Floor4-2/4[トゥージィ・アンド・メカニクル・レディ・バディ]

――前回より――


 温泉宿『ワッパーサンド』支配人、

 廃物小獣ジャングースのクラップ・スラップ。

 単なる宿の支配人に留まらず

 宿が建つ与魔施シティの顔役でもある彼の卒倒は、

 利用客カーネイジ・バグのみならず従業員達をも騒然とさせ、

 宿の経営を傾かせる程の大騒動へと発展――しなかった。


 というのも事実、

 こうした騒動は宿に於いて日常茶飯事であり、

 毒虫が盛大に取り乱す一方、

 従業員らは実に冷静沈着そのもの。

 事情を知って尚『またか』程度の認識だったのである。


 実際彼らの対応は的確かつ丁寧そのものであり、

 意識の戻らぬスラップは宿内の医務室に運ばれ、

 一方のカーネイジ・バグも浴場へ案内されることとなる。



『いや~すみませんねぇ、シオタニさん。

 うちの支配人がなんだかお騒がせしちゃったみたいで。

 ホントあの方はね~

 普段は私らが束になっても敵わないくらい凄い人なんですけど、

 不意によくわからないタイミングでバグっちゃうから~』


 場面は浴場へと続く通路。

 カーネイジ・バグに付き添い乍ら申し訳なさそうに詫びるのは、

 赤紫色の羽毛が特徴的な鳥人バードフォークの従業員。


『いえ、私の方もなんというか……

 対処というか配慮が足りなかったと言いましょうか……』

『何を仰いますやら、

 シオタニさんが謝ることなんて何も御座いませんでしょう?

 まあ私自身、お話を伺った時は本当に驚きましたけれども……

 まさかシオタニさんが、

 あのGペリドットを倒してしまわれるなんてねぇ』

『正直、自分でも俄かには信じられませんでね……。

 なんというか、

 聞く程強くなかったとまでは言いませんが、

 どうも恣意的な何かを感じずに居られなくて……。

 ともあれ考えても仕方ないというか、

 一先ず今は傷を治すのに集中しようと思います』

『ええ、それが宜しいでしょう。

 与魔施にいる間はせめてゆっくりして頂いて……』


 斯くして毒虫は、浴場へと辿り着き……


『此方が浴室の鍵になります。

 何かありましたら備え付けのインターフォンでご連絡下さいませ』

『ありがとうございます』


 いよいよ湯治が始まる。


――脱衣所――


 実質客毎に成分が異なる関係上、

 『ワッパーサンド』の湯治用浴場は脱衣所からして個室であり、

 幾らか狭いものの湯治客はプライベートなひと時を楽しむことができる。


『さて、と……』


 脱衣所に入ったカーネイジ・バグは、

 徐に自身の胸元へ手を添え、

 窪みに指先を突っ込みながら下へスライドさせる。

 すると……


[エクソスケルアーマー、キャストオフ]


 無機質な電子音性が鳴り響いたかと思うと

 彼の身体を覆っていた灰白色のパワードスーツ風装甲が機械的に変形……

 そのまま一抱え程の地虫型メカ

  ――形状としてはマイマイカブリの幼虫に似る――に姿を変えた。


 そして装甲が取り除かれたその"下"からは、

 首や尾と同じ、不気味な迄に赤黒い外骨格が露わになる。

 即ちこの状態こそ、

 カーネイジ・バグの一糸まとわぬ裸体に他ならない。


 そしてつい先程機械的に変形

 地虫型のメカに姿を変えた装甲……

 その正体は彼が戦時に際して身に纏う鎧

 『エクソスケルアーマー』である。


『……まさか内臓にまでダメージが行っちまってるとは。

 鎧が無事だから大丈夫だろうと思ってたんだが、

 さては防御透過攻撃って奴か?

 全くとんでもない相手だ。

 本当によく勝てたもんだよ、あんなヤバい奴にさ』


 自らの身体を一瞥しながら、

 毒虫は物憂げに愚痴を零す。

 幾ら『リラックスに専念せねばならぬ』とは言え

 それでもやはり、

 自身が圧倒的格上と交戦し奇跡的な勝利を収めた事実を、

 『気に留める迄も無い些事』とは思えなかった。


『……ボディスキャンを』

[ボディスキャン、開始]


 全裸になったカーネイジ・バグが一言唱えると、

 エクソスケルアーマーは彼の足元へ移動。

 頭部から緑色の光を照射し、

 ものの十数秒足らずで彼の身体を隅々まで調べ上げる。


[ボディスキャン、完了。

 放射線量、正常。

 化学物・魔力汚染、皆無。

 有害術式・スキル反応、皆無。

 感染性汚染・マイクロバイオーム異変、皆無。

 有害寄生体・悪性新生物反応、皆無。

 憑依体、検出サレズ。

 其ノ他バイタル、異常無シ。

 総ジテ活動ヘノ支障、皆無]

『成る程、異常無しか……。

 やっぱり与魔施へのゲートを通過した時点で、

 ある程度の浄化はされてたみたいだな。

 ……ありがとう。

 念のため充電と並行して浴室近辺の警備を続けてくれるかい。

 充電が終わったら独立モードに移行して欲しい』

[了解。充電開始――]


 エクソスケルアーマーが充電へ入ったのを確認すると、

 毒虫は意気揚々と浴場へ足を踏み入れる。


『久々の薬湯だ……思う存分堪能せにゃなるまいて』


――その後・『ワッパーサンド』内の通路――


『ッふー……やっぱり怪我には「ワッパーサンド」の薬湯だな。

 時間も手間もかかるが、その分効果は確実だ』


 約三時間に及ぶ湯治を終えたカーネイジ・バグは、

 浴衣に着替え客室に向かう。


[良かったデスネ、Mr.シオタニ。

 損傷した部位は元よリ、

 射出してしまった節足も全て元通リ。

 或いは心なしカ、

 パワーアップの気配も感知しておりマス。

 これでいつユーシャー狩りに出ても安心でショウ]


 通路を進む彼の後を追いつつ、

 爽やかな女声で陽気に語り掛けるのは、

 一抱え程もある灰白色のメカ地虫……

 もとい、エクソスケルアーマー。


 ある種の"身に纏うロボット"たるこの鎧は、

 元々持ち主の脳波を読み取ったり、

 或いは口頭での指示による遠隔操作が可能なのだが、

 独立モードに移行すると

 AIによる完全自動操縦に切り替わる。


 加えてこのAIは自ら学習し成長する機能を有しており、

 特定条件下で稼働し続けると自我に目覚め、

 生物のように振る舞うようになる。

 どのような人格になるかは持ち主や環境次第であるが、

 概ね所有者にとって最適な部下や隣人の如く振る舞う傾向にある。


 それはカーネイジ・バグの身に纏う機体でも例外ではない。

 稼働四年目にして自我に目覚めた"彼女"は自らを"ユガワ"と名乗り、

 陽気で人当りのよい女性秘書の如く振る舞うようになっていた。


『ホホーウ、貴女が言うと説得力が違いますねユガワさん。

 といって正直、奴は余りにも強すぎた……

 暫くの間、荒事・厄介事の類いは御免被りたいモンですよ』

[私も同感デス、Mr.シオタニ。

 と言ってそもそモ、

 ここ与魔施シティはユーシャー侵入不可のダンジョン。

 よって我々がこの場にいる限りに於いてハ、

 ユーシャーとの接触や交戦の想定そのものが

 単なる杞憂に過ぎないのですけドモ]

『仰る通り。

 ま、過去に一度例外的な事例こそありましたが……』

[西暦3252年の『WM事件』デスネ]

『ええ。ありゃ本当に最悪の事件でした。

 主犯がとんでもないバカだったお陰で何とかなりましたが、

 あんなのはもう二度と御免だ』

[実際力の限り同意致しマス、Mr.シオタニ。

 ……それらの事実より総合的に判断するト、

 与魔施シティへの滞在は長めにするのが最適解でハ?]

『ええ、そうしましょう。

 まぁとは言え、何時まで居られるかは私にもわかりませんが……』


 何やら意味深に呟く毒虫は、

 浴室の鍵をフロントに返却すると、

 機械仕掛けの相方共々

 割り当てられた客間へ向かって歩き出す。


(さて、今回は何処へ行こうかねぇ……)


 内心あれこれと観光の予定を立てるカーネイジ・バグ。

 五年ぶりの与魔施観光に浮足立つ彼は、まだ知らない。


 これより先、

 己の周囲で混沌たる騒動が幾つも巻き起こり、

 また自身が否応無しにその渦中へ放り込まれていく宿命にあるという、

 その事実を……


 

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