第5話「NTR」

 氷のおかげで、だいぶ頭が冷えた。

 若干熱が引いたせいか、たかしは目の前の出来事を素直に受け止められていた。


 実際に会話ができる以上、妄想も現実も区別はない。ずっと実在すると思っていた妹が、実は存在しないなんてのは、よくある話だ。


 こういう少女は、ある日突然目の前に現れて、そして最終的には。


「おまえ……俺に惚れるのか?」


「残念ながら……あたしはあなただし。それに、おまえじゃなくて『ねとり』って呼んで」


「はいはい、わかりました、ねとりさん」


 たかしは枕元にあったスポーツドリンクを一口飲む。


「で、おまえが俺ってどういうことだ?」


 ねとりはこちらをじっと見つめる。


「あなた、妄想好きでしょ? ギターとかやったことないくせに、学園祭のステージで弾いてるとことか妄想しちゃうタイプでしょ?」


「そうだけど……悪いか?」


 ねとりはため息をつく。

「いい? あたしはね、あなたのそんなドロッドロした欲望や妄想が、異性という形で具現化した存在なの」


「お、おう……」


「そしてあたしの中には、妄想による特別な力が眠っている」


「特別な力ってことは……何かできるのか?」


「それは……まあ、詳しい能力は秘密ってことで」


 途端にたかしのテンションは下がる。

「なんだよ、ただの役立たずじゃねえか……」


 だが、顔自体は悪くない。自分が生み出したものなら、自分がどうしてもいいはずだ。


「じゃあ、せめて触らせろ」


「え、初めては他の人にあげたいって言うかー」


 手を伸ばしてみるが、案の定スルッっと通り抜けた。相手が焦っていないので、これは予想通りだった。


「しょせん妄想が生み出したものだから、触れまてーん!」


「やっぱり帰れ。もう意味ないじゃん」


「このバカチンが!」といきなり、ねとりにビンタをかまされる。


「痛ぇ……妄想だから触れないんじゃないのかよ!」


「そっちからは触れないけど、こっちは触るか触らないかを自由に調節できるのね。だからさっきも氷を持って来れたっしょ?」


「どっちにしろ俺にいいことないじゃん……もう帰れ」


 話すのも疲れてきたので、布団にくるまって、ふて寝する。


「まあまあ。そう言わずに、許してべろりんちょ」


「べろりんちょ?」


「ほら、変な語尾付けて、頭湧いたような女の方が男受けするんでしょ?」


「もういいから帰ってくれよー」


「と・に・か・く。明日、あたしを連れて学校に行ってみることね。今まで見えなかった世界が見えてくるから」


 視界の端に見えたねとりは、意味深に笑っていた。


 わけのわからない出来事の連続に、どっと疲れが出たのか、そのままたかしはベットの中で、深い眠りに誘われていった。

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