Floor1-3/3[ユーシャー・ザ・ラスト・グローリー]
――前回より 『ロスト・シャンバラ』内部――
「覚悟しやがれゴミ虫野郎!
てめぇはモンスターとしてユーシャーに倒されはしねぇ!
地を這う虫けらとして、
人間サマに踏み潰されるんだあっ!」
宿敵カーネイジ・バグを前に、
ユーシャーのビッグライ・ブルフィンチは堂々と宣言する。
『ほう、興味深いな。
特に踏み潰すとの言い回しは何ともはや……
よもや体格で劣る貴様が私を実際に踏み潰せよう筈もないが、
とは言え古典的な力関係を以て己の優位を誓うとは
破落戸にしては秀逸な比喩よな』
「あぁん? 例えだと? 踏み潰す云々が?
そうだな。確かにそうだ。
てめーがそう言うならそうなんだろーぜ、
てめーの中ではなぁ〜!」
『なに……?』
ビッグライの口から飛び出す、予想外の発言。
困惑するカーネイジ・バグだったが、
その意味を理解する機会は程なく訪れた。
「行くぜ、アクティブスキル発動!
『マイ・ライズ・ビー・トゥルース』!」
取り出したる赤い魔力水晶三つを握り、掲げるビッグライ。
彼が声高に宣言すると同時、
水晶は妖しく光り持ち主の手を離れ、
宙に浮いたまま剣士の周囲を衛星めいて周回し始める。
(なんともはや……
ユーシャーたる以上スキル持ちなのは当然として、
よもやアクティブスキルを隠しておったとは……!
一体何を仕出かすつもりだ……?)
危機を察したカーネイジ・バグは急いで距離を取る。
『スキル』
それはこの世のあらゆる生命体が有す固有の特別な力。
能動的に発動するアクティブと、
常時発動するパッシブに大別される。
例えば高い身体能力や高い記憶力、
特定分野の才能など日常的に有り触れた能力から、
火炎放射、念力、読心、不死性、
天候操作、光線発射、変身等に至る迄、
その内容は多岐に渡る。
(戦士型ユーシャーならば、
精々肉体強化や剣術、耐性付与等
上位のパッシブスキルを十数持つ程度と踏んでおったが、
よもやアクティブスキル、
それも魔力水晶の消費を伴う様な代物まで持っておったか……!)
ダンジョン探索やモンスター戦等
荒事を生業とするユーシャーにとって、
スキルとは戦略の要にして力の源。
生まれ持ったスキルがユーシャーの価値を決め、
そのまま地位や待遇にも影響する。
即ち、
名実共に世界最強格のユーシャたるビッグライが
強大なスキルの持ち主たるは自明の理と言える。
「ぬぅおおおーっ! 嘘よ、真実となれーっ!」
(なん、だとぉっ……!?)
水晶より迸る魔力は剣士の身体に流れ込み、
その身に"真実と化した嘘"を刻み込み、
変異・肥大化させていく。
「ぐううううううっ!
うううっぐうううううううっ!
ぬううううぐがあああっ!」
その有り様は宛ら特撮作品の怪人巨大化が如く。
事実、魔力を注ぎ終えた水晶が砕け散り消滅すると同時、
ビッグライは身長数十メートルもの巨人に姿を変えていた。
「これが俺様の! 真の力ぁ~っ!」
黄金の鎧に身を包み、長剣と盾を手にしたその姿は、
まさに彼のジョブたるパラディンそのものと言えよう。
「どぉ~だ虫けらぁ! デカくなってやったぞぉ~!
これでてめえを、文字通り捻り潰せるぜぇ~!」
『面倒な真似を。
その図体では殺すのに手間がかかって仕方ない』
「う~るせ~! 殺すのは俺様だぁぁ~っ!
踏み潰してやらぁぁ~っ!」
言うが早いか、剣士は憎き毒虫を踏み潰しにかかるが……
「うぉぉおっらああ~っ!」
『予備動作がでか過ぎだ。
容易く避けられるわ』
結果は空振り。
ビッグライ渾身の踏み付けは、
ダンジョンの石畳を砕き窪ませるだけに終わった。
「くっそ~! また逃げ回りやがってぇ~!
俺様の剣で切り刻んでやる~!」
『なに、剣?
おい、悪い事は言わん。
剣はやめておけ』
「うるせ〜っ!
敵の言葉に耳貸す奴がいるか〜っ!
うおらぁ――ぬわっ!?」
カーネイジ・バグの制止も聞かず、
剣を振り上げるビッグライ。
だが哀れ、彼の攻撃は空をも切らず不発に終わる。
というのもその剣は些か刀身が長過ぎた為、
ダンジョンの天井へ引っ掛かってしまったのである。
「ぬっがぁ〜!
バカなぁ〜っ!?
この俺様の剣が、
たかがダンジョンの天井如きにぃ〜っ!?」
『「長物は狭所に向かぬ」……探索の基礎であろうが。
よもや基礎も学ばずダンジョンに潜っていたのか?
字も読めん奴が文学部を受けるが如き有り様よ』
「があああああっ! うるせえーっ!
俺様ほどの天才には、基礎なんて必要ねぇんだよおっ!」
激昂したビッグライは、剣を持ち替え斬撃から刺突に切り替える。
「おらおらおらおらおらぁ!
突きなら天井は関係ねぇ!
標本にしてやらあーっ!」
『多少知恵は働くらしいが、
相も変わらず直線的……
回避してくれと言わんばかりだな』
「うっせーこのっ! とっとと死ねーっ!」
カーネイジ・バグは次々繰り出される刺突の悉くを回避……
挙句大きく跳躍したかと思えば、
突き出された刃の峰に軽々飛び乗って見せる。
「なっ、てめ――」
『……そろそろ攻めるか』
相対する巨剣士の混乱を他所に、
毒虫は目視不能な超高速で刃から腕へと駆け上がり……
『ズェイッ!』
肘の辺りで力強く跳躍、
見事な空中回転を伴う跳び蹴りを放つ。
「うわあ~っ!?
あっ、わわっ、どわっ!
あだあっっ!」
その威力たるやまさに強烈。
事実顔面に蹴りを受けたビッグライは
鎧により傷こそ負わなかったものの衝撃には耐え切れず、
間抜けにも剣を落としながら尻餅などつく始末。
実に面目丸潰れ、世界最強格も形無しであった。
(私の打撃でも破れんとは厄介な……)
カーネイジ・バグは思案する。
今やビッグライは自身の二十倍以上の巨体に加え、
頑強で破壊困難な鎧を身に纏っている。
例え如何に動作が粗だらけでも、
その巨体と防御力は彼にとって間違いなく脅威であったのだ。
(だが、やり様ならばある……)
「ぐうう、いでぇ~! 手首がぁ~!」
即座に策を練り上げた毒虫は、
刃から腕へ駆け上がった要領で
鎧の表面を縦横無尽に動き回る。
「うわあ〜っ!?
な、なんだっ!?
くそっ!
このっ、離れろぉっ!」
その姿はまさしく
人間に張り付き這い回る虫そのもの。
ともすれば必然、
ビッグライは必死でカーネイジ・バグを振り落とそうとするが、
剣士が幾ら身体を揺すれども毒虫が落ちる気配はない。
(此処迄は狙い通りだが、
さて、上手く行くかな……)
カーネイジ・バグは鎧に張り付いたまま、
辛抱強く揺れをやり過ごす。
そして……
「えーい、鬱陶しい!
こうなったら叩き潰してやる〜!」
(来たっ)
程なくその時は訪れた。
痺れを切らしたビッグライが、
怒りに任せて手を振り上げる。
『どうしたユーシャー?
何か探し物か?』
そのタイミングを見計らい、
カーネイジ・バグはわざとらしく姿を見せ挑発する。
「むっ! そこかぁ〜っ!
でぇぇぇ〜いっ!」
ともすれば必然、
ビッグライは怨敵を叩き潰さんと手を振るう
が……
『よっ、と』
「ぐわあぁぁ〜っ!?」
カーネイジ・バグは限界ギリギリでそれを回避。
籠手の殴打は腹に叩き込まれ、
強い衝撃を伴う暴力的運動エネルギーを受け
鎧は激しく損傷する。
(ふむ、予想以上に効果覿面。
これならば鎧の破壊も想定より短時間で済むか)
巨体に張り付き攻撃を誘導、
鎧同士を衝突させ破損させる……
それこそカーネイジ・バグの策であった。
(鎧が壊せるかが懸念であったが、
どうやら杞憂らしいな)
完全に破壊する必要はない。
精々『攻撃が通る程度の』穴が空けば、それでよい。
「くそっ! このっ!
潰れろよっ! 潰れろぉっ!」
(己が鎧への言葉と思うと滑稽だな)
ビッグライの鎧が金屑と化すのに時間はかからなかった。
挙げ句……
「なあっ!?
お、俺様の鎧がボロボロにっ!?
くっそ〜、いつの間に〜っ!
ええ〜い、こんな粗悪品の鎧
誰が着るか〜っ!」
(愚かな……)
鎧を破壊したのが己だとも気付かず、
勢い任せに全て脱ぎ捨てたのである。
「そもそも真の強者は防御なんてしねぇ!
この俺様に鎧なんて必要ねぇんだ!
てわけでこっから本番だぜ、クソ虫野郎〜っ!」
鎧を脱ぎ捨てたビッグライは自らの剣を拾い上げ、
突きの構えを取りつつその刀身に魔力を込める。
『またか。芸がないな』
対するカーネイジ・バグはその様に呆れつつ、
左掌から蜘蛛か芋虫の出すような"糸"を放つ。
「うわあっ! なっ、なんだっこりゃあ!?
くそっ、取れねえっ! てか目がっ! 目があっ!」
例によって粘着質なそれは
ビッグライの顔面にへばり付き光を奪う。
「クソが、虫けらてめぇ! 卑怯だぞっ!」
『愛嬌の間違いだろう』
毒虫は剣士の巨躯目掛け尚も糸を放ち、
また瓦礫をも投げつける。
『そこだ。
……もう少し右か。
もっと上に……』
「あだっ! がっ! ぐぎいっ!?」
身の自由をも奪われた剣士は、
糸に引かれ、瓦礫に打たれその体勢を矯正されていく。
その光景は宛ら、
念力で人形のポーズを調整するが如し。
『よし、完成だ』
「おご……あ、がっ……!」
凡そ二時間後、作業は完了。
糸と瓦礫を喰らい続けたビッグライは、
今や前傾姿勢で自らに剣を向けたまま静止している。
(恐らくこのままでも助かるまい。だが……)
カーネイジ・バグは、空く迄自らの手で始末をつけたがった。
ユーシャーへの憎悪か、
万に一つも生還の可能性を残さんとする危機管理意識か、
その理由は彼自身にさえ判然としない。
(少なくとも、慈悲ではなかろう)
独白しつつ、毒虫は掌から極太の糸を放つ。
その先端は剣士の眉間に直撃……
両者は糸一本で繋がる格好となる。
「う……あ……」
『さらばだ、名も知らぬ愚かなユーシャーよ』
糸を握り締めたカーネイジ・バグは、
憎々し気に吐き捨てつつビッグライに背を向け……
『精々来世で頑張ることだ。
もう少しでも"まし"になれるようにな』
背負い投げの要領で、糸を引っ張る。
「ぅ、あっ――ごがっ、ぐげああああっ!?」
すると必然、
拘束された剣士は俯せに倒れ込み、
手にした剣が胴を貫通……
「ごぼ、が、ぐ……ぁぁ……」
その後暫く苦しんだ後、
誰にも看取られず、彼は死んだ。
産まれ乍ら大勢に囲まれ、
英雄と持て囃された男の、
余りに惨めな最後であった。
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