Floor2-4/4[ジ・オリジン・オブ・ザ・カーネイジ・バグ#2]

――前回より――


 場面は、激戦により焦土と化したレストラン跡地。


「……ぁ、っ……!

 なに、よ……こんなっ……!」


 シンゲンに投げられ乍らも軽傷であったため

 密かに持ち直していたメスガキ☆でびる。

 彼女が目の当たりにしたのは、

 目を背けずに居られぬ惨劇であった。


 同僚のブラッド・オイランが殺された。

 それも、

 ユーシャーどころかモンスターですらない、

 ただの死にかけの一般人に、為す術もなく一方的に。


 ユーシャーの絶対性を妄信し、

 非ユーシャーを見下すメスガキ☆でびるにとって、

 それは余りに受け入れ難い出来事であった。

 別段、ブラッド・オイランと特別仲は良くなかったし、

 まして特筆に値する実力者とも言い難い。


 だがそれでも彼女はユーシャーであり、

 つまり最低限、

 非ユーシャーの人間に後れを取ろう筈はないのだ。


 なのに事実、彼女は殺された。

 何ら特別な力のない、

 ただの死にかけた民間人の男に。


「な、んで……なんでぇ……?

 どういうことぉ?

 こんなの、きーてないよぉ……!」


 得体の知れぬ恐怖に震える余り、

 メスガキ☆でびるの全身が竦む。


 最早逃走さえままならぬ彼女だが、

 然しこの程度はまだ序の口であった。


「……」

(ひっっ……! こ、こっちみたっっ……!

 こ、こないでっ……

 たのむからどっかいってぇぇ~!)


 必死に祈るメスガキ☆でびるだったが、

 彼女へ向き直ったシンゲンは微動だにしない。

 そして……


「……!」


 一瞬眼をぐわ、と見開いたその刹那……


「ヌゥゥァッ……!

 ……フウウグルロァアアアッ!』


 直立不動のまま全身が不気味に脈打ち、彼は"変貌"を遂げる。


『――キシュルルルララァァァアアッ!』


 何ともつかぬ咆哮を上げ、

 科学的法則を逸したが如く変形する肉体。

 目にも止まらぬ速さで進行する変異により、

 青年は瞬く間に悍ましき異形へと姿を変えた。


『フぅぅああァーッ……!』


 出来上がった"それ"は、

 見上げる程に大柄で、

 四肢を持ち直立二足歩行する、

 赤黒い百足の化け物であった。


 即ちこの瞬間より、

 保険屋シオタニ・シンゲンはヒトでなくなり、

 ユーシャーに対抗し得る力を誇る化け物と成り果てたのである。


「っ……! そん、なっ……!

 ウソでしょっ、

 こんなことっ……!

 ……そーよ。ウソよ。

 ウソにきまってるわ、こんなっ……!」


 変貌を目の当たりにしたメスガキ☆デビルは、

 余りの衝撃に現実逃避を試みる。

 だが、如何に足掻こうとも

 『眼前の光景が現実である』認識から逃れられない。


 洗脳等、明確に何かが作用している感覚はなく

 ただ漠然と、そのような気分にさせられている……

 或いは『そう在らねばならぬ雰囲気』に

 意識の支配権を奪われたが如き感覚であった。


『……』


 他方、そんなメスガキ☆でびるの心情を知ってか知らずか、

 ムカデの化け物と化したシンゲンは静かに彼女へ歩み寄り……


『……オイッス、お初です。

 我"カーネイジ・バグ"に御座い……』


 手を合わせ、会釈し、厳かに名乗る。

 殺戮虫カーネイジ・バグ……

 変異に際し脳裏に浮かんだ、彼固有の源氏名であった。


(こ、こいつ……

 ユーシャーでもないクセに、

 グリーティングですってぇ~!?)


 シンゲンもといカーネイジ・バグの思いがけない行動に、

 メスガキ☆でびるは面食らい乍ら怒り狂う。

 だが尚も『雰囲気』に半ば意識を支配されている彼女は、

 心中に生じた強烈な義務感に苛まれる。

 即ち……


(……ダメっ。グリーティングはユーシャーにとって、

 シンセーフカシンでじゅーよーなレーギサホー……

 おろそかになんてできるわけないっ!

 されたいじょーは、かえさなきゃっ……!)


 己を苛む義務感から逃れるべく、少女は立ち上がり……


「チョリイス……ミクス-カーネイジ・バグ。

 オハツ、ですわ。

 アは"メスガキ☆でびる"にゴザイっ……」


 女性ユーシャーに伝わるオーソドックスな作法に倣い、

 屈膝礼カーテシーの構えでグリーティングを返す。

 一見して、ふざけ散らかした平素が嘘のようであるが……


「――ぜぇー……はぁー……ふーっ……――

 こンのクソおぢがァッ!

 アンタいったいなんのつもりよっ!?

 オトコふぜーがうちにハムカうとか、

 どーなるかわかってんでしょーね!?」


 舌の根も 乾かぬ内に これである(五・七・五)

 怒りと恐怖心に囚われた彼女は

 錯乱し乍ら早口で捲し立てる。

 それは名目上精一杯の"威嚇"であったが、

 実質は戦わずしてやり過ごすべく講じた苦肉の策……

 即ち、彼女が眼前の毒虫に恐怖しており、

 到底勝てる相手でないと理解している何よりの証拠であった。


『……皆目見当もつかんな。

 だが、一先ず貴様はブチ殺す』


 事実、カーネイジ・バグは冷静沈着であった。

 ……と言ってそもそも、彼の顔面は巨大なムカデそのもの……

 即ち仮に何かしら感情の昂りがあったとして、

 目に見えて表情に出るとは考え難いのであるが……


「はっ!? コっ、コロすぅ!?

 なんでっ!? なんでぇ~っ!?」


 毒虫からの直球過ぎる返しに、

 少女は思わず頭に浮かんだ疑問を口にする。

 さて、対する毒虫の返答は……


『理由は明白。貴様がユーシャーだからだ。

 私はユーシャーを殺す。殺し尽くす。

 その第一歩として、ここで貴様を殺す』

「ひいっ!? なによそれっ!

 こたえになってないっ!」


 実に支離滅裂かつ意味不明、

 返答として根幹から破綻している。


『「答えになっていない」とは言うが、

 それは貴様の私的見解に基づく個人的感想に過ぎん』

「はっ!? なにいってっ! ちがっ!」

『違うのか? であれば何故違うのか、

 信用に値する学術的データを提示しつつ、

 具体的かつ簡潔に説明して貰おうか』

「へっ!?」

『制限時間420秒以内、字数制限2000字以下で頼む。

 非ユーシャーの人間やモンスターには無理難題でも、

 総てでそれらに優るユーシャーなら、

 この程度朝飯前だろう?』

「はぁ!? いやいやいやいやムリムリムリムリ!

 そんなのいわれてもムリだからっ!」

『そうか、無理か』

「そーよ、いくらユーシャーだからって

 できることとできないことがあるのっ!

 テキザイテキショってやつよ!

 できないことをムリにやるのはアクで、

 できることをできるハンイでやるのがセーギなのっ

 これセカイのジョーシキ! わかるかしら!?」

『成る程、適材適所か。

 確かにユーシャーも多種多様なら、

 完璧に万能とは言い切れず個々に適性があるも必然……

 その主張、理解するぞ』


 カーネイジ・バグの出した結論は聊か予想外であったが、

 ともあれメスガキ☆でびるはほっと一息胸を撫で下ろす。

 どうやらこの虫、案外話せる奴らしい。

 ならば交渉次第でこの場をやり過ごせる可能性もあるだろうと、

 少女はそう考えていた。


(そのままホンブにかえったらウエにホーコクよ!

 そうすればあとはカンブのやつらがどーにかしてくれるわっ!)


 仕事を放棄したとなれば幾らかの罰則は免れまいが、

 事情を説明すればある程度の赦免も期待できよう。

 そもそもこんな場所で訳の分からない死に方をするぐらいなら、

 どんな罰を受けてでも生き残った方がずっとマシである。


(そーよ。いきてればなんとかなる。

 いきてればいつかかてる。

 それがたしかなシンジツなのよ!)


 かくしてメスガキ☆でびるは生き残るべく

 カーネイジ・バグとの交渉に臨もうとした。


 だが……


『だったら矢張り、貴様は殺そう』


 毒虫の口から出たのは、

 全く予想外かつ最悪の言葉であった。

 当然メスガキ☆でびるはこれに抗議するが、

 彼の語る所に依ると……


『ユーシャーに向き不向きがあるなら、それ以外も同様だ。

 私は己が何か未だ把握できちゃいないが、

 一先ず元は人間で、今もユーシャーじゃない。

 ならば私にも、できることと、できないことがある。

 今の私にできるのは、貴様を殺すこと。

 そして今の私にできないのは、貴様を殺さず逃がすことだ。

 よって私は、ユーシャーたる貴様がそうしたのに倣い、

 できないことを無理にせず、

 できることをできる範囲でやろうじゃないか。

 それが正義であり、世界の常識なんだから

 当然私もそうすべきだ』

「わァ……ぁぁ……」


 メスガキ☆でびるは諦観した。

 己の死が確定し、生存は有り得ぬと、

 心の底から理解した。


『せめてもの慈悲だ。

 苦痛なく一瞬で逝けるよう

 幾らか努力させて貰おう』

(いらない……そんなハイリョいらない……)


 最早言葉を発するのも馬鹿馬鹿しい。

 何を言ったところでこいつには通用しないのだ。

 ならもう、諦めるしかない。


『ふむ、やはりここは……よし。

 ――アァッ!』


 振り下ろされたるは、カーネイジ・バグ渾身の手刀。

 全身強固な甲殻に覆われている以上、

 事実彼の手足は用法次第で樹木や鉄板も切り裂く刃となる。


 それは初回となる今回とて例外ではなく……


「――ぁ――っっ――」


 メスガキ☆でびるの体躯は一瞬にして両断され、

 一切の苦痛も、

 走馬灯を見たり、辞世の句を読む余裕さえなく

 実にあっさりと絶命した。


『……冥福を祈ってやる。

 精々地獄で達者に暮らせ』


 侮辱的に吐き捨てて、程なく毒虫は姿を消した。


(……一先ず自分が何なのか把握しなきゃいかんな。

 と言って調べるアテもない。はてさて、どうしたものか……)


 斯くして保険屋のシオタニ・シンゲンは

 毒虫モンスター、カーネイジ・バグとして第二の生を謳歌し始める。

 憎悪のままにユーシャーを殺す、血塗られた日々を……


 断じて気楽でなく、かえって過酷ですらあるものの、

 それ故に独特の充実感を味わえもする生活……

 果たしてその果てに、彼は何を見るのであろうか。


(喪ったものは余りに多く、取り返しようもない……

 だがなればこそ、新しく得たものは尊ばなきゃなるまいて……)


 行く先々に何が待とうと、彼の心はすこぶる明るい。

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