタ。ついに時代がキタか。

 ここで、たかし自慢の妄想スイッチが入る。


 きっとこの後、赤い顔したこの子に訊ねられるんだ。『何組ですか?』『あ、一緒のクラスですね』『抱いて』きっと身長差があるから、キスするときは、ちょっとかがんであげるんだ。でも、わざとひょいと背筋伸ばして『おあずけ』なんて。放課後は二人だけの秘密の場所に行こう。親に隠れて旅行なんか行っちゃったり。そして旅先で突然の雨に打たれて、二人は濡れた身体を温めるため、裸で抱き合って――


 と、加速し始めていた妄想をぶった切る一言。

「あれ、生徒会長だって。この学園じゃ、かなりの有名人みたい」


 ん、生徒会長?


「隣にいるのが副会長でしょ? 確か学園一の秀才だって。そっちもアリだよね」


 女子二人の視線の先を辿ると、確かに顔立ちのいい二人の男が座っていた。茶髪に軽くパーマのかかったイケメン。その横にオールバックの真面目そうな男。有名人の会長と秀才の副会長とか、なんだよ、チート軍団かよ。

 オールバックの副会長が、パーマの会長に何やら紙を渡している。


「続いて生徒会長、天成無双による挨拶です」


 アナウンスと共に、パーマのイケメン会長が席を立ち、壇上に上がった。

 歩き姿から立ち姿まで、遠目から見ても完璧だった。みんな同じ制服を着ているのに、そこだけ読者モデルの撮影会のようだ。あれくらい顔が良ければ、彼女なんて楽勝なんだろう。

 会長は一礼すると、持っていた紙を広げ、声優のようなブレス交じりの声で話を始めた。


「みなさん、ご入学おめでとうございます。我が校の歴史は古く、その自主性を重んじる校風から、さまざまな分野で活躍する先輩方を輩出してきました。今日から皆さんも、その生徒となることに責任と自覚を持ち……」


 と、そこで挨拶は止まる。会長は何も言わず黙ってしまった。会場がざわめき始めた頃、会長は突然持っていた紙を折りたたむ。


「ごめん、やっぱ堅苦しいのは苦手だ。悪い、白城。挨拶考えてもらったのに」


 その言葉にオールバックの男、副会長が構わないといった様子で首を振る。その姿を確認すると、会長は安心したように話を再開した。


「実はずっと考えてたんです。若さってなんだろうって」


 振り向かないことじゃないのか?


「俺は、恥ずかしいことを全力でできるのが若さなんじゃないかって思っています。そんな権利が与えられてるのが、高校生のうちなのかな。あ、もちろん権利には義務があるので、親を怒らせない範囲での話、ですが」


 その言葉に親たちは軽く笑っていた。


「俺はハッキリ言って劣等生でした。世の中の物差しで測られたくないと、毎日を適当に過ごしていました。けど、白城に会って、一緒に恥ずかしいことを全力でできる仲間を見つけて変われました。俺の場合はそれが生徒会だったんです。だからもしキミたちが、もっと恥ずかしいことを、もっと青春したいなって思ったときは、ぜひ生徒会に一言言ってください。俺は、キミたちの学園生活を全力でサポートして、青春のお手伝いを出来ればと思っています。これからの高校生活、一緒に楽しんでいきましょう。以上、生徒会長、天成無双でした」


 完璧で、それでいて爽やかな挨拶だった。父兄や先生からも惜しみない拍手が送られる。顔だけでなく、中身も敵う気がしない。

 壇上から降りてくる会長を見て、副会長の白城も仕方ないといった感じで笑っていた。


「続いて、新入生代表、世良鬼姫からの挨拶です」


 呼ばれたのは、もちろん自分ではない。


「はい」という声と共に、黒髪の女の子が隣を通り過ぎた。洗いたての髪のような、ふわっとしたいい匂いがした。

 少女は壇上まで出向くと、折り目正しい礼をし、まっすぐ前を向く。


「お祝いのお言葉、感謝いたします。新たに高校の一員となる我々は――」


 よく通る声で、淡々と言葉を述べていた。『規律、模範、学業』といった、さきほどとは対照的な堅苦しい挨拶だった。

 ただ、その動作に一つ一つ気品があるため、見ていて飽きない。今度は男子全員が、そのお嬢様に見惚れていた。


 ああいう子が彼女になるのであれば、言うことはない。だが焦ってはいけない。決して高望みはしないと決めたのだ。


 まずはクラスの女子にじっくり印象付けていく。そうすれば学内にも評判が広がり、自然にいい関係になれる子も現れるはずだ。

 雰囲気イケメンとなるべく、なるべく目つきを鋭くしながら、たかしは彼女の話を、頷きながら聞き続けた。

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