——朝食でも行くか?もっとも昼飯になるがな。
そんな女騎士の一言で大使館を出る。
「団長、サボりですか?」
門の近くに差し掛かった時、木の上からそんな声が聞こえた。
視線を向ければ黒いフードを目深に被った人影が音もなく私の目の前に降り立つ。
「…人聞きが悪いな」
苦笑いを浮かべる女騎士の様子を見て、訝しげな視線をこちらに向ける。
「マリオン様から許可は頂いている」
「…団長、そいつ殺して良いです?」
その人物がフードを落とすと、赤紫色の髪に冷たい瞳を浮かべた女性の姿が現れる。
…マリオンの騎士だったな。
「手短に頼むぞ」
女騎士は呆れながら呟く。
その言葉を合図に黒いフードが僅かに揺れる。
だが、次の瞬間には彼女の喉元に私の腕が伸びていた。
人形のように整った美しい顔が目に映る。
「まだやりますか?」
遠い昔に何度も繰り返した光景をなぞるように言葉にする。
「…うぅ…マリオンさまぁあああ!」
そして、何度も繰り返した光景通りに彼女は館に向かって走り出した。
ああやって挑んできては、マリオンに泣きついてましたね。
もっとも、
「懲りないやつだな…いや…」
女騎士が呆れるようにわざとなのだ。
彼女は私にどう負けたかを楽しそうに聞くマリオンの顔を見たいのだ。
本気で殺気を向けられたのは最初の数回でしたね。
「行きますか」
「ああ、良い店があるのだ。一人では入りにくくてな」
苦笑いを浮かべながら女騎士は歩み出す。
そして、旧貴族街から国民街へと続く道を歩く。
「あなたと二人で食事する事は滅多になかったですね」
「なんだ?懐かしむような言い方だな」
「…そうですね」
変わらない街並み。
遠い昔の見飽きた風景が新鮮に映る。
「最近読んだ騎士物語がありましてね」
私の言葉に彼女は静かに耳を傾ける。
それは名もなき騎士の鎮魂歌。
——遠い昔の記憶
主人を亡くした騎士が、それでもその地に留まり続け、幾度の季節を巡りその生涯を終える物語。
「主人を亡くした騎士はなぜそれでも国を護り続けたのでしょうかね?」
「…わからないな」
私の問いかけに、彼女は足を止めると真剣に答えた。
「そこしか居場所がなかったのかもしれない。その生き方しか知らなかったのかもしれない」
「……」
「…不器用な生き方だ。だが、私は好きだな」
女騎士は微笑むと歩き始める。
「騎士とはそういうものなのです?」
「はは、そんなやつは滅多にいない。多くの者は引退すれば捧げた剣を置き、新しい人生を歩む」
街ゆく人々を眺めながら彼女は続ける。
仲の良さそうな親子がその瞳に映っている。
「…私には縁がなかったな」
「ああ、婚期を逃したとか笑ってましたね」
「…いつの話だ?」
私の軽口に鋭い眼光を向ける。
「酔っていた時ですよ」
…いつの時点の彼女だったかは定かではない。
だがら、誤魔化すように答える。
「ふふ、そうか」
「…どうしたんですか?」
「いや、酒の席の戯言を部下にからかわれるのは日常だったのでな」
懐かしむように目を細めた。
「後悔はないんですね」
「はは、まったくな」
国民街の大通りから外れた狭い道を進む。
「ただ…こういう店に一人で入れるような人生にも憧れてな」
照れ隠すような視線はカラフルな看板と外装をした飲食店に向いていた。
「…意外ですね」
「おまえとなら入りやすい」
…どういう意味だ?
私が訝しげに目を細めたせいか彼女は言葉を付け足す。
「見た目だけなら可憐な少女じゃないか」
「はは…」
苦笑で答えるしかなかった。
店内に入れば店構え通りに若い女性達で賑わっている。
空いている席に座ると、すぐに可愛らしいウェイトレスがこちらに近づいてきた。
「ここはパスタが美味いぞ」
女騎士は慣れた口調でメニューに手を伸ばすと私に見せてくる。
「お任せしますよ」
「では、これと…」
彼女は手早く注文を終えると、
「デザートはパフェにしてくれ」
最後に気恥ずかしそうに告げた。
私はその様子に笑みをこぼす。
「甘いものはそんなに好きじゃないんですけどね」
「私一人では頼み難いだろう?」
きっと彼女は戦場の空気に慣れすぎているのだ。
私の前には凛と佇む女性しかいないのに。
「そんなものですかね?」
やがて昼食が運ばれてくると、懐かしい世間話を交えながら料理を口にするのだった。