episode 11 奪われた自由

 ところが、私を苦しめるのは感覚過敏や映画のうそにとどまらなかった。キスシーンの後も続く映画『まっしろな星のかけらは想いをとばす』が生んだ新たなうそに驚いていると、うそがより広い範囲にまで波及するのである。

「えっ、禎士くん何で? ちょっと待って」

 それはテレビの中、スケートボードをさえぎる声で始まった。何と禎士くんがペンションの屋根から落ちてしまったのだ。

「――お、おい里奈、今度は……どういうことだ?」

 すっかり負けているお父さんがおろおろ私を振り返る。実際はもちろん起きなかった事故、高級食器を勝手に出して眺めていた小学生の「里奈」が現場に駆けつけるか食器をしまうか迷って混乱、コーヒーカップを床に落として陶器が割れる音――!

 うわあ最悪な展開。私は何度も再生をやめようと思ってはちゅうちょしてきたけれど、もうこれまでとリモコンに手を伸ばし、

 あ、ふえぇ?

「手っ、手が……いでっ」

 不快な浮遊感を覚えた次の瞬間ぐんと右腕が下がり、リモコンはつかめずテーブルに手の甲がぶつかって痛い。な、何の力? 腕が下に引っ張られて自由が利かない!

「里奈、どうしたの大丈夫?」

 お母さんが私の顔を心配そうにのぞき込む。

「わっ、わかんない……」

 私は意思に反して右手をあたふたうろうろさせられ、九月残暑の汗がじゅうたんを小さく染めた。視界の端の映像では幼い私があわあわ破片に手を伸ばしては拾うのをためらっており、はっとする今の私。この右腕、映画の「里奈」と同じ動きをしているのでは――あっ、彼女が手を引いて私の右腕も自由になった。

 私は肩で思いきりほっとする。そうだね、うその話でも食器より禎士くんのほうが大切だよ。彼が落ちた駐車場へと駆け出す彼女、観ていられない私は前から動かせる左手でリモコンを捕まえ、厄介なDVDをやっとのことで停止させる。

 ああ、止まった。大汗かいた。

 しかし私は謎の根源であるディスクを怖くてデッキから取り出すことができず、デッキとテレビの電源を落とすしかない。しんと静かになり、いつの間にか近所のスケートボードの音もなくなっていた。

「えっ、これで終わりなの?」

 驚いたお母さんが首をかしげ、お父さんもよろよろの息をもらして意見を口にする。

「映画……、話が固まってない、ないなあ」

 その表情を見て弱気が襲う私、負けちゃだめと自分にむち打って腰を上げた。

「終わりじゃないよ。それに、こんな問題のあるうちのことだから叱られたりしたけど、本当は最後までもっと平和な話だし、禎士くんだって――」

「禎士くんって結局何なの?」

 ううう、お母さんが面倒くさいところを指摘する。

「えっと、だからうちはね、一人でし、失恋したんだからね?」

 おかしな身ぶり手ぶり、ここは禎士くんにふれなければ良かったか。失恋暴露に突き進んだ私は電源を切ったばかりのテレビを指さした。

「お父さんもお母さんも、あのね、今ここで観た映像にはうそがいっぱい入ってたの。うちにも理由はわからないし伯母ちゃんとこで観たときはそうじゃなかった。花が観たのも、ううんあの子だけじゃない、きっと今ここにあるやつ以外は全部全部伯母ちゃんと観た映画と一緒だと思う。みんな同じDVDなのに、ここに持ってきたら変になって……」

 根拠こそないが、これが正解で絶対間違いないと私は思う。当事者の私なら決めつける権利があると勝手な決めつけ、何が悪いんだ。

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