ドゴォオォンと肌を揺らす衝撃が学院を包む。
咆哮にも似た破壊的な叫喚。
立ち昇る炎が学院の庭園を朱に染めていた。
「お姉様について回る悪い虫が、なぜここにいるのかしら?」
白銀の髪を両耳の横で結んだ少女が冷淡な表情で見下している。
「…ソフィア」
「…は?今何を口走りましたの?」
彼女はクリスの妹だ。
重度のシスコン…いや、姉信者である。
そして、クリスの側にいる私を目の敵にしており、会う度に魔法を撃ち込んできたのだ。
ちなみにその異常な嗅覚で私が男だと言う事は初見で看破されていたらしい。
「何って…ああ」
彼女を名前で呼ぶ事はなかったな…。
更に面倒な事になったと頭を抱える。
「…教育が必要ですわ」
彼女は右手に魔力を込めると、特大の炎を召喚した。
周囲の魔素を吸い上げ一気に燃え上がる。
「…はぁ」
前回よりも状況が悪化している。
少なくとも追撃を喰らう事はなかったのだ。
「…馬鹿な事はやめましょう」
「なっ!?」
縮地で距離を詰めると、彼女の炎を魔力で消し飛ばす。
「無礼者!」
そう叫び振り下ろされた一撃はゆっくりとした軌道で私に掴まれた。
ソフィアと視線が交差する。
——どこに行くのかしら
遠い過去の記憶。
クリスが眠った棺を背に彼女を避けるように部屋から退出しようとした時にかけられた言葉。
それまで本能的に避けていたソフィアからかけられた言葉。
面倒だったのだ。
明確な拒絶からの出会い。
それを未来に変える程の意志が当時の私にはなかった。
だから、彼女とは最後の最後まで距離が詰められる事がなかった。
だが、
——あなたがいなければ、お姉様が安心して眠れませんわ
——知るかよ
それが彼女との最後の記憶だ。
そんな彼女の右腕を掴んでいる。
以前にはなかった光景だ。
…どうしよう。
咄嗟に腕を掴んでしまったが、この状況の打開策は見当たらなかった。
「ソフィア様」
「……」
…ダメだ。
睨まれている。
力の差云々ではないのだ。
だから、関わりたくなかったのだ。
過去の碌でもない記憶を辿る。
その解決の糸口と言葉を…。
「陛下が学院にお越しです」
「お姉様が!?」
途端にソフィアの目が嬉しそうに見開かれる。
先程までの毒々しいほどの悪意が消えて、そこには無垢な少女が佇んでいた。
手を離せば解き放たれた彼女が走り出すが、
「覚えておきなさい!」
振り向きながら叫ばれた。
「はは…」
思わず乾いた笑いで誤魔化す。
「…疲れたな」
学院から逃げるように立ち去ると、当てもなく王宮へと続く道を歩く。
今頃は学院長室に乱入したソフィアにクリスの苦笑が向けられている頃だろうか。
女王となったクリスに姉妹の時間はそれほど多く与えられていないのだ。
だから、余計私に執着するのだろう。
「今だから気付く事か…」
見上げれば城門の近くまで歩いていたようだ。
あいつの顔が見たいな…。
場内に足を踏み入れ訓練場の横を通り過ぎれば中心区だ。
匂いに誘われて厨房を覗けば、そこにはハーフエルフ達の姿が。
「…いるのか?」
今とは違う風景の中に、その特徴的な耳を探す。
クリスがいたのだから、彼女だって…。
「……」
だが、そこに彼女の姿が現れる事はなかった。