「都市だ!都市が見えるぞ!」
あれから数日が過ぎていた。
バロック達の視界の先には城壁が見えている。
「…待て」
だが、喜びに湧き上がる彼らをレインは手をあげて制止する。
「どうしたんだ?」
「早すぎる」
レインは地図を睨んで煙草に火をつけた。
「ん?どういう事だ?」
「東の拠点に着くにはあと半月はかかるはずだ」
バロックとソラに視線を向ける。
「紋章旗が上がってますねぇ」
ソラは目を凝らすと、風になびく旗を指した。
「見た事ない柄だなぁ」
バロックは腕を組むと、静かに考え込む。
「僕が行きますよ」
「撃ち抜かれるなよ」
「あはは、当てれるんですかねぇ」
レインの忠告にソラは嘲るように答えた。
そして、ソラはゆっくりと城壁へ近づいていく。
やがて、城門まで近づくと甲冑をまとった一団が城壁の上に姿を現した。
「止まれ!」
「はいはいっと」
ソラはにこやかに手を振る。
「アルマ王国のノース男爵家ですよ」
「…ノース男爵?」
兵士達はソラの後方に控えている姿を視線で追うと怪訝そうな表情を浮かべていた。
「10人でここまで?いや、魔物に襲われて逃げてきたのか…。負傷している者はいるか!?」
「あはは、僕達は最初からこの人数ですよ」
兵士達の顔が困惑の色に染まる。
「わかった!まずは身分を確認させてもらおう!」
そう言うと、城門が開き中から数人の兵士が顔を出した。
「大将ぉ、身分確認ですって!」
ソラは僅かな殺気を含みながら、バロックに声を投げかけた。
それを合図にバロック達が城門の前まで歩み出た。
「ノース男爵だ。宜しく頼む」
「…確認しました。どうぞ、お入り下さい」
ステータスを表示すると入城の許可を得たバロックは片手で兵に感謝を伝える。
「見ない紋章旗だが、どこの所属なんだ?」
レインが問いかける。
「我らはキヌスだ。所属と言われたらゼロス同盟になるだろう」
「キヌス…アルマ王国ではないのだな」
「アルマ王国の要請で中継地の拠点を構築中なのだよ」
その言葉通り、立派な城門をくぐれば無骨な石造りの建物が所狭しと並んでいた。
「それより、あんたら本当にこの人数でここまで来たのか?」
「ああ」
「…はは、色々と呆れるね」
バロックの飾り気のない一言に兵士は乾いた笑みを浮かべる。
「どういう意味だ?」
「そんな命令を出したやつと、それを実行できたあんたらにだよ」
そして、小さな広場で足を止めると、
「領主様に報告中だから、少し待ってくれ」
「キヌスの国王陛下がお越しか?」
「いやいや、あんたらみたいにこんな場所を鼻歌混じりで散歩するような貴族様さ」
そう言って兵士は肩をすくめる。
「まあ、すぐに補給と出発の許可が出るだろうから心配する事はないですぜ」
「…伝令待ちという事だな」
バロックがそう納得しかけた時だった。
「あー、ノース男爵と聞きましたが、ノース侯爵の間違いではないですか?」
こんな殺風景には似つかわしくない女性の声がしたのだ。
声の方に視線を向けると、そこにはおとぎ話に出てくるような魔法使いの姿。
小柄な少女だ。
エメラルドグリーンの髪が風に揺れ、特徴的な長い耳は彼女がエルフである事を示している。
「ルインズ様!?なぜここに?」
「いえ、懐かしい名前を聞きましてね。ふむ?」
緑の瞳がバロック達を射抜く。
そして、他の者には目もくれずソラの元へと歩み寄った。
「あなた、良い素材になりそうですね!」
「はい?」
ルインズはソラの手を取ると、顔を覗き込む。
「…力が欲しくありませんか?」
「…大将ぉ」
さすがのソラも困惑したようで助けを求める。
「ルインズ殿と言ったか?ソラが珍しく困っているのでそのあたりで」
「そうですか」
残念そうな表情を浮かべたルインズはソラの手を離すと、
「ああ、今のノース侯爵はどなたです?」
思い出したかのようにバロックへと問いかける。
「はは、ノース侯爵と呼ばれたのも大昔の話で、今は男爵家ですよ」
「あー、そうなんですね」
「この方は?」
独特な間を取るルインズをよそにレインは兵士に問いかける。
「ここの領主様で、一番偉い方です」
兵士は頭を悩ませるように答えた。
「どうでもいいですね」
エメラルドグリーンの髪を触りながらルインズは呟く。
「それより東の樹海に行くそうですね?」
「ええ、補給と通行の許可を頂きたく」
「いいですよ。あとこれをあげます」
ルインズはそう言うと手のひらサイズの箱を差し出した。
「これは?」
「城壁を造る魔道具です。きっと役立ちますよ」
「城壁を造る?」
その言葉が理解できないバロックは首を捻った。
「…貰っておけ」
「ああ」
何かを察したレインはバロックに忠告する。
彼は疑問を抱いたまま箱を受けとった。
「マリオンさんには色々と、そう色々提供してもらいましたからね…ふふ」
ルインズは怪しい笑みを浮かべるのだが、その真意を汲み取る事ができる者はいない。
「では、ゆっくり休んでくださいね」
こうしてバロック達は一夜の寝床を借りる事となるのだった。