Floor4-4/4[ザ・フォーチュンテラーズ・センテンス・トゥ・カーネイジ・バグ]
――前回より・西暦3257年某日――
『あーっらぁ~……
これはまたなんていうか、
予想外の易が出ちゃったわねェ~』
場面は与魔施シティに建つ『占いの館
店主を務めるダークエルフの占い師ルナーヴォ・カーマンは、
作業台の上に広げた商売道具
――複数並んだ縦長のカード、
複雑な計算式の書かれたルーズリーフ、
それぞれ色の違う5つの百面ダイスと、
それらに囲まれた妖しく光る水晶玉等――
を代わる代わる凝視しつつ、
神妙な面持ちで口を開く。
『どうしました、店長』
[何やら良からぬ結果でも出てしまいましたか]
そんな彼の身を案じるように口を挟むのは、
本作主人公カーネイジ・バグことシオタニ・シンゲンと、
その相方を務めるエクソスケルアーマーのユガワ。
前回終盤にてペルタトゥーム邸を後にした二匹は、
今後の行動方針について助言を乞うべく
『月泉』を訪れていたのである。
『いやぁ〜、別にね、
そんな悪い易じゃないのよ。
ただこれ、占ったアタシ自身にしても予想外っていうか、
なーんか、シオタニちゃんらしくないっていうかね……』
『私らしくない、ですか』
『そうそう。
ただ、カードにもダイスにも不備はないし、
計算ミスとかもないから、
少なくともアタシの占いに限っては間違いないハズよ』
『占いの館 月泉』店主ルナーヴォ・カーマン。
この性同一性障害を抱えたダークエルフの美男子は、
与魔施シティが世界に誇る凄腕の占い師として名高い。
その要因は幾つかあるが、
中でも大きいのは彼が独自に開発した占いの方法にあると言えよう。
その名も『魔法科学占術』
即ち、易学に基づく既存の占術に
統計学を中心とした十種の学問に基づく
科学的な技能・知識を盛り込みつつ、
細部を魔法で補強した代物である。
最大の特徴として、
心情心理や性格のみならず、
健康状態や生活環境、社会情勢等の
科学的に数値化が可能な項目をも参照して対象を占う点が挙げられる。
この為、極めて高い正確性と信憑性を誇る易
――占いの結果――
を出すことが可能であり、
しばしば実質的な未来予知としても機能しうるのである。
『フツーのお客さんならこういう時、
緩衝材に包んだような感じで遠回しに伝えたりするんだけど……
ま、シオタニちゃんなら大丈夫かしらね。
とりあえず念の為、落ち着いて聞いて頂戴ね?』
『はい』
今の今迄どんな易を告げる時にも無かった前置きに、
毒虫は思わず身構える。
果たしてそこまで言われるとは、
どれほどとんでもない内容なのであろうかと、
内心臆さずに居られない。
さて実際、黒肌の占い師が告げる易とは……
『それで、占った結果なんだけどね……
シオタニちゃん。
アナタ、遠からず恋に落ちるわよ。
っていうか、彼女ができるわね。
しかも結婚まで内定してる
『なんと、そんなバカな……』
余りにも己らしからぬ衝撃の易に、
毒虫は驚愕の余り呆気に取られてしまう。
或いは、
彼の頭が脊椎動物のそれであったなら、
『目を丸くした』とでも言えただろうか。
『信じられないってカオしてるわね?
わかるわ。アタシだって同じ気持ちだもの』
『……なんでしょうね。
私はこう、
色恋だとかそういうのには
そもそも向いてないハズなんですがね』
カーネイジ・バグがそこまで断言するのには、
当然相応の理由があった。
というのも彼は嘗て人間であった頃、
肉親を喪った挙句身内に傀儡扱いされた反動から
"家族"と"青春"への憧憬と執着が強烈な時期があった。
そしてその憧憬と執着の導き出した結論こそ、
"恋愛"であったのだ。
『恋をし、誰かを愛するのが己の道』
そう考えたシオタニ・シンゲンは、早速行動を開始した。
アルバイトで金を稼ぎ、身体を鍛え、
身嗜みに気を遣い、話術を磨き……
あらゆる方法で徹底的に己を高め、恋愛を学んだ。
努力の甲斐あり、程なく彼は同年代の異性と恋仲になる。
だが何故かその関係は長続きせず、一方的に別れを切り出されてしまう。
女を心から愛していたシンゲンは問う。
『自分の何がいけないのか。改善点を教えてくれ』と。
だが女の答えは無情。
『聞かねば分からないからお前はダメだ。
欠陥さえ自覚できない奴と付き合う価値はない』と、
一方的に縁を切られてしまったのである。
以後、シンゲンは未練を断ち切り、
新たなる恋に向けて動き出す。
だが結果はいつも同じ。
誰と付き合えども、如何に誠心誠意尽くせども、
結局長続きせず、一方的に逃げられるばかり。
結果、シンゲンはある時を境に色恋を諦めた。
自分には適性がないと結論付けて。
そしてその考えは、彼が家族と死別し
モンスターに成り果ててからも変わらず、
寧ろ強まる一方であった。
『わかるわ。わかるのよ。
アタシだって思ったもの。
「何か間違ってるんじゃないか」ってね』
[実際の所計算ミスなどは無かったのデスカ?]
『ないわ。計算式の組み方から記号の配置、
果ては文字一角の長さ・角度まで確認し尽くして、
ダイスや水晶玉も点検したけど、
おかしい点なんてどこにもありゃしなかったのよっ』
『……店長がそこまでやって何もないとなると、
その易は紛れもない真実と見て間違いないんでしょうね』
[よろしいのですカ、Mr.シオタニ?]
『ええ、構いませんとも。
性癖が合わない変態とか、外道の結婚詐欺師だとか、
そんな奴らは返り討ちにしちまえばいいだけの話です』
[流石デス、Mr.]
『……結婚詐欺師はともかく
性癖合わない奴とかはせめて半殺しぐらいで許してやんない?』
何とも狂気じみた、
ともすれば人の心があるのかと疑いたくなる発言である。
然し乍ら、家族を喪いモンスターと化し、
憎悪と義憤のまま殺戮を繰り返す……
そんな生活を十二年も続けていれば、
或いはこれほど歪んでいても仕方ないのかもしれない。
『そもそもこんな、
特撮の安っぽいやられ役みたいな化け物に恋愛感情を抱き、
伴侶として迎え入れようだなんてもの好きが居るとは到底思えません。
寧ろそんな奴がいるんだったら実際に遭ってみたいくらいですよ』
軽妙に笑い飛ばすカーネイジ・バグ。
台詞の字面だけ見ればそれは自嘲であったが、
口ぶりからは悲壮感などは特段感じられない。
『まあ、それは事実アタシも興味あるわね。
ただ……』
そんな毒虫の様子に何を思ったか、
占い師は徐に口を開く。
『今回の占い、その辺についても易が出てたのよね』
『ほう』
[つまリ、具体的な相手が暗示されているト?]
『ええ。そこまでハッキリとじゃないけど、ある程度ならね。
まず、その相手は生来の純粋な女性よ。
身体的にも精神的にもね。
性転換したとか、半陰陽ってこともないわ。
付け加えると、相手の女性は隅々までアナタ好み……
顔も、体型も、性格や趣味趣向、能力まで全部、
まるでアナタ専用に設計されたみたいに相性抜群なんですって』
『それはまた……随分と虫の良すぎる話ですねぇ。
ただ、そこまで断言して頂けると安心感が違いますね。
仮に自分好みでもない、それこそ見ただけで殺したくなるような屑と
無理矢理に婚姻関係を結ばされたとなったら死んでも死に切れませんから』
[私も、Mr.が不幸な目に遭う展開は極めて不本意デス。
然し、その相手がMr.にとって最適であるならば何ら意義はありまセン]
(アンタらの場合、そういう目に遭ったら死ぬより先に相手を殺すんじゃない?
……なんて言うのはなんか、野暮っていうか無粋かしらネ)
事実、モンスターの中には自分自身の欲望や衝動の侭、
相手を攫い魔法やスキルで自由を奪い無理矢理娶る外道も少なからず存在する。
だが同時に、そういった外道へ頑なに抵抗し、
相手自身から果てはその親類縁者さえも鏖にし自由を勝ち取った
"加害者の如き被害者"もまた数多いのである。
――その後――
『いやはや、よもや私が恋をし結婚する運命にあるとは。
俄かには信じ難いですが、
さりとてカーマン店長のつけた易とあっては……』
[そう悲観することもないでショウ、Mr.シオタニ。
店長曰く件の相手は貴方に最適だそうでスシ、
寧ろMr.の生涯にとって利益を齎す相手かもしれまセンヨ?]
『占いの館 月泉』を後にした毒虫らは、
繁華街をぶらつき乍ら占い師カーマンによる易について語らっていた。
『まあ、何でも悲観してちゃいけないってのは分かりますがね。
確か店長が追加で示して下さった易は……』
[ご心配なく、明瞭に記録しておりマス。
『十二年後の大いなる戦いを経て結ばれる』
『最低身長一.六メートル、胸囲一メートル前後、バストカップはIからK』
『ユーシャーでなく、人間でもない』
『数字の三が何かしらの形で大きく関わる』
『非力でなく、戦場で肩を並べて戦う力を持つ』
以上となりマス]
『流石ですね~ユガワさん。
ほんと貴女が居てくれてよかった。
然し、件の相手が一先ず武闘派のモンスターで
かつ私好みなスタイルのいい美人ってのは分かるんですが、
残りの三つがどうも引っ掛かるなあ……』
[それはそうデスネ。私も不安デス。
然しカーマン殿も『その時になればわかる』と仰られましたシ、
今は休養に集中するのが妥当な判断ではないでしょうカ]
『ま、そうですよね~。
差し当たっては今日の昼飯を何にするか決めるとしますか』
労働者や観光客で賑わう大都市の常として、与魔施シティには無数の飲食店が立ち並ぶ。
ありとあらゆる食材や調理法、
並びそれらの扱いに長けた凄腕の料理人たちが方々のダンジョンから集う、
まさに食の激戦区なのである。
ともすれば食事処の選定も厳密かつ慎重に行わねばなるまい。
さて、ともすればどこで何を食おうかと、
カーネイジ・バグが地図アプリで検索をかけようとした、
その刹那――
『待たれよ、そこな蛟大百足の御仁!』
『ど~も、お兄サンっ♥』
『チョイと付き合って貰うスよ?』
彼の眼前へ唐突に、見知らぬ三人の女が立ち塞がった。
否、『見知らぬ』とは厳密には語弊があろうか。
というのも……
(こいつら、まさか……)
朧げ乍ら、毒虫は三人に見覚えがあったのである。
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