東京の水道遺跡(前)

第1話

その日は二つの水道遺跡を見つけました。一つは春日駅にある水道管の破片。

そしてもう一つは四谷三丁目にある水道碑です。

泉岳寺からのバスが四谷を通りかかる時、傍らに大きな碑が見えました。

「ここが四谷大木戸の跡か」

江戸時代、江戸を防衛するためにいくつかの大木戸が立てられて旅人の監視に当たっていました。

この大木戸より内側が江戸の領域とされたのですが、現在その跡を確認できるのは2箇所だけ

一つは東海道に立つ「高輪大木戸」、伊能忠敬が日本地図を作るとき最初に測量を始めた場所で

現在の国道15号第一京浜の高輪2丁目付近に当たります。

そしてもう一つが甲州街道の「四谷大木戸」現在の四谷4丁目の交差点がそうです。

その傍らにある水道碑は玉川上水の完成を記念して建てられたもので

羽村で多摩川から取水された玉川上水は武蔵野を流れてここ四谷が終点となり

江戸の中は木管でいくつも分岐されていました。

そのため四谷には「水番所」が置かれ、玉川上水を作った玉川兄弟の子孫が代々番人となりました。

しかし暴れん坊将軍吉宗の代に番人は廃止されて以後幕府の管轄に入るのですが

水道碑の建つ東京都水道局の建物が「水番所」の跡です。

明治になり現在の新宿ビル街のあたりに「淀橋浄水場」が作られました

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