「アリスちゃん、はい、あーんして?」
「…これが大使の仕事ですか?」
マリオンがフルーツパフェの乗ったスプーンを差し出してくる。
「それは終わらせてきたわ」
「どうやってここがわかったのですか?」
「あら?うちの子は優秀なのよ?」
彼女の横にはテーブルに座る赤紫髪の女性の姿。
「団長の行き先なら把握済み」
「…後で詳しく聞こうじゃないか」
私達は四人でパフェをつついている。
「ふふ、良い店を知ってるじゃない」
「いえ、マリオン様…これは」
頰を赤くした女騎士は珍しく店内に視線を泳がせる。
「お洋服の店もありましたね」
「…おまえは黙れ」
頰を紅潮させたまま、女騎士が睨み据える。
「良いじゃない。もう砂漠を彷徨う事も地中から這い出る化け物に警戒する事もないのよ」
「あたしは楽しかったです」
「…そうね、生を実感したわ」
マリオンは赤紫の髪を優しく撫でる。
「だから、もう良いのよ。はい、あーん」
「自分で食べれますよ」
だが、マリオンはパフェを押しつけながら笑顔を浮かべる。
「私がこうしたいの」
そして、強引に私の口にスプーンを差し込んだ。
「美味しいでしょ?」
「ええ、まあ」
懐かしいやり取りだ。
この頃はみんなが私の側にいたのだ。
そして、遠慮する事なく踏み込んでくる。
…あいつも。
「…アリスちゃん?」
「ちょっと用事を思い出しました」
立ち上がった私の腕をマリオンが掴む。
「また一緒に食べましょうね?」
「ええ、また顔を出しますよ」
そんな主人を女騎士は静かに見守っていた。
「またな」
「ええ」
見送る声を背に歩き出す。
そして、店を出ると旧貴族街に向かう。
…二百年か。
この世界に来てから途方もなく長い時間が過ぎ去った。
それより前の事はもう朧げにしか思い出せない。
ただ、この世界とは違う文明が栄えていたという事だけは覚えている。
そして、そんな異世界で出来た初めての友人。
「…アイリス」
今の彼女はどこにいるのだろうか。
「今の…か」
足を止めて空を見上げる。
そこにはただ青空だけが広がっていた。
時の流れとは無縁の世界だ。
まるで今までの歳月が夢だったのではと思えてくるほどに。
「…わからないな」
視線を戻せば行き交う人々の姿。
再び歩き出すと、旧貴族街の宿舎の階段を上る。
あいつの部屋は真横だったな。
…コンコン
「はぁい?」
軽く扉を叩けば、室内から無愛想な声が聞こえる。
懐かしさで思わず口元が緩む。
そして、扉を開けば、
「クロくん?」
青みを残した白髪の彼女が顔を出す。
「どうしたの?珍しいね?」
「…そうか?」
「……」
言葉が出ない。
彼女にとっての昨日が、私には遥か遠い昨日なのだ。
そっと差し出された右手が頬へ伸ばされる。
私はされるがままに彼女を見つめた。
そして、
「いててッ」
アイリスは私の頬を抓る。
「隙だらけだよ?」
「おまえなぁ…」
悪戯な笑みを浮かべる彼女を引き寄せ抱きしめる。
私よりも背丈の高くなった少女の胸に顔をうずめた。
「クロくんのえっち…」
その柔らかで心地良い膨らみの奥に鼓動を感じる。
その鼓動から吐き出される吐息に確かな今を感じる。
「…痛かったんだよ」
「えー、そんな強くしてないよー」
「馬鹿力だな、相変わらず…」
取ってつけた理由だ。
心の隙間を埋めるようにアイリスを抱きしめる。
「…変なクロくん」
「ああ…」
俺はおかしいのかもしれない。
こんな世界があり得ないと考えながらも否定する事もできない。
確かな温もりが肌に触れているのだ。
失ってしまったものがここにあるのだ。
もう二度と取り戻せない日々が…。
「…アイリス」
「うん?」
腕の力を緩めると彼女を解放する。
「…ただいま」
「おかえり?」
見慣れた窓から空を見つめ私は笑う。
そこには変わらない青空が広がっていた。