Floor3-2/3[ユーシャーズ・レゾリューション/モンスターズ・ディスィージョン]

――前回より・異星型ダンジョン『常昼惑星ナイトネヴァーカム・プラネット』――


 驚異的な腕の治療(?)より程なく再開された

 Gグラップラーペリドット対カーネイジ・バグの戦闘は、

 拮抗状態から一転、魔法拳士側の優勢に傾きつつ激化していく。


「喰らえッ!

 エナジー・バーストブレス!

 ッガアアアアアアッ!」

『ぬぅお、っとぉ!

 ……これではどちらがモンスターかわからんな』


 上空に浮かぶGペリドットによる光線状の攻撃魔法。

 乾いた地殻をも焼き切らんばかりの破壊力を誇るそれは、

 ブレスの技名通り彼の口腔内から放たれた。


「まだまだ行くぞ! スパイラル・レイ!」

『また光線かっ!』


 続け様に放たれたのは、

 黄金色に輝く多重螺旋状の魔法光線。

 エナジー・バーストブレスより細く、

 一見すると威力も低そうなその魔法は、

 然し着弾と同時に山一つも吹き飛ばさんばかりの大爆発を起こす。


『づおわらばーっ!?』


 回避直後の不意を突かれ爆風を受けたカーネイジ・バグ。

 二百キロ以上ある彼の巨体を軽々吹き飛ばす辺りに、

 爆発の凄まじさが見て取れる。


(……参ったな。

 格上で地の利があるだけでもキツいのに、

 まして飛び道具主体になられた挙句、

 空まで飛ばれたんじゃ手の出しようがない……)


 どうにか土煙の中に身を隠したカーネイジ・バグは、

 予想を遥かに超える苦境に頭を抱える。


(……やっぱり、やるしかないよな。

 逃げ続けるのも限界があるし、

 ああいうタイプを下手に生かしておくと後が怖い。

 できればあんまり使いたくないんだが……)

「くっ! よく見えん!

 ええい、吹き飛べっ! ウィンド・ブラストォ!」


 毒虫が意を決し動き出すのと同時、

 魔法拳士の起こした突風が土煙を吹き飛ばす。

 必然、毒虫の姿は白日の下に晒されるが……


シャアッ!』


 肉食獣が如き四つん這いの姿勢で身構えた彼は、

 風が吹き抜け終えるのと同時、

 素早く尾を振るい"何か"を放つ。


「何っ!?

 くっ、アンブッシュ・フレア!」


 弾丸宛らの速度で飛ぶ"それ"を、

 魔法拳士は咄嗟の火炎弾で爆破し打ち消す。


(やっぱり一発じゃダメだよな〜)


 カーネイジ・バグは自らの判断を悔いた。

 如何に魔法発動直後の隙を狙ったとは言え、

 相手は大手ユーシャー・クランの顔役を務める実力派。

 真正面から放たれた一発の飛翔体如きに、

 遅れを取ろう筈もない。


(『効率化と横着は似て非なるもの。

  真摯かつ誠実に努力し、

  正しい道を見出すのが効率化。

  真摯さも誠実さもなく努力もせず、

  不当に手を抜くのはただの横着。

  努力は幸福と利益を呼び、

  横着は災厄と損害を招く』……)


 脳裏をよぎるのは、

 嘗て師と仰いだ老婆ミカコの教えであった。


(まさに今の私じゃないか。

 どんなに些細で簡単な事柄でも、

 軽んじて横着すれば致命的に失敗しかねない。

 まして圧倒的格上の戦闘者とやり合うなら猶更……)

「どうしたどうしたどうしたぁ!?

 さっきの飛び道具は一発きりかぁ!?

 そんなものでこの俺をれると思っているのか!?

 甘いぞ虫けらァァァ!」


 雨霰と猛烈に放たれる攻撃魔法を掻い潜りつつ、

 カーネイジ・バグは自身の首と尾

  ――厳密にはムカデの胴部分――

 に意識を集中させる。


 仮に本作が漫画や映像作品であるか、

 小説であれ挿絵の一つでもあったならきっと、

 読者諸氏は彼の長い尾の中に一つ、

 片側の節足を欠いた体節があるのを確認できただろう。

 というのも……


(安易に乱射していると

 案外すぐ"弾切れ"しそうで怖いんだよなぁ)


 毒虫が先程発射した飛翔体……

 その正体とは、

 事もあろうに彼の首と尾を成す各体節に生えた

 杭の如き節足計九十四本、その内の一本だったのである。


(節足動物型モンスターの種族アビリティ

 その名も『節足射出』……

 正直初めて知った時は微妙な気がしてたけど、

 いざ試してみたら痛くないし連射できるし結構飛ぶしで

 案外使い勝手良かったのには驚いたよなぁ……。

 まさか初の実戦使用がこんな強豪相手になるとは思わなかったが)


 ただ、如何に気安く連射できようとも、

 事実身体の一部が欠損している事実に変わりはない。

 なればこそ乱用はできぬと慎重になった結果が、

 つい先程の呆気なく不発に終わった狙撃であったのだ。


(気軽に再生できるなら弾幕だって張れただろうが、

 現状を鑑みるにそうは問屋が卸しちゃくれない。

 つまり残りの装填数は精々九十三発……

 例えば銃撃戦メインのゲームで唯一手持ちの、

 それも連射前提で火力低めな鉄砲の弾って考えると

 正直心許ない数だよな~。

 まして空飛んでて実質射撃縛りのついた強豪ボス相手ともなると……)


 不安はある。否、寧ろ不安しかない。

 正直な話、Gペリドットとの遭遇からして本来想定外である。

 もしこれが実戦でなかったら……

 それこそ中断や再挑戦が容易なゲームであったなら、

 彼は間違いなく戦闘を放棄しこの場から逃げ出していただろう。

 だが事実、此度の戦いは命懸けの殺し合いである。

 中断は困難。仮にできたとして、再挑戦はほぼ不可能。

 その他諸々の事情も考慮するに、結論は一つ。


(……やるしかない。

 例えどれほど無茶をしてでも、勝つしかない!)


――『背水の陣での唯一無二の解は成功である。

   追い詰められたとて諦めず抗い続けよ。

   失敗は死、諦観は死と思え。

   限界まで必死に、恥も外聞もかなぐり捨てて挑め。

   結果何がどうなろうと、

   一先ずその場で幾らか成功できればそれでよい。

   その後の事柄などは、存外その後が案ずるものだ――


(――生涯に何度か、そんな時もあるのだと思え』

 ……お師匠。私は実感しています。

 今こそまさに貴女の仰る『そんな時』の一度だと!)


 脳裏に過るミカコの教えが、毒虫の覚悟をより強固にする。


(染み入れ、毒よ。

 我が歩脚アシの隅々まで……!)


 尚も続く猛攻を掻い潜り続けるカーネイジ・バグは、

 残された九十三の節足一本一本へ、自らの毒を浸透・充満させていく。

 これは『前脚を毒牙へ変化させる』独自の進化を辿りし

 限られた毒虫の形質を持つモンスターのみに許された種族アビリティ

 『四肢毒牙化』によるものである。


 斯くしてカーネイジ・バグは実質

 計九十三発の連射可能な特大毒矢をその身に備えた

 『生ける連射式クロスボウ』と化す。


(チャンスは僅か……速攻でカタをつける!)


 決意のまま、毒虫は疾走する。


「ぬわっ!? なんだ、いきなり加速しただとっ!?

 くそっ! ちょこまかと鬱陶しい!」


 その動作、巨体を物ともせず極めて俊敏。

 武芸百般たる戦闘の達人たるGペリドットをして、

 肉眼での補足を諦めかける程であった。


(くっ、俺の目で捉えられんだとっ……!?

 これでは、まともに狙い撃てん!)


 巨躯の毒虫が決死の覚悟で戦いに臨む一方、

 新緑の魔法拳士もまた眼前敵の討伐に生涯を賭けていた。


(いかん……いかんぞっ……!

 このままでは逃げられてしまう……!

 それだけは、それだけは絶対に避けなければ!


 このGペリドット……

 もといクラン『仙亀七星会』が七宝玉の一人、

 コガ・トウシロウの名にかけてッ! 何としてでもっ!

 俺はあの虫けらを始末せねばならんのだーッ!)


 声なき独白にも関わらず、

 大気を震わせ血反吐を吐かんばかりの気迫。

 元来冷静沈着で聡明、指揮官や参謀の才にも優れる彼にしては、

 聊か異常にさえ思えてしまう有り様であるが……

 この魔法拳士がそうまでしてカーネイジ・バグ討伐に心血を注ぐのは

 明確な信念と大義に基づく、決して譲れぬ覚悟が故であった。


(ここ最近多発するユーシャー惨殺事件……

 僅かばかりの証拠や目撃証言からして、

 その下手人はヤツと見て間違いない!


 事実ヤツ自身グリーティングで

 『ユーシャー殺し』を名乗ったのが何よりの根拠!

 ともすればヤツがいつ我がクランを標的したとて可笑しくはない……

 否、ヤツは何れ確実に我ら『仙亀七星会』の脅威となるだろう!


 無論、我がクランは一流の精鋭揃い。

 まして俺はともかく他の七宝玉が

 たかがペンドラゴノイド風情に苦戦しよう筈もあるまい。


 されどクランに属する大多数は、

 未来を担う訓練生や、

 縁の下で組織を支えてくれる従業員たちだ!

 彼らは戦う力に乏しいか、或いは全くの非力……

 ペンドラゴノイドの一匹程度とて紛れもなく脅威となろう。


 ともすればこの俺が、彼らを守らねば……

 組織の未来を背負って立つ彼らを、

 何としてでも守り通さねばならんっ……!


 そう、例えこの命を散らす結果となろうともなァッ!)



 斯くして激化の一途を辿る戦いは、

 いよいよ結末に向かって加速し始める……。

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