第6話「ハゲ王プロジェクト」

 起きたら、妄想上の産物も消えるんじゃないか。そんな淡い期待を抱いていたが、結局ねとりは消えなかった。


 妄想が生み出した怪物。イマジネーションにより生まれたそれは、ねとりいわく『イマジネ』と呼ぶらしい。


 たかしの生みだしたイマジネ、ねとりは学校までついてきて、昼休みの今も、窓際でメイド服を着て座っている。


「あ、この服気に入らない?」


 すると今度はナース服に、続いて制服に、最終的には私服にチェンジした。存在が概念なので衣装は自由に変えられるらしい。


 彼女の姿が見えるのも、今のところ自分だけ。ただ他の人間には見えないということは、会話は独り言になってしまう。


「俺イヤだよ。おまえと会話して、周りに『な、なんでもねえよ』とか言って回るの」


「その点は心配ないっす。みんな忘れちゃうから」


 ねとりは自信満々に指を立てる。


「あたしの体からは、特別な電波的なものが、こうビーっと出ててね。周りは、あたしに関連して起きた出来事を全部忘れちゃうの。だから、気にせずどんどん話しかけて」


「それはそれで面倒なんだが……」


「ま、仲良くしてよね、ご主人」


 たかしは半ばあきれながら、カバンから弁当を取り出した。

 と、教室のあちこちでケータイが鳴り、クラスの女子たちがわーっと騒ぎ出す。


「今日来るって!」「ホント?」「いや、もう来てるみたい!」「今日は獅子王記念日!」


 何やらキャーキャー言って、教室の外へ飛び出していく。


「なんだ?」

 唐揚げをモグモグしていると、ねとりが窓の外を指す。

「ね、見て見て。なんだか凄い人だかり」


 言われた通り窓の外をのぞくと、見えたのは女子生徒の集団。その中央にいたのは一人の男。


「ああ……あれが噂の」


 目付きの悪い、金髪の男。名前は確か、獅子王タカヒロといったか。


 春なのに、なぜか制服の下にフード付きのパーカーを着ている。暑いだろうに、温度調節機能がぶっ壊れてるんじゃないのか?


 獅子王は女子に囲まれながら、ヘッドホンをしたまま面倒臭そうに歩いている。左右を巨乳の女子に挟まれ、両腕は確実に膨らみに埋もれていた。


 なのに本人は顔色一つ変えていない。むしろ迷惑そうに眉をしかめるだけ。


「眠い」そう言いながら、淡々と歩みを進めている。


 何が眠いだ。あんなボディに囲まれたら、ギンギンに目が覚めるに決まってるだろう。


 こっちは運命の相手一人見つけるのに苦労しているというのに、向こうは選び放題か。なんだかムカムカする。はっきり言って嫉妬だ。うらやまけしからん。こっちに何人か分けろっていうんだ。


 腹いせに、弁当のご飯をガツガツいっていると、後ろから天使の囁きがした。


「食欲はあるみたいだね? 風邪は大丈夫?」


 声をかけてきたのは、音鳴だった。


「お、おう!」


 人生で初めて女の子に心配された。おでこで熱を測ってもらいたいくらい嬉しい。

 と、外の騒ぎに気づいたのか、音鳴は呆れたように言う。


「ああ、例の彼ね」


「音鳴が言ってた通り、ほとんどの女子がシシプロ団員みたいだな」


 獅子王の周りには、同じクラスの女子が何人も駆けつけていた。


「しっかし、滅多に学校に来ないくせに、来たらモテるってどういうことだよ。そもそもこんな時間に来たら、普通怒られるだろ」


「父親がどこかの社長で、地元の有力者だからね。本人も勉強しなくても成績はいいみたいだから、遅刻しても特におとがめなしなんだって」


「なんだそれ」


「確か父親が再婚して、連れ子だった義理の姉と妹と一緒に住んでるのかな。それで女の子の扱い方わかってるとか。ま、悪い噂は絶えないんだけどね」


 なんだその羨まし設定は。義理の姉妹とか居たら、毎晩お宝祭りではないか。


 そんなたかしの嫉妬も知らず、獅子王は周りを女の子に囲まれながら、ケータイをポチポチしている。まるで自分は、女子に興味はないですよと主張するように。


 正直、関わりになりたくないタイプだ。ただ、そういうのを好きな女がいるのはわかる。だが、そこまで熱狂的にモテるタイプだろうか。


 金髪なだけで、顔ならこっちの方が上だ。そもそも金髪は、髪に大きなダメージを与えることを知らないのか。

 あれは将来絶対ハゲるな。獅子王ならぬハゲ王、『獅子王プロジェクト』も『ハゲ王プロジェクト』に改名しちまえばいい。


 爆発しそうな不満を抱えていると、音鳴が思ったことを代弁してくれた。


「なんであんなのがモテるんだろうね」


「な、そう思うよな!」


「うん、横溝君の方が全然優しくていいのに」


「……えっ?」


 こっちが驚くと、音鳴はハッとした顔で首を振る。


「じゃ、じゃあ、用事あるから! また後でね」


 そのまま音鳴は立ち去る。若干、顔が赤かったのは気のせいだろうか。

 もしかしたら、今のはフラグ? 聞こえない振りをして、へし折るような真似はしない。これはもしかしていけるのか?


 そんな心境を察したのか、ねとりが口を挟む。


「ひとつアドバイスをしてしんぜよう。男はね、優しいだけじゃダメなんだよー」


「じゃあ、もっとがっつけばいいのか?」


「そうそう。たまには強引に、こう男の欲望ってのを出していかないと」


「性欲ならいくらでも出せるんだが……」


 そんな会話をしながら、ふと獅子王に視線を戻す。奴は外のベンチで、気だるそうに座っていた。若干気が晴れたせいか、今度は冷静にその姿を見ることができる。


「……あれ?」


 と、周りの女の子たちの背中に、違和感を感じる。

 アクセサリーだろうか、ほとんどの女子の背中に、漫画の吹き出しのような物が付いていた。


 唯一付けていない子といえば……獅子王の後ろにいる、ギャルっぽい女の子。やたらスカートが短く、気だるそうに明るい色の髪の毛をクルクル指先で巻いている。


 いや、その女の子も様子がおかしい。


 さっきは気付かなかったのだが、彼女はケータイを操作しながら、まるで守護霊のように、ふよふよ浮いているように見えた。


 いや、今度は完全に空中に浮かぶと、足まで組みだした!


 見間違いか、いよいよ風邪の症状が深刻になってしまったのか。


「なんだ、これ……」


 茫然と言葉を吐き出すと、ねとりが鼻の穴を膨らませた。


「ふっふっふっふっ、ふが三つ」


 四つだとツッコむ気も起きない。


「だから言ったっしょ? あたしと一緒なら、見えなかったものが見えてくるって」


 すると今度は逆に、浮いているギャルの方がこちらに視線をやった。

 彼女はこちらを見て、いぶかしげな表情を浮かべると、ポチポチとケータイを打ち出す。


 間もなく獅子王のケータイに何か届いた。


 獅子王は画面を見ると、顔を上げ、こちらに視線を向けてきた。口元がニヤリと歪む。


 すべてを見透かしたようなスカした笑み。

 あ、コレなんかヤバい。たかしは、なんとも言えない危険を感じとった。


「おい。あれって……」


 ねとりに尋ねようとすると、チャイムが昼休みの終わりを告げた。


「あ、食べないなら玉子焼きもらうね。あ、語尾忘れてた。もらうねべろりんちょ」


 ねとりは、たかしの大好物の玉子焼きを奪って、一人ご満悦そうだった。

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