episode 15 真っ白な星のかけら

「ふん、そこなわけよ。話はね」

 道路にはうそみたいに人も車も通らない。雪の精がその可憐かれんさが台なしになるほど顔をしかめ、寒さに震える私は少しでもと車と車庫のすきまに入り込んだ。風が止まっていても多少の効果はあった。

「ねえ雪の精さん、今降ってるの雪じゃないよね。何かそんな気がするんだけど」

 私が車庫の奥から冷たい指を伸ばして考えをぶつけると、雪の精は「わかってるのね。里奈には雪町を広げる素養があったからねえ」と驚きもせずに答える。

「雪町を広げるというのは、我々の支配下に入る土地を増やすこと。我々はもっと支配下の土地を増やしたくてね、それこそが新雪町だし、新雪の精も必要になるのよ」

「そんなに増やして怪しまれないの?」

 私は思わず原住民としての抵抗より純粋な疑問で訊ねていた。雪町には一年中雪――今の私なら雪ではないとわかるのだが――が降り続くことになる。

「ふん、そこは一種の群集心理ね。雪町は多数派が小さな異変を素通りするようにできてるから」

 群集心理? 多数派が素通り? 発達障碍の私は脳が特別だし関わってるから少数派なのもわかるけど、九月に太平洋側の平地で「雪」を目にして素通りできないと皆少数派なのだろうか。今家の中にいる両親も雪と寒さに驚いたから入ってくる。いやもしかして、雪には気づいてもあまり問題にしないくらいまでが「素通り」なら、両親はあいまいな位置になるか。

 雪の精が続ける。

「今降っているのは君の言う通り、もう全部雪の精のかけらが発動して生まれたしろほしのかけらに切り替わってるわ。雪ではない」

 私が「真っ白な星のかけら、映画の題名か。こうやって出てくるんだ」と納得すると、黒髪が半分白く染まりつつある雪の精が私のいる車庫に迫ってきた。

「里奈には雪町を広げる素養があったから、前の雪の精はかけらを託した。鍵の映画が君が連れてきていた雪の精のかけらを発動して、たくさんの真っ白な星のかけらに爆発。ふん、最初は本物の雪も必要だけど、雪に紛れて星のかけらがどんどん降って、先に積もった分も含め全部星のかけらに置き換われば、晴れて新雪町と新雪の精の誕生よ」

「じゃあ、うちも近所の人も雪町人……、あ。うちはこれから先も雪町と特別な関係でいるの? まだ雪町を広げたいんだったよね」

 私が一つ疑問を持つと、雪の精は車庫と道路の境目に立って大人びた笑みを浮かべた。

「ふん、心配しなくても君はしがない運び屋よ。もう発動させたことだし、ただの雪町人になって悪夢もあまり見なくなるわねえ」

 その言い方は何なんだ。悪夢が減るのはいいにしても、勝手に映画にされたあげくに「しがない運び屋」って。緊張のせいか妙にのどがかわいてきた私は、「ねえ、うちってそんなに小さい存在?」とかすれた声で不平を訴える。

 ところが、雪の精は私を相手にせず笑顔も失われた。

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