Floor3-3/3[グラップラー・ペリドッツ・テスタメント・トゥ・カーネイジ・バグ]

――前回より――


 夜のない地球外ダンジョン『常昼惑星ナイトネヴァーカム・プラネット』にて勃発した、

 魔法拳士"Gグラップラーペリドット" 対 毒虫"カーネイジ・バグ"の激闘。

 両者一歩たりとも譲らず、ただ己の信念と覚悟のまま、

 各々の目的が為、

 悪意で練り固め敵意で研ぎ上げた殺意を以て互いの命を削ぎ落とす……

 或いは闘争ならぬ殺し合いじみたそれは、

 ある一時を境として加速度的に終焉へ舵を切る。


 戦況が大きく動いたのは、

 毒虫の覚悟から実に一時間近くも経過した頃であった。



『ッッッ~~シャアアエイッ!』

「ぬおっ、間に合わッ――ぐぎああっ!?」

『よし、命中ッ!』


 攻撃魔法を掻い潜った毒虫による、何度目かの射撃。

 実に十数余り、残数の半分以上を消耗したそれらが遂に、

 魔法拳士の身体へ突き刺さる。


「ぐうっ……なんだ、これはっ!?

 飛行魔法が、維持できんっ……!」


 突き刺さったのは全体の一握りなれど、

 それでも疲弊した新緑のユーシャーには十分過ぎた。

 事実、節足の傷と仕組まれた猛毒は彼を蝕み、

 飛行魔法を維持できぬ程に弱らせる。


(……やれやれ。えらく時間はかかったが、

 どうにか地上へ引き摺り下ろすのには成功したな。

 光合成で回復されるとめんどくさいし、

 手っ取り早く仕留めないと……)


 だが未だ油断はできず、

 実際空を飛べぬ程弱ったとてGペリドットは依然強敵であった。


「飛べん程度がなんだっ、

 この程度の苦境なんぞ死ぬほど経験してきたわ!

 いや最早この程度

 この俺にしてみれば苦境の内にも入らん!

 かかって来い虫けら! 最早技も魔法も無しだ!

 このGペリドット、コガ・トシロウが素縊り殺してくれる!」

『本名まで名乗るとはエラく気合が入ってるな。

 ならこっちも名乗らせて貰おう。

 私はカーネイジ・バグ。本名はシオタn――

「ジュウウウエエ!」


 一周回って冷静な毒虫の名乗りを遮って、

 魔法拳士は暴力的に突撃する。


(程なく死ぬかもしれないんだし、

 名乗らせてくれたっていいじゃないか……)


 毒虫は内心不平不満を零しながらも突撃を躱す。

 最終局面に入ったものの、

 どうやら闘争はまだまだ長引きそうである……。


――暫く後――


 極限状態のまま殺し合うこと、約三十分。

 遂に"その時"は訪れた。


「我がクランの為に……

 大切な部下と子供たちの為に……

 死に晒せ、カーネイジ・バグッ……

 ジュウエエエアアアアア――」


 満身創痍の魔法拳士は、

 毒虫目掛け最後の特攻を仕掛ける。

 信念と覚悟、

 そして残る命そのものをも込めた、全身全霊の一撃……!


 だが……


ッ、ゥッ!』

「――ぐぇあ!?

   がっ、ぶばっ……!」


 待ち受けていた展開は、余りにも無情。

 長い首を伸ばしくねらせ、

 一歩も動かず距離を詰めた毒虫は、

 そのまま魔法拳士の喉元へ容赦なく毒牙を突き立て……


刳留々グルルァ、ッァァッ!』

「――――■■■■■■■ッッッ!?」


 そのまま噛み潰し、食い千切る。

 魔法拳士は声にならない苦悶の声を上げ、

 口と傷口から鮮血を撒き散らしながら倒れ伏す。


「ぐっぶげがあっ!?」


 彼の負わされた傷は余りにも深く致命的で、

 負傷や疲労に毒の作用、失血もあり

 光合成程度の回復では最早助かりようがない。


『……勝ったん、だよな。私が』


 一方、戦を経た毒虫の口から出たのは

 不安感や疑問を含んだ一言。

 勝敗は決した。

 間違いなく自分の勝利だと脳では理解しているのに、

 その事実を内心疑わずにいられない。


(そうだ。経緯なんかはどうあれ

 私はあのGペリドットに勝ったんだ。

 まずはその事実を実感すべきだ)


『よい出来事があったなら、

 余計なことを考えず、

 ただその事実を実感する時が必要である』

 ……それもまた、ミカコからの教えであった。


(で、実感するのはいいとして……

 ともかくこんな場所からはさっさとお暇しないとな。

 奴はほっとけばあのまま死ぬだろうし、

 こんな場所に留まる理由はない)


 何より自身とて到底万全とは言い難く、

 照り付ける日差しと乾燥した熱気が

 今尚傷付いた身体を蝕んでいる。

 程度の差こそあれ、

 長居が命に関わるのは彼とて同じなのである。


(Gペリドットこと本名コガ・トウシロウ、か。

 今まで殺して来たユーシャーとは何もかも違う奴だったな。

 紛れもない強豪で、悪事に手を染めず、義を重んじて……

 まさに「ユーシャーのあるべき姿」を体現してるような……)


 此度の勝利はまさに奇跡だと、

 改めて生存できた事実を噛み締めながら

 カーネイジ・バグはその場を立ち去ろうとする。

 だが、その時……


「……っ……待てっ……!」


 ふと、散々聞いた声に呼び止められる。

 思わず足を止め振り向けば、

 声の主はやはり倒れ伏すGペリドットその人であった。


『……どうしたヒーロー。

 勝負はついただろう、貴様はもう戦えん。

 それともまさか、

 まだ終わってないとでも言うつもりか』

「……勿論、承知の上だ。

 俺自身誰より理解しているさ、

 もう戦えんし、助からんとはな。

 貴様の勝ちだ、カーネイジ・バグ」

『随分と潔いな。

 だがなら何故呼び止めた。

 よもや貴方程の男が、

 モンスター如きに助けを乞うワケもあるまい』

「……話だ。貴様には幾らか、

 話さねばならんことがある。

 貴様の答えを聞かずに、俺は死ねん……!」

『ユーシャーが今際の際にモンスターと対話か。

 どうにもおかしな話だが……まあいい。

 なら話すがいいさ。

 可能な範囲でなら答えてやれるから』

「……すまんな」

『礼は要らん。手短に済ませな』


 植物に近いが故のしぶとさか、

 死に際乍らやけに饒舌な魔法拳士は、

 訥々と語り始める。


「まず訊くが……

 カーネイジ・バグよ、貴様は何故ユーシャーを殺す?

 確かにモンスターは本能で人間を敵視し攻撃するものだが、

 こと貴様は例外というか

 どうにも『モンスターだから人間を攻撃する』クチには見えん……。

 何か理由があるのではないか?」

『そうだな……事実貴方の指摘は正しい。

 というのも私は、

 別段然程人間を敵視してもいなくてね。

 殺すのは原則ユーシャーだけ……

 或いはユーシャーに限らず、

 殺したい奴と殺さねばならん奴を殺せればそれでいいと思ってるんだ。

 そう思う理由は多分、

 私が元人間だからなんだろう』

「元人間、だと……?」

『ああそうさ。

 ……だからまあ、

 例えば貴方の家族や仲間なんかを

 ただ人間だからってだけで鏖にはしないだろうよ』

「……そうか。

 俺は元人間のモンスターなど、

 目前の現実から逃げ人間を捨てた惰弱な連中と思っていたが……

 其の実貴様のような、

 信念ある強者も決して少なくはないのだろうな……」

『買い被りだよ。

 別にそんな崇高なもんじゃない』

「……謙遜か。益々実感したぞ。

 やはり貴様だ。貴様になら、安心して託せる」


 何やら確信に至った魔法拳士は、

 最後の力を振り絞り毒虫へ伝える。


「カーネイジ・バグ……貴様は強い。

 そして信用に値する。

 恐らく、貴様自身が思っている以上にな。

 だからこそ、頼まねばなるまい……」

『なんだいきなり。

 話の流れがよくわからないんだが、

 頼み事だって?

 ユーシャーがモンスターに?

 正気か?』

「……我乍ら馬鹿げた話とは思うが、

 然し事実、貴様に頼む他にないものでな……」

『……どうやらエラく逼迫した状況らしいな。

 聞き入れる確証はないにしても、

 話だけなら聞いてもいいぞ』

「そう、か……すまん、な……。

 それで、だが……

 俺が貴様に、頼みたいのは――」


 魔法拳士の秘めたる"頼み"……

 当初毒虫は

 『ただ単に気になるから』耳を貸したに過ぎなかった。


(なんてこった……)


 だが実際その具体的な内容、

 そして魔法拳士の悲惨な過去を知った彼は

 『この手を振り払ってはならぬ』と決意する。


『わかった。聞き入れよう。

 必ず成し遂げてみせる』

「……そう、か……。

 やって、くれるか……。

 ……すま、ない……

 頼んだ、ぞ……」

『任せろ。

 藁にも縋る程の想い、

 不肖このシオタニ・シンゲンが引き継がせて貰う。

 だからコガ・トシロウ、

 貴方はもう無理をしなくていい。

 殺した手前こんな事を言うのも何だが、

 せめて安らかに眠ってくれ……』

「――……ああ……――

 ――……恩に、着るぞ……――

 ――シオ……タニ……――」


 か細い声で紡がれるのは、純粋な感謝。

 そこが限界だったのだろう、

 新緑の魔法拳士は遂に事切れる。


 そして見るも無残に変わり果てた彼の骸は

 乾いた風に溶けるが如く、跡形もなく消え去った。


(……帰還魔法、か。

 できれば埋葬してやりたかったが……

 そりゃこんな奴に葬られるよりは、

 ホトケだろうと仲間の元へ戻れる方がずっといいよな……)


 敵乍ら尊敬に値する男の死を看取り、

 カーネイジ・バグは思案する。

 『果たして此度の殺しに義はあったのか』と。

 もしかすれば、或いは自分なら、

 彼を殺さずにこの戦いを終わらせられたのではないか?


(そうだ。

 私の「ムードメーカー」は、

 周囲の雰囲気を支配下に置くスキル。

 例え私の意識がない時であっても、

 全自動で場の雰囲気を私にとって最適な形に保つ。

 だったら私が彼の生存を望めば或いは、

 彼も生きて仲間の元へ帰れたかもしれない……)


 そこまで考えて、毒虫は独白を中断する。


(……やめよう。

 今更何を考えたって、

 所詮はただの想定たらればだ。

 そもそも私のスキルはあくまで場の雰囲気を支配するだけ。

 「自分の攻撃が命中する雰囲気」の中でも外す時は外すし、

 「特定の行動を取らなきゃいけない雰囲気」の中でも

 実際そうするかは各自で決める……

 どんな雰囲気だって、所詮は雰囲気に過ぎないんだ。

 ……ま、等級最下位の補助型スキルなんて

 所詮は"そんなもん"ってこったな)


 割り切った彼は気持ちを切り替え、

 未来を見据えて歩き出す。

 進む毒虫の脳裏に過るは、

 やはり亡き師の尊い教え。


「『過去は過去。

  無理だったものは無理なのだから、

  思い悩むのは徒労と思え』……

 本当に貴女の仰る通りです、お師匠様」


 日差しが眩しい。

 いよいよこの星から出ないことには、

 誇張抜きに命に関わるだろう。


「……差し当たっては休息と治療が最優先だな。

 後のことはそれから考えよう」


 さてどうしたものかと思案しながら、

 毒虫は音もなくダンジョンから姿を消した。

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