Floor5-2/4[パスト・オブ・ザ・トリプル・スラット#1]

――前回より――


 場面は与魔施シティの飲食店『把灸良ワクラ』のテラス席。


『……時にシオタニよ。貴様、ヤマタイ帝国を知っておるか?』

『ヤマタイ帝国……

 やたら嫌味ったらしいちっこいバァさんが魔王をやってる島国型界域ダンジョンがどうかしたのか』


 金髪巨乳の妖狐アブラゲノミクラ・ウナリ(Hカップ)からの思わせぶりな問い掛けに、

 毒虫カーネイジ・バグは雑とも丁寧ともつかない説明を伴って返答する。


 島国型ダンジョン『ヤマタイ帝国』

 異界にもかかわらず何故か極めて"和風"な文化が根付くこのダンジョンは、

 主な住民も日本はじめ東亜圏に伝わる妖怪のような種族であったり、

 独特な言い回し――例えばモンスターを妖魔、ダンジョンを界域、スキルを特能と言い換えたりする――が存在するなど、

 他のダンジョンとは一線を画す独自性で知られている。


『私のことを蛟大百足なんて呼ぶからまさかと思ってたが……そうか、アンタあそこの出身か』

『如何にも。加えて言えば我は貴様の言う"嫌味なちび婆"……

 もといヤマタイ帝国が当代魔王、第八十一代"九尾帝"の孫娘でな』

『へー、あのバァさんの孫か。

 ……もう四年半ほど前か、そっちにお邪魔した時は色々と世話ンなったもんだよ。

 アンタのバァさんにも、他の親戚にもな』


 八十一代目九尾帝と面識がある旨の発言から分かる通り、

 カーネイジ・バグは嘗て少しばかりヤマタイ帝国に滞在していた時期があった。


『話は聞いておる。特に「隻眼将事件」での、まさに英雄と呼ぶに相応しき活躍などはな。

 我が一族はじめ、まつりごとに関わる者どもは皆、

 結果的に貴様へただ働きを強いてしまったのを今も悔いておる程だ』

『……そこまで感謝されるような真似をした覚えはないがな』

[Mr.にしてみればあの事件は所謂アクティビティに過ぎませんノデ]


 『隻眼将事件』

 西暦3252年晩秋にヤマタイ帝国で勃発したこの事件は、

 主犯が将校服を来た隻眼の人物であった為にその名がついた。

 概要としては、文武両道の残忍な女ユーシャー"ブレインウォッシャー"こと

 本名ヴォルフ・コラプトー率いる小規模テロ組織『漆黒なる軍艦』がヤマタイ帝国へ侵攻、

 各所で破壊や略奪を繰り返した……といった具合である。


 少数乍らその何れもが一騎当千の傑物であった『漆黒なる軍艦』は、

 その圧倒的戦闘能力とコラプトーの洗脳スキルを以て各所を次々と侵略・制圧。

 帝国全土を恐怖に陥れたが、

 程なくその場に居合わせたカーネイジ・バグとユガワに襲撃され弱体化……

 死者こそ出なかったものの撤退に追い込まれ、

 結果としてヤマタイ帝国は余所者の手で救われる形となったのである。


『ほう! あの大事件、あの大立ち回りを遊びと称すかっ!

 益々貴様に興味が沸いたぞ、シオタニぃ~

 それでこそ我らが夫に相応しいというものよ♪』

『あれは単に奴らが息切れした所を適当に痛めつけたってだけだ。

 その気になりゃ誰だってできるし、私が居なくても誰かがやってたさ』

[そもそも組織の内一人さえ殺害できずただ追い払っただけですかラ、

 実質此方の作戦は失敗と見做すのが妥当かと思われマス]

『そうは言うが帝国が救われたのは事実であろう。

 にも拘わらず貴様らは帝国側に何の見返りも求めず立ち去ったというではないか』

『そりゃ私らは、礼をされるような事なんて何もしちゃいないからな』

[帝国側とも正式に対価受け取りの権利を放棄する旨の文書を交わしておりマス]

『ふむ、成る程……然し乍ら、帝国上部はそれに納得しておらぬ。

 救国の英雄に対し何の対価も出さぬなど、

 由緒正しき界域の名折れであるとなッ!』


 零れんばかりに乳を揺らし乍ら、ウナリは声高に宣う。


『故にヤマタイ帝国は決定を下したッ!

 シオタニ・シンゲン、救国の英雄たる貴様に対し、

 界域の総力を挙げ全力で大恩に報いるとなッ!』

『別に要らないが。正式に文書交わしたし』

[というか如何にモンスターとは言エ、

 ダンジョンを統治する為政者が過去の契約を自ら破棄するのはどうなのデス?]


 カーネイジ・バグとユガワの指摘は尤もな正論だったが、

 ウナリはそれらを平然と黙殺し尚も続ける。


『そしてその第一段階こそ、此度の求婚……

 即ち我ら三人を妻として娶る権利の譲渡に他ならぬ!

 考えてもみよシオタニぃ~

 高貴で美しいおなごを三人も妻として娶り、己が思うままにできるのだぞ?

 おのことしてこれほどの誉れなど他にあるまい?』

『まず夫婦ってそういうもんじゃないだろ』

[実質ご自身を器物のように扱うのは関心しませんネ]


 やはり毒虫らは正論を述べるが、金髪の巨乳妖狐は止まらない。


『その上我は帝国の次期魔王に内定しておる。

 祖母様が退位し我が魔王の位を継承すれば、即ち貴様は魔王配……!

 俗人では到底到達し得ぬ富と地位が約束されておるのだっ!

 どうだ、これでもまだ我らの求婚を断ると申すか?』

『そうよぉ~ドクムシくぅ~ん♥ こんなチャンス、逃したら来世までの大損よっ♥』

『とっとと決断するっス。お前如きの分際には選択の余地も拒否権もないっス。

 そこはもう分かってるっスよね?』


 加えてそこに、淫魔コウコツと大鬼カチグリも便乗……

 白、褐色、青と合計六つのたわわなる乳を零れんばかりに揺らし、

 谷間をも存分に見せつけ乍ら婚姻を迫るが……


『なるほど分かった。検討しよう』


 そもそもこの連中と結婚する気など毛頭皆無な毒虫は、

 あくまで淡々と、こんな具合に返す始末であった。


『なッ、お前ェ……!

 この期に及んでまだそんな妄言をッッ……!』

『ちょっと、公共の場なんだし落ち着きましょーよカチグリちゃんっ。

 それにしてもドクムシくぅん?

 ウナリおねーさんがあそこまで必死にアピールしてたのに、

 検討するって答えはちょっとアリエナイんじゃないのぉ~?』

『すまんねぇ~。これでも用心深いタチなんだ……』

[Mr,の警戒心を解きたいのでしたラ、

 貴女がたもご自身についての仔細を語っては如何でしょうカ?

 ご自身についてアピールすれバ、Mr.も貴女がたに心を開いて下さいまショウ]


 無論、出任せである。

 実際毒虫らは単にコウコツとカチグリの経歴を知りたがっているだけであって、

 痴女三名に心を開くつもりなど毛頭ない。


『ん~そぉねぇ~。じゃあ、次はアタクシの番ねっ♥』

『じゃ、トリは自分スね。ぜってー心を開かせてみせる……』


 何やらただならぬ雰囲気のカチグリを尻目に、

 サキュバスのコウコツは自らの過去を語り始める。


『そもそもねドクムシくんっ、アタクシってある意味でキミの同類なのよ?』

『私の同類……ユーシャー殺しが趣味だとでも?』

『や、ソッチじゃなくてぇ~アタクシも元人間ってコト♥

 実はアタクシ、これでも元はユーシャーでね?

 当時は鎚不壊美ツイフェミって弱小窓際チームに在籍してたんだケド~

 当然知ってるわよねぇ、ドクムシくぅん?』

『ああ、よく知ってるさ。

 何せそのチームはんだからな……!』


 聊か嬉々として誇らしげな毒虫の発言に、

 果たして読者諸氏は驚愕し違和感を覚えたかもしれない。

 だが、それは紛れもない事実であった。


 嘗てシオタニ分家の五名を含む大勢の人々を虐殺し、

 ある意味では"ユーシャー殺しの毒虫"誕生の遠因になったとも言える"クイーン・ミサンドリ"……

 彼女の率いたチーム"鎚不壊美"はその後、

 他ならぬカーネイジ・バグの手に掛かり、悉く壊滅に追い込まれていたのである。


『今も覚えてるぞ。西暦3246年のことだ。

 モンスターになって丸一年、恩師にあたる方から

 「そろそろ大物を狙ってみたらどうだ」と勧められたんだ。

 それで頂いたリストの中に"鎚不壊美"の名前があったから、

 丁度いい機会だと思って襲撃させて貰ったのさ』

『なるほどぉ~、あの襲撃はそーゆー経緯だったのね☆』

『……随分と軽いな。仲間を殺し、働き口を壊した仇敵だぞ。

 恨み言の一つでも言えばいいだろうに』

『ウッフフフフ……何言ってるのよドクムシくんっ☆

 仇だなんて思ってないし、恨み言だって言わないわぁ〜♪

 だってアタクシ、君にすっごく感謝してるんだもの……

 ほーんと、言葉なんかじゃ足りないくらいにネ♥』


 乳を揺らして尻を振り、

 あたかも劣情を煽るが如く――当然、カーネイジ・バグにはまるで無意味だが――妖艶に身体をくねらせ乍ら、

 褐色肌のサキュバスは口走る。


 "仲間を殺し働き口を壊した相手カーネイジ・バグに感謝している"……

 字面だけ見ると明らかにおかしいその言葉が意味するものとは――

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