まどろみの中に幼い声が響く。
意識に急かされながら目を開けば、陽光と交わるようにこちらを笑顔で覗き込んでいるハーフエルフの少女。
「お兄ちゃん、ダメだよーこんなとこで寝ちゃ」
少女は顎に手を当て、人差し指でぷにぷにと私の頬を突く。
「ああ、フィーナか…」
掃除道具を片手に私の体を揺する少女。
彼女の主人であるこの国の女王の執務室で寝てしまったようだ。
最高級のソファが私の小さな身体を優しく包み込んでいる。
目の前のテーブルの上にはアルマ王国から取り寄せた本が無秩序に積み上がっていた。
私はゆっくりと体を起こす。
「すみませんね」
身体を伸ばしつつ謝罪の言葉を述べるとフィーナが本を片付け始めた。
「クロードはまだ眠っているのです?」
「うん、くーちゃんもお寝坊さんなの」
雑巾を搾りつつフィーナが答える。
「聞きたい事があった気がするんですよね」
「気になる事はない?でしょ?」
「そうでしたか?」
「もう忘れちゃったの?」
どうやら数日前にフィーナに問いかけた言葉らしい。
ただ何を聞きたかったのか忘れてしまった。
…なんだったかな。
「まあ、大した事じゃないですね」
「くーちゃんもわかんないって言ってたよー」
「そうですか」
私がソファから降りると、フィーナがハタキでほこりを落とす。
「仕事は慣れました?」
「うん!もう何年もやってるんだよ?」
「はは、そうでしたね」
まだ幼さの抜け切らない少女は満面の笑みを浮かべている。
そんな様子を見て口元が自然と綻んでしまう。
「私は邪魔にならないように…」
そう言いかけて言葉を止める。
何かこことは違う景色が頭を過ぎったのだ。
「お兄ちゃん?」
フィーナが首を傾げてこちらを見ている。
「いえ、どこに行こうかと思いましてね」
「そんなの知らないよぉ。変なお兄ちゃん」
クスクスと笑うフィーナに私も苦笑を返す。
「クリスでも誘って昼食にしますか。腹時計もそんな感じですしね」
「女王様だよ?忙しそうだけどなー」
「忙しいんですかね?」
——気晴らしに街へ出るとしよう
私が知る彼女は何かにつけて城から抜け出すのだ。
——この堅牢な王宮の最奥から、そなたがいなくて誰が抜け出せるのだ?
たまには私から誘うのも悪くないだろう。
そう思い、扉に手をかけた時だった。
バンッと引かれる扉と共に白銀の髪が左右に揺れる。
「あら?」
冷たい眼差しがこちらを射抜くが、すぐに室内のフィーナへと視線を移した。
「お姉様はいないようね」
ソフィアは独り言のようにそう呟くと肩を落とす。
「女王様は会議室だと思います」
「そう」
フィーナの言葉に端的に答えると彼女は踵を返した。
「一緒に行きますか?」
そんなソフィアになぜか声をかけてしまう。
彼女の事は苦手だった気がするのだが。
「は?」
ソフィアは鋭い視線で睨み付けてくる。
「クリスを食事に誘おうと思いましてね。ソフィア様も一緒に行きます?」
「…お姉様の立場をわかっているのです?」
——あなたがいなければ、お姉様が安心して眠れませんわ
なぜだろうか。
彼女の冷たい眼差し、その高圧的な態度に何も感じないのだ。
「私は道化師ですから」
だから、こんな軽口がつい出てしまう。
「……」
腕を組み仁王立ちするソフィア。
こちらを見定めるように鋭い視線を投げてきている。
だが、なぜだろうか。
居心地が悪いとは思わなかったのだ。
「よろしくてよ」
しばらくの間を置いて、ソフィアは言い放った。
「では、行きますか」
私達は部屋から出ると日差しが照らす廊下を通って、中央区へと向かう。
「ソフィア様はどのような用件で?」
「…あなた」
はぁとため息を吐く。
「お姉様を食事に連れ出して下さるのですよね?」
「…なるほど」
言葉足らずだったのか、どうやら三人で昼食になるらしい。