奴隷商人の館 中庭
周りを見渡し、少し懐かしむように目を細めた。風が吹き、庭の木々が揺れる様子を見ていると、静かな時間が流れていることを実感する。
…ここに来て、もう一年と少しか。
一年も経てば、どんな場所にも愛着が湧くものだ。そうだとすれば、ここはまともな場所と言えるのかもしれない。
高い壁に囲まれた中で、決して自由ではない生活が続いている。だが、監獄とは少し違う。監獄には飢えがあるが、ここにはそれがない。少なくとも、空腹で死ぬことはない。
ただ、監獄と違う点があるとすれば、外の世界に出ても、自由だと思い込んではいけないことだ。外に出た先で、また別の主人に首輪をつけられるだけだ。
そんなことを考えながら、ふと建物の方を見ると、一人の女性が現れた。彼女は少し癖のある黒髪を風になびかせ、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
——新しいご主人様だ。
彼女は黒い魔法使いのようなローブを身にまとい、気だるげな目でこちらを一瞥した後、そのまま無言で通り過ぎていった。
見た目は少し不機嫌に見えるが、きっといつものことなのだろう。新しいご主人様を観察するように、門に向かって歩く彼女の後ろ姿を追う。
衛兵の姿が見えると、門が開かれた。そこには見知らぬ世界が広がっていた。
奴隷が踏み込むことを許されない世界。そこに一歩足を踏み入れれば…
金髪の少年のことを思い出していると、彼女は気にせず門を越えて歩き始める。俺も歩き出そうとするが、習慣が足を止める。
その微妙な空気を感じ取ったのか、エリーが振り返り、少し首を傾げた後、静かに呟いた。
「…範囲と効果を変えたから、何も起こらないわ…」
範囲と効果? そんな疑問が頭をよぎりながら、俺の足は動けなかった。
エリーは面倒くさそうにため息を吐きながら、こちらに歩み寄ってきて、俺の手を引いた。
強引に引かれる感覚に、思わず目を閉じるが…何も起こらない。
手を離すと、彼女は再び歩き始め、俺もその後を追う。
「範囲を変えたって、どういうことですか?」
その言い方から、奴隷紋の効果はまだ残っていることがわかる。エリーに渡されたとき、奴隷商人とエリーが何らかの魔法をかけたのだろう。
「…奴隷紋の効果を教えてあげるわ」
エリーは小さな声で呟くと、無表情のままで続けた。
「範囲はこの都市の外周城壁の中。それから外に出ると、奴隷紋の色が変わる…城壁内では、あなたの居場所が契約者にわかる」
その説明は簡潔でわかりやすかった。
「色が変わるだけで、命令に従わなければならないわけではないのですか?」
簡単な縛りのように思えるが、エリーは少し楽しそうに笑いながら答える。
「色が変われば、逃亡奴隷ってことよ。居場所が分かるだけじゃなくて、社会的に死ぬわよ」
なるほど。逃亡奴隷は、目に見える形で社会から抹消される。奴隷紋は、魔法のようなもので、単なる印ではないのだ。
そして、奴隷紋の仕組みが魔法に基づいていることを理解した。範囲内では位置が把握でき、外に出ると色が変わるカラー変更魔法のようだ。
「その範囲の指定は、どうなっているんですか?」
僕が疑問を口にすると、エリーは少し驚いたような顔をして、周囲を指差す。
「壁の四方に魔道具が埋め込まれているの。領域を設定しているのよ。あなたなら、わかる?」
少し嬉しそうに、エリーがその仕組みを説明する。どうやら、彼女は単に面倒だから省略しているわけではなく、その方法が分かることを前提に話しているらしい。
「わかりました」
「…賢いわね」
そのやりとりが終わると、二人は丘の上にある屋敷に向かって歩き始める。
「これがクーヨン…交易都市クーヨンよ」
眼下に広がるのは、まるで中世の都市を思わせる景色だった。高い防壁に囲まれた大通りには市場が広がり、行き交う人々の姿が見える。
交易都市の名にふさわしく、馬車に乗った行商人たちが城壁外から進んでいくのも見えた。
「とても賑やかですね」
その活気に目を輝かせながら、僕がそう言うと、エリーは微笑んで答える。
「すぐに慣れるわよ」
そう言って、再び歩き始める彼女の後ろを追いながら、僕は新しい生活の始まりを感じていた