——数日後。
曇天が空を覆い、大粒の雨が地面を打ち付ける。
草木が生い茂る草原に僅かに整地された道。
そんな手入れの行き届いてない道に一人の少年が佇んでいた。
栗色の髪が印象的な少年は赤黒い長剣を横たわる巨大な蛇に突き立てる。
周囲を見渡せば血溜まりの上で多くの魔物が死骸となり連なっていた。
「こんなとこですかねぇ」
ソラは天を仰ぐと、
「やだなぁ、服がびしょびしょだ」
大きな溜息を吐く。
そして、道の脇に建てられた小さな砦へと歩き出した。
この無人の砦は道沿いにいくつも建てられており、ここ数日は宿として何度も世話になっている。
ソラは砦の中に入ると、煙草の臭いに眉をひそめた。
「…臭いですねぇ」
紫煙を燻らせるレインを睨みつける。
「おお、ソラ!ご苦労だったな!こっちで火にあたっていけ」
立ち止まるソラにバロックが明るく声をかけた。
レインは煙草を咥えたまま窓の外を眺めている。
「大将、いらない荷物捨てませんか?ほら、煙草とか」
中央の焚き火に両手をかざしながらソラは口を尖らせた。
「ははは!あれはレインの大事なもんだからなぁ」
バロックは豪快に笑いソラの元まで歩み寄ると肩に手を乗せる。
「仲良くやってくれよ?」
「嫌ですよぉ」
不貞腐れるソラの頭をバロックがガシガシと乱雑に撫でた。
「頼むぜ」
「…はぁ」
いつまでも子供扱いするバロックにソラは呆れて見せる。
周囲を見渡せば荷物持ちの兵士達は疲労で情けない表情を貼り付けていた。
ここ数日、幾度も魔物の群れと遭遇したのだ。
「…静かですねぇ」
ただ雨音のみが響き渡る。
「そうだなぁ。おまえら、酒でも飲むか!」
兵士達の疲れを察したバロックは立ち上がると荷物の中から酒を持ってきた。
「バロック様…」
「なあに、荷が軽くなるだろ?」
そして、豪快に笑いながら兵士達に酒を振る舞う。
「…ふっ」
レインは相変わらず背を向け窓の外を眺めていた。
「僕は飲みませんよ」
ソラは差し出された酒に首をふると、焚き火の近くへと寝転ぶ。
「なら、服を着替えてこいよ!」
「どうせ、また濡れるからいいですよ」
斬っても斬っても魔物が湧いてくるのだ。
だから、ソラは僅かな休憩の為に目を閉じる。
辺りからは酒盛りを始める兵士達の声が聞こえ、雨音をかき消すように騒ぎ始めた。
「手柄を立てて、おまえらに報いるからなぁ」
「バロック様、可愛い嫁さんが欲しいです」
「うちには屋敷が余る程あるから、そこに住めばいいな」
「俺は騎士になりたい」
「給金が出せるように頑張るぞ」
兵士達にとって貴族は特別な存在だ。
そして、騎士を持つ事もできない貧乏男爵家にとって彼らもまた特別な存在だった。
還らずの大陸。
そう呼ばれる魔大陸にまで着いてくるのは、それだけ忠誠心が高いのだ。
「俺にはどうすれば手柄を立てれるかわからんが、レインがいるからな」
バロックが困った声をあげれば兵士達の笑い声が上がる。
「阿保ぅが…」
紫煙を燻らせたレインは、言葉とは裏腹に口元を緩ませていた。
ソラはそんな会話を心地よく聞きながらゆっくりと眠りに落ちた。
どれくらいの時間が経ったのだろう。
次にソラが目を覚ました時には皆が寝静まっていた。
「…毛布か」
未だに燃える焚き火を見つめながら寝転んでいるソラは毛布が掛けられている事に気づく。
同時に野外の不穏な気配も…。
「手伝うか?」
暗闇に火が灯ると立ち上がったソラにレインが声をかけた。
「…必要ないですよ」
「そうか…」
再び雨音だけの静寂が訪れる。
「やっぱ叩き出して良いですか?」
紫煙が鼻にかかりソラは不快感で顔をしかめると軽口を叩いた。
「フッ」
レインは紫煙を吐きながら口許を緩ませると扉の外へと向かおうとする。
「やだなぁ、冗談ですよ」
ソラはそう言うと彼より先に扉に手をかけた。
「大将を守るのは僕しかいないですからね」
そして、豪雨が降り注ぐ暗闇へと少年は消え去った。