Dungeon2 ザ・バース・オブ・ザ・エヴィルモンスター

Floor2-1/4[アフター・ザ・デス・オブ・ザ・グレート・ユーシャー]

――前回より――


 人気敏腕ユーシャーのビッグライ・ブルフィンチ、

 並び彼を慕うパーティメンバーや撮影クルーらが

 ダンジョン探索中に惨殺された大事件…… 

 通称『ロスト・シャンバラ大虐殺』の影響は余りにも甚大であった。


 その凄まじい話題性の故に各種メディアは連日特集を組み

 この惨劇に関する仔細を尽く報道。

 各方面からは彼らの死を悼む声が相次ぎ、

 各国政府は合同での国葬を行うと決定した他、

 被害者遺族にも多くの同情が寄せられた。


 無論、否定的意見や穿った視点からの誹謗中傷、

 突拍子もない陰謀論、犯人を神格化し崇拝する反ユーシャー派閥、

 騒ぎに乗じた詐欺被害なども存在したのではあるが……

 それはまた、別の話。


――某日夜間・ネットカフェの一室――


「……いやはや、凄まじいな。

 飛ぶ鳥を落とす勢いとはまさにこのこと、か?」


 某所に建つネットカフェの、薄暗い個室。

 リクライニングシートに腰掛けたその男は、

 ディスプレイに表示されたニュース記事を読みつつ呆れ気味に零す。

 彼の読む記事は『ロスト・シャンバラ大虐殺』関係……

 それも、事件を起こした犯人の正体に迫る、

 些かゴシップじみて踏み込んだような内容が綴られていた。


「……『未来担う英雄たちの命を奪った邪悪に正義の裁きを』か。

 よくもまあ、そんな風に書けたものだな。

 ブルフィンチ家やその他遺族に脅されたか、

 或いは逆に金でも積まれたか……

 何れにせよ事実として、

 あの連中は到底『未来担う英雄』などではなかった……」


 思わせぶりに断言しつつ、男はページを切り替える。

 表示されたのは、ビッグライや彼の仲間たちによる悪事の記録。

 ユーシャーに媚び諂う公権力により隠蔽された筈のそれら情報は

 社会の暗部で収集・編纂され、男の手元に辿り着いていた。


「どころかむしろその対極……

 圧倒的な力と権能にものを言わせ、

 方々で傍若無人に暴虐非道、

 狼藉三昧を繰り返すまさに害悪であった、と」


 記録によれば、

 ビッグライが生涯に手を染めた悪事は

 刑事罰の対象となる行為に留めても五百を下回らず、

 それ以外をも含めれば千を容易に上回る。

 窃盗、暴行、傷害、詐欺から強制性交・不貞等の性的悪行、

 また放火・爆破や自殺関与を含む殺人に至る迄、

 凡そ罪と定義しうるものはほぼ全て網羅していた。

 また、彼の仲間についても程度の差こそあれ似たようなものであり、

 総じて社会を蝕む害悪、市井の敵と言って差し支えない。


(何故此れ程の害悪どもが今の今迄のうのうと、

 表の社会で英雄が如く持て囃され乍ら生きられたのか。

 甚だ疑問ではあるが、ともあれ……)


 男はぐっと背筋を伸ばし、

 ネットカフェの天井を見上げほくそ笑む。


「……奴らが害悪そうならば、

 私の行いはある種の社会貢献とも言えようなァ」


 幽かな呟きは事実、

 男の正体を如実に物語る。

 読者諸氏は既にお気づきであろう……。


 独り寛ぐこの男

 驚くなかれその正体は、

 渦中の『大虐殺』が下手人……

 異形のモンスター"カーネイジ・バグ"に他ならぬ。


「やはりどうにも、違うものよ。

 殺しに正当性があるか否かの差は……」


 モンスター。

 各ダンジョンに起源を持つこの生命体群は、

 種族、形態、生態、能力、思想、行動原理に至る迄、

 まさに多種多様の一言に尽きる。

 なれど彼らは総じて例外なく、

 地球侵略と人類への攻撃を一切躊躇しない。

 それがこれらにとっての本能、

 或いは絶対の義なのである。


 ともすれば、

 容赦なくユーシャーを虐殺するこの毒虫が

 自らの蛮行に正当性を求めるのは聊か異質と言えた。


「全く、我乍ら滑稽な。

 やはり何年過ぎようと、私は所詮半端者らしい」


 自嘲気味に語るカーネイジ・バグ。

 名家出身のユーシャーを圧倒し、人間への擬態も完璧。

 挙句ダンジョンを離れ人間の生活圏で巧みに暮らす……

 それらはモンスターの中でも一部の逸材にしか成し得ぬ所業。

 到底半端者とは思い難いが、

 事実彼がそう自称するのには明確な根拠が存在した。

 というのも……


「思い返せばもう二十四年、か。

 この力の扱いにも幾らか慣れたように思っていたが、

 どうにもまだまだ鍛錬が足りんかね」


 この発言でお察しであろう、

 彼カーネイジ・バグは……


 元・非ユーシャーの人間であり、

 純粋なモンスターではないのである。



 今こそ語らねばなるまい。

 毒虫カーネイジ・バグ、

 ユーシャー殺しに囚われた彼の、

 凄惨極まる過去について。



――回想――


 西暦3219年11月3日。

 ゲート及びダンジョンの出現から十二世紀。

 絶対強者たるユーシャーが社会の支配権を握る時代、

 東アジアの辺境で、その少年は生を受けた。


 少年は、歴史好きの両親"シオタニ夫妻"により

 "シンゲン"と名付けられた。

 武将・武田信玄の如く、

 強く逞しく育って欲しいとの願いからであった。


 シオタニ・シンゲンは夫妻から目一杯の愛を注がれ、

 心優しく誠実な少年へと育っていった。

 このままの暮らしが続けば、

 或いは一家は順風満帆な生涯を歩んでいたであろう。


 だが、悲劇は起こった。

 家族旅行の最中、一家の滞在先がモンスターに襲撃されてしまう。

 当然現場にはユーシャーが駆け付け、モンスターは討伐された。

 だが生き残った観光客は、ごく僅か。

 そしてその中に、シオタニ夫妻の名は無かった。


 夫妻は、幼い我が子を生かす為

 自らを犠牲とし凄絶にこの世を去ったのである。


 シンゲン、当時十歳。

 幾らか自立しこそすれ、

 それでもまだ脆弱性の際立つ年齢である。

 唐突に両親を失った悲しみは如何程であったろうか。

 ここから、彼の地獄が始まる。


 程なく、シンゲンは父の実家に引き取られた。

 シオタニの本家は由緒正しき官僚一族……

 嘗ては実質的に国家を支配した存在であった。

 とは言えそれも今は昔、

 ゲート出現に伴い各国の官僚は衰退、

 数世紀もすると実質ユーシャーにこき使われる奴隷と化していた。


 だが本家は現状を良しとせず、ユーシャーを打倒を画策。

 結果、彼らはシオタニ家出身のユーシャーを育て上げ、

 官僚側の戦力として使役すべしとの結論に至る。


 シンゲンを引き取ったのも、

 彼の持つスキルへの期待故に他ならない。


 スキル覚醒には個人差こそあれ、

 概ね七歳から十五歳の間に起こり、

 覚醒が遅い程強大なスキルを引き当てやすいとの通説があった。


 当時十歳のシンゲンはまだスキルを持っていなかった。

 ユーシャー向きの戦闘向けスキル保有者が少数かつ、

 個々のスキルもずば抜けて強大でなかった本家にしてみれば、

 喉から手が出る程に欲しかった人材なのは言う迄もない。


 斯くして本家に引き取られたシンゲン。

 彼がスキル覚醒に至ったのは、丁度その翌年であった。

 本家は嬉々として自宅に専門家を招き、

 シンゲンのスキルを鑑定させた。

 これでユーシャー向きの強大なスキルが覚醒していれば、

 或いはまだ、彼も多少はマシな人生を歩めていたであろうが……



 スキル名:ムードメイキング

 種別:パッシブ/自己補助型

 等級:E-

 効果:周囲の雰囲気を保有者の意のままに作り替える。



 突き付けられた現実は、まさに絶望。

 シンゲンに覚醒したスキルは、到底ユーシャー向きでなく……

 世間一般の風潮から見れば「ハズレ」の一言に尽きた。

 

 鑑定結果を受けた本家は、

 シンゲンを目に見えて冷遇し始める。

 空調設備の整っていない座敷牢に隔離し、

 粗末な食事を与え乍ら家事や雑用を押し付け、

 学校にも通わせず、事ある毎に不当な理由での暴行……

 紛うことなき虐待に他ならなかった。


 だが素直で心優しい性格のシンゲンは

 一言たりとも不平不満を言わず、

 如何なる理不尽な待遇を受けようと反抗もしなかった。

 どころか彼は、

 天涯孤独かつ出来損ないの無能たる自身に衣食住と役目を与えてくれるとして、

 本家に心より感謝していた程であった。


 後年、当時を振り返り彼は語る。


『あの時の自分は洗脳されていた。

 人間どころか奴隷以下の、

 ただの傀儡に成り下がっていただろう』

 と……。


 その後も彼は生き地獄を味わい続け

 然し懸命に生き続けた。


 然し凄絶な傀儡生活が五年に及んだある日、

 彼に転機が訪れるのである。

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