国民街の一画に物珍しい商店街が新設されている。
食べ歩き商店街と名付けられたその場所は、女王陛下の発案と噂されていた。
「うむ、懐かしい味だ」
今、その場所には噂の女王が庶民の服装に身を包んで、串焼きにかぶり付いている。
優雅さの欠片も感じられない仕草で、彼女は空になった串をゴミ箱に放り投げた。
「お姉様、マナーが…」
ソフィアは呆れるようにため息を吐く。
「気にするでない。そなたも食べるといい」
「…お姉様と一緒…お姉様と一緒…」
ぶつぶつと呟くソフィアは上品に串焼きを口に運ぶ。
「クリス、たこ焼きはどうです?」
そんな光景を笑いながら見ていた私は、たこ焼きが敷き詰められた箱を差し出した。
「そなたが考えた料理だな」
「私が考えたわけじゃないですよ」
タコっぽい食感を使って、たこ焼きっぽい何かをルルに作ってもらっただけだ。
私は試食したに過ぎない。
「…うむ、好きな味だ」
ジャンクフードが舌に合うのか、クリスは満足気に頷いている。
…いや、彼女の日常にない味だからか。
「ちょっと…あなた」
そんなクリスの横顔を眺めていると、ソフィアが強引に袖を引っ張てきた。
「なんです?」
「…お姉様と昼食と聞きましたが、話が違いますわ」
そして、クリスに聞こえないように耳打ちをしてくる。
「昼食ですよ?」
「もっと私とお姉様に相応しい店があるでしょう?」
…それは難しい話だ。
「そなた達、何をしているのだ?」
新しい串にかぶり付きながらクリスが問いかけてくる。
「陛下の希望に沿っているのですよ」
たこ焼きをつまみながらクリスの方に目をやる。
「ッ…。お姉様、私にも下さい!」
舌打ちが聞こえたかと思うと、ソフィアが満面の笑みでクリスに駆け寄る。
そして、行き交う人々を見て何かを閃いたのか、クリスの前で小さく口を開けた。
「お姉様ぁ」
「何をしている?」
「…食べさせて下さい」
路上のカップルに視線を移したソフィアは、同じようにおねだりをする。
「これがここのマナーですよね?」
姉妹としては近すぎる距離で腕を絡める。
「そなた…」
クリスは諦めたように串焼きをソフィアの口に運んだ。
「だから、そなたとの食事は嫌なのだ」
「お姉様ぁ、そのような悲しい事を口にしないで下さい」
食べ終えた串をゴミ箱に放り投げながらクリスは呟くが、ソフィアは嬉しそうに身体を押し付ける。
クリスは大きなため息を吐くと、私をちらりと見た。
「室内でなければと安心した私が浅はかだったようだ」
「…はは」
この様子ではどうやら毎度の事らしい。
「あなたには感謝しますわ。お姉様とこんな事を外で出来るなんて」
満面の笑みでクリスの腕に顔を擦り付ける。
「いや、出来ないと思いますけどね…」
どうも理性のブレーキがぶっ壊れてるようだ。
そんな姉妹の戯れを後ろから眺めつつ、商店街の食べ歩きを続ける。
そして、しばらく歩いた時だった。
——マブダチ
——私達、お友達よね?
ここではないどこかの光景が頭を過ぎる。
「今のは…」
片手で瞳を覆う。
だが、その幻はすぐに消え去ってしまった。
「どうしたのだ?」
振り返るとクリスが私の顔を不思議そうに覗き込んだ。
「いえ、そこに誰かいたようで…」
そう言って幻の見えた先に指を指す。
だが、やはり先程の人影はない。
その代わり、
「あっ、クロくんだ」
両手に焼き鳥を握りしめたアイリスが立っていた。
「珍しいね?」
クリスに軽く会釈すると、こちらへ歩み寄ってくる。
「そうか?」
「うん、クロくん昼間は寝てるもん」
「夜の方が目が覚めるんだよ」
「はは、相変わらずだなぁ」
そう言ってアイリスが笑う。
側に立つクリスは呆れた様子でため息を吐いていた。
「ねぇねぇ、このあと暇?」
「まあ、予定はないですね」
「じゃあ、ちょっと付き合ってよ」
アイリスはクリスにチラリと視線を向ける。
「私は構わんが」
クリスはこちらに目を向けて確認するように答えると、キョロキョロと周囲を見渡す。
「あら?今から行って構いませんわよ?」
「いえ、まだお腹が…」
そう言いかけた私のつま先を、ソフィアが思い切り踏みつける。
「っ…」
「…お姉様と二人きりにして下さる?」
そして、クリスに聞こえないくらいの小声で囁いた。
その小さく可愛らしい声色とは裏腹に、つま先をグリグリと踏みにじっている。
「…わかりましたよ。アイリス、行きますか」
「なんだ?もう行くのか」
いつの間に屋台から買ったのか焼きおにぎりを頬張りながらクリスが呟いた。
「うん、じゃあ行こ」
アイリスはそう言うと、私の手を引いて歩き出す。
「まだお腹が空いてるんだけどな」
「じゃあ、食べながら行こー」
「…ああ」
クリスに抱きつくソフィアを横目で見ながら、アイリスに手を引かれてその場を後にした。