Floor2-2/4[ワースト・バースデイ・オブ・ヒズ・ライフ]

――前回より――


 悲劇の少年シオタニ・シンゲンが

 地獄に突き落とされ五年が過ぎたある日のこと。


 その日、シオタニ邸の建つ地は歴史的な大地震に見舞われた。

 本家の面々は当初こそ邸宅の耐震性を過信、

 避難勧告も無視していたが、程なくその態度は一変。

 恐れをなし真っ先に避難所へ逃げ延びる¥。

 結果として邸宅は跡形もなく倒壊したものの、

 邸宅に暮らした者から"死者"が出ることはなかった。


 ただ"負傷者"は存在した。

 誰在ろう、他らなぬシンゲンその人である。


 座敷牢に囚われの彼は逃げる術を持たず、

 また本家の者たちも当然、逃亡に際しては己自身が最優先。

 家族さえ疎みかけた程である以上、

 たかが傀儡に過ぎぬシンゲンなど存在から失念しており、

 当然座敷牢へ捨て置く形となった。


 避難所にて邸宅の惨状を知った本家の者たちは、

 程なくやっとシンゲンの存在を思い出すも、

 誰一人その身を案じはせず、どころか


 『あんな面汚しなど死んで当然』


 などと、さも当然の如くぬかす始末。

 だが実際、瓦礫の中でシンゲンは生き延び、

 救助隊によって助け出され一命を取り留める。


 救助され治療を受けること暫し、

 身寄りのない彼はさる中流富裕層の家族に引き取られる。

 その姓は"シオタニ"……事もあろうに、

 嘗て己を傀儡とした本家に連なるシオタニの分家であった。


 シオタニ分家がシンゲンを引き取った理由は主に三つ。


 第一に、彼を救った救助隊員が分家の娘サチであり、

 救助当時の惨状を見て心を痛めた彼女が

 『彼を助けたい』と家族に訴えかけたため。


 第二に、分家は古来より本家と不仲であり、

 相互にある種の対抗心を燃やしてもいたため。


 第三に、シンゲンに違和感を感じた

 サチの夫コウセイが独自に調べた所、

 その経歴に明らかな不審点が見受けられ、

 本家が何かしらの悪事に手を染めており、

 シンゲンもその被害者たる可能性があったため。


 以上の理由から分家はこの哀れな少年の保護を決意。

 サチやコウセイはじめ分家の面々が

 予てよりシンゲンとの交友を深めていたのもあり、

 手続きは円滑に進行……

 彼は新しい家族と平穏な生活を手にした。


 その後シンゲンは分家の一員として目覚ましく成長。

 努力の末に短期大学を卒業した後、

 師と仰ぐサチの母ミカコへの憧れから保険会社へ就職。

 保険屋として顧客に寄り添いつつ、

 平凡乍らも充実した日々を歩んでいた。


 だが、彼の悲惨な生涯はこれで終わらない。

 次なる惨劇は短期大学卒業より四年後の西暦3245年、

 よりにもよって、彼の誕生日である11月3日に起こった。


「おめでとう、シンゲン!」

「おめでとう、シンちゃんっ」

「シンゲンくん、誕生日おめでとう」

「ハッピーバースデイ、シンゲンくん」

「ハッピバースデェ~シンにーちゃ~ん♪」

「ありがとうございます。

 こうして例年通り皆さんと一緒に過ごせて、

 私は本当に幸せ者です……」


 その夜シオタニ分家の面々は、

 シンゲンの誕生日を祝うべくさるレストランを訪れていた。

 メンバーは主役であるシンゲンの他、

 恩人であるサチとその夫コウセイ、

 サチの母ミカコと父ハルノブ、

 シンゲンを兄と慕うサチの息子タイヨウの計六名。


 その日は一家にとって非の打ち所なき"よい一日"であった。

 然したるトラブルもなく、和気藹々と家族の団欒を楽しむ、

 市井に有り触れた、平穏な日常の一幕に過ぎないハズであった。


 だが、時刻が20時を回ったその時、

 数多の客で賑わうレストランは一変、

 瞬く間に凄絶なる惨劇の舞台と化した。


『ヅウオアアアアッ!?』

「ぎゃああああ!?」

「なっ、なんだあああ!?」

「げえっ、モンスター!?」

「なんで上からモンスターが降ってくるのー!?」

「ここ最寄りのダンジョンから二百キロくらい離れてるのにー!」


 刹那、レストランの天井を突き破るように"降ってきた"のは、

 身長・翼開長共に十数メートルを下回らない巨体を誇る

 石壁の如き質感の悪魔じみたモンスター、

 ウォーロードガーゴイル・ハイエスト。


 無生物が変異した魔法生物系の中でも最高位に位置する種であり、

 岩石めいた質感の身体は生半可な攻撃を寄せ付けず、

 高い格闘能力に加え上高度な魔法をも使いこなす……

 まさに強豪と呼ぶに相応しい存在である。


『グ、ウゥ……!

 あの小娘ェ、力任せに爆破しおってッ……。

 気を抜いたせいでこんな僻地まで飛ばされてしもうたわ……!』


 毒づきながらぬっと立ち上がるガーゴイル。

 当然足下で慌てふためく弱者などお構い無しのため、

 必然その一挙手一投足に巻き込まれ大勢の客や店員が命を落としていく。


『ヌゥっ、ここでは魔力が薄い。

 回復も兼ねて城に戻らねばっ……!』


 ガーゴイルの発言に生存者らは安堵した。

 どうやらこのモンスター、

 この場に長居するつもりはないらしい。

 つまり暫くの間やり過ごせれば、

 或いは生き残れるかもしれない。

 そう考えると、それだけで希望が持てた。


(そうだ! 行けっ、お前なんてっ!

 城でも何処へでも、

 さっさと飛び去ってしまえばいい!)


 それはシンゲンも例外ではなかった。

 離籍していた為奇跡的に生存していた彼も、

 今すぐ家族を助けに向かいたい気持ちを抑えつつ、

 ガーゴイルの撤退を待ち続けていた。


 だが実際、生存者たちの希望は最悪の形で打ち砕かれた。


「そこまでよ、ロード・マーブル!

 あんたはここでこの私、

 クイーン・ミサンドリの手で死ぬさだめなの!

 大人しく観念なさい!」


 颯爽と上空に現れたるは、

 凛々しく妖艶なる美しき女ユーシャー、クイーン・ミサンドリ。

 双眸を血走らせた彼女は、

 悪鬼の如き形相で眼下の怪物を睨みつける。

 一方対するガーゴイルもといロード・マーブルは、

 付き合い切れんとばかりに翼を広げ、

 早々にその場から飛び立たんとする。


「逃げようったってそうはいかないわ!」


 だが当然、そこで逃亡を許すミサンドリではない。

 激昂した彼女はその身に魔力を滾らせ、

 宿敵を討たんと大技の発動に打って出る。


「許さない。絶対に殺してやる……!」


 ミサンドリの怨嗟に伴い夜空に現れたるは、

 直径一キロメートル近く……マーブルの巨体は元より、

 現場のレストランさえ覆いうる超巨大魔法陣。


「なっ、ああっ……!」

「おい、ウソだろあのユーシャー!?」

「私たちまで巻き添えにする気!?」

「なんて奴だ、ふざけんなっ!」

「人の心とかないんかぁぁぁぁ!?」


 その真紅の円陣を目の当たりにした瞬間、生存者たちは悟った。

 あのユーシャーは、敵をこの一帯ごと消し去るつもりだと。

 即ち必然、この場にいる自分たちが助かる見込みはない……。


 死を悟った者たちの行動は様々であった。

 上空の女に命乞いする者や、罵声を浴びせる者、

 諦観する者、神に祈る者、

 或いはその場から逃げ出さんと走り出す者など……

 ただそれらは総じて

 落ち着きを欠いたが故の行動である一点でのみ共通していた。


(あそこまで、辿り着ければ……!)


 だがその中で尚、冷静な者が一人。

 誰在ろう、他ならぬシンゲンである。


 苦境に立たされ図らずもある種の境地に達した彼は、

 この場で生存する為の最適解を見出していた。


(安全地帯は、モンスターの真下だっ……!

 如何に上位の強豪個体だろうと、所詮はガーゴイル……

 つまり結局は、ロックゴーレムなんかと同じ岩石型の魔法生物っ!

 なら必然、重くて遅いし動作も硬い!

 幾ら急ごうと、ドラゴンやフェニックスほど素早くは離陸できない!)


 彼が独白で語るのは、

 嘗て趣味で身に着けたモンスター学の確かな知識であった。


(事実、奴はまだ離陸に至ってない……

 多分、やられたショックで魔力が散らばってて、

 翼へ充填するのに時間がかかってるんだ!

 多分、あの女ユーシャーもそこを狙ってるんだろう)


 深手を負ったシンゲンは、

 這う這うの体で瓦礫の中を進む。

 目指すはロード・マーブルの真下……

 離陸直前までに奴の巨体へ隠れられれば、

 或いは運よく助かるかもしれない。

 当然確証はなく、

 必然失敗に終わる可能性は極めて高い。

 即ち全く分の悪い賭けなれど、

 それ以外の選択肢など在ろう筈もない。


 故に、彼は賭けた。


(もし仮に、奴が防御魔法を使ってくれて、

 その範囲内に入れたならより生存率は上がるだろう……

 まあ、希望的観測なんてするもんじゃないがね……)


 ぎこちなく進みながら、シンゲンは内心自嘲する。

 そうして進み続けること暫し、

 青年はいよいよ目標地点であるロード・マーブルの真下へ到着する。


(あとは、念のため何かシェルターになるものが……あった!

 この中に隠れよう……

 酷い匂いだが、くだらない死に方をするよりはずっといい!)


 奇しくも近場に金属製の大型ゴミ箱を見付けたシンゲンは、

 悪臭に顔を顰め乍らもその中に潜り込み蓋を閉める。

 申し訳程度の悪足掻きだが、やっておいて損はない筈だ。


(姉さん……

 兄さん……

 坊ちゃん……

 お師匠……

 親父様……

 助けられず申し訳御座いません……

 願わくば、どうかご無事で……)


 狭苦しく悪臭満ちるゴミ箱の中、

 シンゲンは"家族"の無事を祈った。

 現状を見るに生存は絶望的だが、

 それでもどうか生きていてくれと、

 そう願わずに居られなかった。


(やれるだけやった……悔いはない。

 これから何が起ころうと、私は悔いぬ……)


 覚悟を決めた青年は、心を無にしその時を待った。

 そして……


「くたばりなさいよ、石ころがっ……

 エクスキューション・デス・レイン!」


 クイーン・ミサンドリの魔法陣は禍々しく光り、

 辺り一面に血を固めたが如き無数の赤黒い刃を降らせる。

 触れた物体を切り刻み爆破するそれを受けては、

 如何にウォーロードガーゴイルの強豪と言えど一溜りもない。


『ぬぅ、避けられんな……致し方なし、

 ヘルウォール・プロテクトッ!』


 よって、未だ離陸不能なロード・マーブルは必然、

 防御魔法の発動を余儀なくされる。

 ヘルウォール・プロテクト……時に隕石も跳ね返す上位の防御魔法。


 攻と防。戈と楯。

 対を成す双方の激突は凄まじく……


 程なくその一帯は、瓦礫だらけの焦土と化したのであった。

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