Floor4-3/4[ベッド・イン・ザ・トリプル・スラット/ディア・グリーン・ドクター]
――前回より・西暦3257年某日――
場面は与魔施シティの温泉宿『ワッパーサンド』3階のとある客室。
『……!』
長時間に及ぶ湯治を終えて寛ぐこと暫し……
大事を取って余計な真似はせず、
食事など最低限の行動を済ませ早めに就寝したカーネイジ・バグ。
早めの就寝によるものか、
はたまた薬湯が予想外に効いたからか、
要因は不明なれど兎も角、
明くる日の彼はやけに早く目を覚ました。
(空が若干明るい……
遮光カーテン越しなのを考慮すれば、
概ね明け方五時十五分から三十五分の間、
それが外れていても六時は過ぎてないな)
事実、彼の読みは当たっていた。
時刻は五時十七分……
労働者ならば兎も角として、
観光客の起床には些か早すぎる時刻である。
(……起きてすることも思い付かないが、
然し二度寝しようにも寝付けんな……
どうしたもんか……)
思い悩む毒虫は、
ふと己が周囲に異変を気取る。
或いは違和感とも言うべき些細なものだが、
さりとて存在しないが如く扱うには強烈過ぎる
その異変の概要とは……
(なんだ……胸から下が妙に重い。
というか、身動きが取れん……!)
疲労とか、疾患由来でない、
極めて物理的な重量感。
触覚に訴え掛ける刺激から判断するに、
明確な質量ある物体によって押さえつけられているのは間違いない。
また恐らく、物体の数は三つ……
胴の上に乗る一つと、
左右へ添えられた各一つと思われた。
(……じゃあ一体何が乗っかってるんだ。
人懐こい犬猫を放し飼いにしてる知人宅の寝室じゃあるまいし、
温泉宿の客間に、寝てる客の身体へ乗っかってくるようなものがいるとは到底想い難いが。
……確認するしかないよなぁ)
意を決したカーネイジ・バグは
アビリティ『体節追加』で首を伸ばし、
俯瞰視点からの視認を試みる。
すると……
(……なんだこいつら、
どっから入った……?)
眼下に広がるは、ある意味で驚愕の光景であった。
何と敷布団へ仰向けに寝転がる彼の周囲では、
見知らぬ三人の女が纏わり付くように眠りこけていたのである。
(……右はオーガ、左はサキュバス、
真ん中で私の腹にしがみついてるのは妖狐か。
どうりで身体が重かったり、身動きが取りづらくなるわけだ。
然しこいつら何故揃いも揃って全裸なんだ?
理解が追いつかん……。
……まぁともかく、
奴らより早く目が覚めたのは運が良かったな。
これでタイミングがズレようもんならどんな地獄が待ってたことか……)
加えて三人の眠りが異様に深かったのも
毒虫にとっては追い風であった。
何せ三人とも何をしようと無反応、
一切合切ピクリともしないのである。
よもや眠っているように見えるだけで、
実のところは仮死状態か、
さもなくば外傷のない死体なのではと疑ってしまいそうになる程に。
(……だが幸か不幸か、こいつらは生きたモンスターだ。
つまりこの部屋は事故物件にこそならずに済んだが、
一方で起こしてしまうリスクは健在、と)
カーネイジ・バグは悩んだ。
安全等の観点で考えれば、
こんな連中は排除してしまうに限る。
だがとは言え、
この場で殺せば宿に迷惑がかかってしまうし、
そもそもこの連中の実力が未知数な手前、
効率的に殺しきれるとも限らない。
(普通なら通報した方がいいんだろうが、
万一奴らが何かしら面倒な手合いだったりすると
それはそれで宿に迷惑かけちゃうしな~。
人間社会なら然るべき機関に頼るべき問題も、
モンスター社会だと逆に
個人が力技で雑に誤魔化した方が丸く収まったりするし……)
熟考の末、毒虫が選び取ったのは……
『『『zzz……』』』
『あーばよ、達者でなっ』
『三人の女を一纏めに縛り上げ、
宿の窓から街中を流れる大河に投げ捨てる』
といった、何とも
『さて、放流完了っと。
奴らがどうなるかは知らんが……
まあ一級河川の
そう悪いことにはならんだろう』
そう自らに言い聞かせたカーネイジ・バグの視線は、
自然と東の空へ向いていた。
『……夜明けだ』
時刻は六時十五分……
山間から昇る朝日の照らす街並みに、
毒虫は思わず見惚れていた。
『到底太陽の下なんて歩けない、
日陰を這うしかない虫けらに成り果てた私にも、
朝日は平等に降り注ぎ、
視界を明るく照らしてくれる。
至極当たり前のことだとしても、
だからこそ感謝せずにいられないな……』
或いは『心が洗われるような』気分の彼は、
そのまま暫く感傷に浸り続けたのだった。
――それから――
その後、『ワッパーサンド』で朝食を済ませたカーネイジ・バグは、
ユガワを連れて与魔施シティの住宅街に建つ豪邸を訪れていた。
『やあ、よく来たねぇシオタニくん、ユガワくん』
『お久し振りです、ペルタトゥーム教授』
[お久しゅう御座いマス]
『ああ、久しぶり。会えて嬉しいよ、心底ね』
玄関口で毒虫らと親し気に挨拶を交わすのは、
館の主たるアルラウネのスタペーリャ・ペルタトゥーム。
白衣に眼鏡といった出で立ちや教授との呼称に違わず、
古今東西の様々な分野に深く精通する多芸な医学博士である。
『あれからもう五年か……WM事件の時は大変だったねぇ。
正直、君らのことだから最低限無事だろうとは確信していたが、
それでも心配せずには居られなくてね』
妙に芝居がかったような仕草で大袈裟に、
然し事実心底噓偽りのない本音を吐露するスタペーリャ。
その態度はあたかも弟妹の身を案じる姉か、
さもなくば甥姪の無事を喜ぶ伯母を思わせるが……
事実、毒虫らは彼女にとって家族も同然の存在なのである。
特にカーネイジ・バグとは西暦3245年に出会って以来の仲であり、
当時実質産まれたても同然の新参であった彼を
的確に手厚くサポートしてきた実績を持つ。
例えばカーネイジ・バグが己自身への理解を深め、
スキルやアビリティの用法、
ユーシャーとの戦い方、
モンスターとしての生き方等を学び、
遂には強豪Gペリドットを撃破する迄に成長し得たのも、
事実頭脳明晰で多芸なスタペーリャの手助けあってこそ。
またスタペーリャはその有能ぶりから、
モンスター用可変式パワードスーツ
『エクソスケルアーマー』の開発にも部分的乍ら携わっており、
後にカーネイジ・バグの頼れる相方ユガワとなる機体もまた、
彼女が記念日に贈った代物に他ならない。
『いやはや全く、ともあれ二人とも無事そうで何よりだ。
此方もこの五年間で色々とあってねぇ。
出会いもあれば別れもあり、
死んだ奴がいる一方、新たに産まれた命もある……。
どうだね、好かったら上がって行っちゃくれないか。
積もる話もあるし、
部下たちにも君らの元気な姿を見せてやりたいんでね』
『有り難うございます。では、お言葉に甘えて』
[お邪魔致しマス~]
そうして毒虫らは、
案内されるままスタペーリャの自宅兼ラボたる豪邸へ足を踏み入れる。
――そしてまた、暫く後――
『――なんてこった、そんなことがあったのか。
それは大変だったねぇ。よく無事だったものだ』
『ええ、全くです。
正直、最初の二年間は本当に酷かったもんで、
自分の未熟さとか弱さ、不徳ってんでしょうか、
そんなもんをイヤって程思い知らされましたよ。
本当に、ユガワさんが居なかったら……
てか、彼女が自我に目覚めてくれてなかったら
いよいよマジで危なかったなあ、と』
[買い被りデスヨ、Mr.シオタニ。
私の行動は飽く迄アナタの補助、
仮にそれらが的確で素晴らしいとすれバ、
それは持ち主たるアナタが私を適切に扱イ、
素晴らしき自我に目覚めさせて下さったが為でショウ]
『そうだねぇ。
エクソスケルアーマーのAIが自我に目覚める場合、
その人格や能力は持ち主にとって
最も理想的な部下として形成されるが、
さりとてAIの自我が優秀だからといって
持ち主が相対的に無能とは限らないんだよ』
『と、仰いますのは?』
『そのままの意味さ。
他の所有者からの報告事例を参照しても、
持ち主が無能であるならば、
自主的な成長を促すべく厳格・冷酷な性格になったり、
さもなくば持ち主が世話をせざるを得ないような、
伸び代を残した未熟な部下になる傾向にある。
とするとユガワくんが優秀なのは、
即ちシオタニくんからよい影響を受けた結果だろうさ』
場面はペルタトゥーム邸の客間。
五年の時を経て再会した毒虫らと医学博士は、
積もる話に花を咲かせた。
互いの近況を語らい、
過去を偲び未来に想いを馳せれば
時が経つのも一瞬……
程なくスタペーリャの都合により
惜しまれつつも中断されたものの、
三者は間違いなく濃密で有意義な時間を過ごしたのであった。
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