Dungeon4 ヨマセシティ・ザ・ピースフル・ホットスプリング・パラダイス

Floor4-1/4[カーネイジ・バグ・イントゥ・ザ・ホットスプリングタウン]

――前回より――


 ユーシャーとモンスターが日夜争うこの世界では

 『ダンジョン』と聞けば

 誰しも戦いの場をイメージしがちであるが、

 然しその実ダンジョンは元来空く迄

 モンスターの生活圏に過ぎない。

 よってどこもかしこも例外なく

 常に血腥く殺伐としているとも限らないのである。


 例えば、文明を築き得る程に知能が高く、

 加えて秩序や平和を重んじる"穏健派"らが多く暮らすダンジョンなどは、

 得てして殺伐とした雰囲気とは縁遠く、

 長閑で牧歌的であったり、

 様々な産業で栄え活気に溢れていたりする。


――西暦3257年某日・都市型ダンジョン『巨大温泉街・与魔施シティ』中心部――


『何時も乍ら賑わってるな〜。

 傷の痛みも忘れそうになっちまうよ』


 荷物を担ぎ呟くのは、

 お馴染み(?)本作主人公を務める

 ユーシャー殺しの毒虫カーネイジ・バグ。


『然し流石はダンジョンの玄関口「ゲート」周辺。

 色々な施設が所狭しと並ぶ様は

 宛ら建造物群でできた巨大な芸術作品の如し、か……』


 前回ラストから暫し後……

 魔法拳士Gペリドットとの激闘を制した彼は、

 理由ワケあって数多ある『平和なダンジョン』の代表格たる

 山間の温泉街、与魔施シティを訪れていた。


『とは言え観光は後回しだ。

 まずはこの傷をどうにかしないとな……』


 読者諸君はとうにお察しであろうが、

 平然と動き回るカーネイジ・バグはその実深手を負っていた。


 例えば、まさに大ムカデの胴体然とした彼の"首と尾"……

 本来そこに生え揃う節足は九十四本であるが、

 Gペリドット戦にて連射し過ぎた為、

 今現在は僅か三十七本にまで減少している。

 その他、全身各所には骨折や臓器損傷が見受けられる等、

 単独で行動できているのが不思議なほど

 彼の身体は傷だらけであった。


『ここから最短距離で辿り着けて、

 かつ治療に最適といったら……

 やっぱりあそこしかないよなぁ』


 端末の地図アプリで最適解を見出した毒虫は、

 様々な種族の観光客や商人らでごった返す大都市を、

 巨体に見合わぬスムーズな動きで進んでいく。


 その様たるや、

 宛ら入り組んだ荒地を這うムカデの如く。


(一先ず、無事に済むよう祈ろう。

 果たして神とやらが私を守ってくれるかというと

 今一確証はないわけだが……)


――少し後――


(久しぶりだな。特に変わってなくて安心したよ……)


 場面は与魔施シティの一角に建つ

 温泉宿『ワッパーサンド』のロビー。

 カーネイジ・バグの行きつけであるこの宿泊施設は、

 格安乍ら施設の充実ぶりが凄まじく、

 腕の立つ従業員らによる丁寧なサービスにも定評がある。


 中でも特に目玉とされるのは浴場……

 より厳密にはその湯舟を満たす"薬湯"である。

 与魔施シティ各所から湧き出す天然温泉に

 多種多様な生薬を配合する形で製造されたそれは、

 準備や治療そのものに膨大な時間と手間がかかるものの

 その分純粋な効能に限れば

 下手な回復魔法や医薬品も凌駕する程と言われ、

 湯治目当ての客も多い。


 事実カーネイジ・バグもまた湯治目当てであり、

 効率的な治療・回復の"アテ"は他にあるものの、

 長い目で見た場合の最適解は

 『ワッパーワンドの薬湯』であると考えた為であった。


『お邪魔致しますよ~、っと』

『へいラッシャあせェーお客人ン!

 与魔施が誇る格安宿の王者「ワッパーサンド」へ

 遠路遥々ようこそお出で下せェまし――

 ってェ、シンの字ィ!?

 おう、シンの字じゃねーかィ!』

『お久し振りです、スラップさん』

『オウオウ、久しいなァ!

 いや全く会えて嬉しいぜ俺ァよォ~!』


 やたら派手かつ大袈裟な素振りで毒虫を出迎えたのは、

 様々な廃材を獣型に繋ぎ合わせたような、

 小型犬サイズのモンスター……

 廃物小獣ジャングースのクラップ・スラップ。


 『ワッパーサンド』の支配人を務める彼は、

 その人となりや過去に多くの謎を秘めた多才かつ多芸な傑物であり、

 与魔施シティで知らぬ者はいない重鎮の一人に数えられる。

 彼の功績は数多いが、特筆すべきはやはり薬湯関連であろう。


『ぶっちゃけちめェがよォ~シンの字ィ~

 俺ァ正直おめーさんが心配でしょーがなかってンだぜェ?

 何せあの嫌な事件から早五年も経つっつーのに

 おめーさんと来たらその間ァ

 ず~っと顔出さねェまんまだってンだからなァ。

 よもやどっかでテキトーな腐れユーシャーにブチ殺されちまってんじゃねーかとか、

 人間上がり嫌い拗らせた純血主義のクソカス化石どもにられちまったのかとか、

 そんなよーな心配ばっかしちまってよォ〜』

『その節は本当にすみませんでした。

 あの頃は事後処理だとかで色々と忙しかったもので……』

『オォウ、そうだったのかァ……

 確かにあんな目に遭っちまったら、そらそーなるか……

 や、ともあれまあこーして顔出してくれたってンなら俺も文句ァねーし、

 何ならよくぞ生きててくれたってンで表彰モンだがなァ』


 カーネイジ・バグの無事が余程嬉しいのか、

 スラップは『これこそ奇跡だろう』

 『何か祝ってやらないとな』などあれこれ口走る。

 だが対面する毒虫の身体を注視した途端、

 彼の面持ちと声色が神妙さを帯び始める。


『……んでシンの字ィ、今日はどうしたィ?

 やけにそこかしこズタボロじゃねーか。

 節足アシ射出トバしちまったにしても、

 骨ァ亀裂れて筋肉スジ断裂けちまって、

 オマケに虫系じゃ滅多に傷つかねーハラワタまで若干潰れてらァ……

 さてはおめーさん、

 またなんかヤベェ件にでも首突っ込んじまってンのかィ?』

『……流石ですね、スラップさん。

 全部お見通しってワケだ……』

『アタボーよぉ。これでも一応は元"瓦礫の魔王軍"の裏方だぜ、

 モンスターの健康状態見抜く程度造作もねぇや。

 ……然しシンの字がこんンなるたァ驚いたな。

 察するに黄金一級か白金三級辺りのユーシャーとやり合ったか?』


 ユーシャーはその実力・実績に応じて等級で区別される。

 大まかには下から

 新人の属す萌芽より始まり、

 鉄鋼、青銅、燻銀、

 黄金、白金、金剛、黒曜を経て

 最上位の英傑と九つ。

 鉄鋼から黒曜迄の七区分は更に

 一級から五級の五段階で細分化される。


『御名答。まさに白金五級の魔法拳士にやられましたよ。

 本当はあんなのとは出会いたくもなかったんですがね……』

『白金五級かァ~。となると比較的古参だな?

 ここ半世紀で白金へ昇格した奴ァ三桁居ねぇし、

 あのブルフィンチ家の当代からして黄金四級って話だからなァ』

『まあ古参ですね。大手クランの弾性幹部格……

 多分スラップさんぐらいの事情通なら

 詳細な経歴とかも知ってるんじゃないかな』

『ふーむ、俺が詳しく知ってる大手クラン幹部で、

 白金五級な魔法拳士の野郎、か』


 少しの間頭を抱えた廃物製の獣は、

 一層神妙そうな態度で口を開く。


『……よぉシンの字、場所変えて話さねえかィ。

 こんな表に怪我人の客長々立たせとくのもアレだしよォ。

 どうせ療養序でに暫く泊まってくンだろ?

 その感じだと薬湯の調合にゃ問診が要る……

 奥の方でマッタリと話そうじゃねーかィ』

『有り難うございます。

 では、お言葉に甘えさせて貰いますかね……』


――『ワッパーサンド』応接室――


『――よっしゃ、完ペキだぁ。

 薬湯のレシピはほぼ決まったァ~。

 ものの一時間弱で準備完了だろーぜ』

『ありがとうございます。

 ここの薬湯は本当に最高ですからね。

 久々に入れるとなると楽しみで仕方ありませんわ』


 場面は変わり『ワッパーサンド』最奥にある応接室。

 毒虫との問診を終えたスラップは、

 結果を作業場で控える従業員たちにメールで送信する。

 こうして送られてきたデータを元に、

 従業員たちが生薬の選定・調合を行うのである。


『……で、話戻すがよシンの字ィ~

 オメーさんがやり合ったそのユーシャー、

 よもや「仙亀七星会」の幹部格……

 七宝玉の誰かってこたァあるめぇな?』

『おー、よくぞお気づきで。

 ご指摘通り、相手は七宝玉の一人……

 新緑の魔皇子"Gペリドット"こと

 本名コガ・トシロウですよ』

『オォゥ、なんてこったッ……信じられねェ。

 確かにコガつったら近頃は弱りっぱなしで降格続き、

 早けりゃ年内で黄金まで降格か、

 さもなきゃもっと早く引退ってのが通説だったが……

 とは言えそれでも最盛期は金剛三級

 かつ降格後もバリバリ現役で、

 並みのモンスターにとっちゃ

 遭遇イコール死ぐれーのヤベェ奴じゃねえか。

 しかもコガと言やあ、

 ユーシャーでも珍しい人格者だとかって以上に、

 一度狙った敵は殺すまで逃がさねェ執念深さで知られた男……

 深手を負ったとは言えよォ~シンの字ィ、

 そんな奴から逃げ切れたって時点でおめーさん、

 控え目に言って伝説的な奇跡だぜオイ?』


 どこか上機嫌なスラップは

 『いっそ隣近所も巻き込んで宴でもやるか』と、

 妙に浮足立っていたが……


『あー、いや~そこまで凄くはないでしょう。

 逃げ切ってないんで』

『あぁん? なんだってェ?

 逃げ切ってねえだ~?

 オイオイ冗談キツいぜシンの字ィ~

 だったらオメーさん、

 どーやってあのコガから生き残ったってンだよぉ~?

 まさか

 「拳で語り合って友情が芽生えた」

 なんて言わねェよな――


『殺しました』


  ――え?』


 毒虫の口から告げられた真実に、思わず凍り付き……


『あ……? へ……?

 ころッ、したァ……?』

『ええ、殺しました。

 私自身理解が追い付いてませんが、

 ほんの三時間程前に』

『――』


 そのまま意識を失い、卒倒した。


『ちょっ!? スラップさん!?

 どうしたんですか!?

 スラップさーん!?』

『』

『大丈夫ですか!?

 しっかりして下さい、スラップさーん!』

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