Dungeon3 キリングファイト・オブ・カーネイジ・バグ

Floor3-1/3[バトル・オブ・ナイトネヴァーカム・プラネット]

――前回より――



『――キシュルルルララァァァアアッ!』



 ユーシャーにより家族を喪い、

 自らも死の淵に追い込まれたものの、

 謎の"変異"により人外と成り果て、

 ユーシャーに対抗する"力"を得た青年

 シオタニ・シウンゲン……。


『……オイッス、お初です。

 我"カーネイジ・バグ"に御座い……』


 脳裏に浮かぶイメージのまま殺戮虫カーネイジ・バグと名乗った彼は、

 怨敵クイーン・ミサンドリの配下である

 チーム『鎚不壊美』の下っ端女ユーシャー二名を殺害。


(喪ったものは余りに多く、取り返しようもありはせん……

 だがなればこそ、新しく得たものは尊ばんとなァ……)


 心身共に化生と成り果てた事実を理解した彼は、

 人間としての確かな平穏とささやかな栄誉を捨て、

 使命感じみた憎悪の侭にユーシャーを殺し回る

 悪逆非道の道を歩むと決意した。


(できることを、できる限り……

 そうすれば自ずと答えは見えて来よう……)


 そんな彼の、悪と暴力に塗れた生涯の記録……

 この物語を言い表すなら、恐らくそんな所であろうか。



――そしてまた、月日は流れる……――


 シンゲンがカーネイジ・バグと名乗り始めて幾年か過ぎた頃。

 様々な戦いや出会いを通じて成長した彼は、

 また同時に己自身への理解をも深めつつあった。


 自身が『元人間のモンスター』であること……

 モンスターとしては『ペンドラゴノイド』なる種族であること……

 モンスター化しても『ムードメーカー』以外のスキルは増えず、

 然しその代わりなのかモンスター特有の『アビリティ』なる力を得たこと……

 アビリティは

 『人間への擬態』『首と尾を自在に伸縮させる』

 『鰓の形成』『無数の小さなムカデに化ける』

 『手足の指や、首と尾に生えた無数の節足から毒を出す』

 等の小技で占められていること……

 これら以外にも様々な情報を、

 彼は己自身への理解によって深めていった。


『「他人よりまず自分をよく知りなさい。

  自分について知り過ぎて困ることはない」か……。

 お師匠の教えをこうした形で実感するとは夢にも思わなかったな』


 思い起こされるのは、

 シオタニ分家の面々でも特にシンゲンが敬愛してやまず、

 生涯の師とまで仰いだ老婆ミカコの存在。

 老舗保険会社『トヨクニ生命』の伝説と呼ばれた彼女の金言は、

 モンスターと化して尚彼の心に残り続けていた。



――西暦3257年某日 異星型ダンジョン『常昼惑星ナイトネヴァーカム・プラネット』――


 惑星全域と周辺の宇宙空間をも探索可能な"異星型ダンジョン"。

 希少なトレジャーが多く経験値も獲得しやすいそこは、

 反面特異な環境で独自の進化を遂げた強大なモンスターが犇めく等、

 総じて生半可なユーシャーに生存を許さぬ領域である。


「ジュウエエエエエエッ!」

ゥゥッ!』


 此度カーネイジ・バグが降り立ったのは、

 そんな異星型ダンジョンの代名詞たる『常昼惑星』。

 周囲を複数の恒星に囲まれたこの星は、

 その名の通り全域が常時白昼の如く陽光に照らされており、

 日が暮れることは決してない。


禰埜デイヤアッ!』

「ゴウハァッ!?」


 最低気温摂氏40度。

 年間降水日数最長20日。

 最高湿度20パーセント。

 生命力や適応力の高さに定評があるとは言え、

 ムカデ故に高温と乾燥が苦手なペンドラゴノイドカーネイジ・バグにとっては

 紛れもなく生存に適さない過酷な環境であった。


「っ、まだだ……! 俺は退かんぞーッ!」

『尚も向かって来るか。

 ……それもまた良し!』


 だがそんな苦境にあって尚、

 カーネイジ・バグは弱った素振り一つ見せず

 眼前の敵と一進一退の攻防を繰り広げる。


 相対するは大物ユーシャー『Gグラップラーペリドット』

 全身に体毛がなく緑色の皮膚に覆われた、

 ともすれば到底人間とは思えぬ風貌の偉丈夫である。

 源氏名通り格闘の達人である彼は、

 セネガルの打撃格闘術ボレイをアレンジした我流の徒手空拳に

 様々な魔法を織り交ぜて戦う言わば"魔法拳士"。

 またその戦法と相性抜群の強大なパッシブスキルをも有し、

 結果数多の強豪モンスターを葬ってきた彼の実力は、

 当然カーネイジ・バグにとっても脅威となる。


「ヅゥアアアアア!」

卦鋭ケエイアアアッ!』


 突き出された拳と拳は、

 示し合わせたが如く真正面から激突。


「グウウアアアアッ!?」

『ッグんぬオォぉぉッ!』


 生じた破壊力は、双方の腕を粉砕。

 損傷は肩にまで及んだ。


マズいっ……!)

(……一先ず退くか)


 これを危険と判断した両者は、

 体勢を立て直すべく一旦後方に跳躍し距離を取る。


(早く、早く修復しなくてはっ……!

 この炎天下で水分を喪ってはいかんっ!)

(これは……切断も已む無しか)


 目下の課題は負傷部位の治療。

 といって、両者が負った傷は深く

 並みのユーシャーやモンスターでも大抵

 独力での治療は諦めるのが常なほど。

 或いは戦闘の中断さえ視野に入るのだが……


「……ここで終わってなるものかっ」

『待てよ、カレー粉が余ってたかな……』


 断じて"並み"でない両者は、

 空く迄治療した上での戦闘継続を試みる。



「クリエイト・アクアスフィア」


 Gペリドットは手始めに魔法で水を生成する。

 空中浮遊する直径一メートル前後の水でできた球体は、

 それそのものが視覚的な涼を齎すある種の芸術。

 だが当然、その用途は別にある。


「水よ、光よ、俺に力を……!」


 上着を脱ぎ捨てた彼は、

 潰れていない腕を水の球体へ突き入れる。

 指先が割れて白い触手が水中をうねる度、

 新緑の体躯は光を帯びて鮮やかに輝き、

 球を成す水は瞬く間に吸い込まれていく。


「ぅおお……漲るぞっっ……!」


 球体が縮小するにつれ皮膚は青々と色付き、

 傷付いた片腕は瞬く間に再生、

 ものの一分足らずで傷跡一つ残さず回復した。


「よし、何とかなったな……」


 これぞGペリドットの持つパッシブスキル

 その名も『フォース・オブ・クロロプラスト』である。

 元々は体内の葉緑体を用いた光合成で

 肉体強化や魔力・体力回復を行えるようになるスキルだが、

 彼は鍛錬と研究によりスキルの機能向上に成功。

 身体から生やした根で水分や養分を吸収し

 暗所でのエネルギー供給が可能になった他、

 植物細胞の持つ細胞全能性をも再現したことで

 驚異的な再生能力をも手に入れるに至っていた。


(……とは言え、安定性に欠けるか。

 肥料をケチった弊害だな。

 少し休ませて魔力を馴染ませんと……)




(……やっぱり反則的だな。

 ただでさえ地の利が向こうにあるってのに……)


 一方、対するカーネイジ・バグも腕の治療を試みていた。

 但しその方法は、余りに衝撃的なのであるが……


『……フンッ!』


 まず潰れた腕の付け根へ麻酔薬を注射した彼は、

 既に崩壊し機能喪失したそれを力強くもぎ取った。

 この時点でまさに人ならざる怪物の所業であるが……


『……うん。カレー粉だけで十分そうだな。

 期限切れ近いし、もう使い切るか』


 取り出したるはパック入りのカレー粉。

 業務用と思しきそれを、

 毒虫は事もあろうにもぎ取った自らの片腕へ丹念にまぶし……


『グッはァァ〜ァがぐっ、

 ゴっ、んん、ぐっんっほんっ……』


 大食漢が大ぶりなパンを平らげるが如く

 その毒牙と大口で噛み砕き貪り食らっていく。

 所要時間実に十秒足らず。更に……


『ヅンヌゥゥッ……!』


 その直後、欠損した彼の片腕は瞬く間に再生する。


『……やっぱりカレー粉だな。

 他の調味料にはない薬効があるし、

 何より味と匂いが強くウマいのがいい。

 「極限状態のサバイバルで一番必要なものはカレー粉」

 とはよくぞ言ったものだ』



 斯くして瞬時に治療を終え、

 万全に持ち直した猛者らは再び激突の時を迎える。


 果たして、夜ない星で勃発した凄絶な戦いを制するのは……

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