「ねぇ、クロくんって、言葉すっごく覚えるの早いよね!」
少女がそう言って笑った。今日も彼女は元気いっぱいだ。
「……努力したからな」
クロはぼそりと答える。けれど、それが嬉しかったのは確かだった。
この世界の言葉は、音の響きも、文の構造も、自分の知っていたものとはまるで違う。それでも、生き延びるためには学ばなければならなかった。
「えへへ。すごいよー、ボクなんてさ、ここに来たばっかの頃、半年かかったんだから」
彼女は無邪気に笑う。その明るさが、この暗い世界を一瞬だけ照らした気がした。
「……君は、前からここに?」
「んー、けっこう長いかな。ボクね、顔が『かわいい系』だから、お客さんウケはいいんだって!」
彼女は軽くウィンクして、いたずらっぽく笑った。クロは眉をひそめた。
「……それを、嬉しそうに言うことか?」
「うーん、そりゃほんとは嫌だけどさ。ここにいると、そうやって生きるしかないでしょ? だったらさ、笑ってたほうが、マシじゃん?」
その言葉は、軽やかだったけれど、心に引っかかるものがあった。
彼女がどれだけの“我慢”を、その明るさの裏に隠しているのか。クロにはまだ全部は分からない。でも、分かろうとする気持ちはあった。
「……君は、笑ってるほうが似合ってるけど。無理してるなら、やめたほうがいい」
少女は、ぱちんと目を瞬いた。
そして――ふっと笑った。
「ありがと。クロくん、優しいね」
そう言って、彼女はぽつりと呟いた。
「ボクはね、剣士になりたいんだ。誰にも命令されない、自由な剣士に」
「剣士、か……」
クロは、空を見た。
窓のない牢獄。けれど、少女の言葉が、心に風を吹かせた。
「俺も……自由になりたいと思ってる。冒険者でも、商人でもいい。ちゃんと働いて、稼いで……誰にも縛られず、生きていたい」
その言葉は、自分でも意外だった。でも、本音だった。
「うん! きっとなれるよ、クロくん。だって、目が真っすぐだもん」
「真っすぐ、か……そんなこと、言われたのは初めてだ」
「ふふ、ボクって見る目あるからね!」
彼女の笑顔に、クロはほんの少しだけ、笑い返した。
名もなき牢獄の片隅で、ふたりは少しずつ言葉を交わし、少しずつ心を分け合う。
その時間だけは、確かにあたたかかった。