episode 3 映画を観なければならない
私が雪町のビデオディスクを探したことが影響したはずはないが、伯母さんから電話が掛かってきた。応対はお母さん、私が炭酸飲料を飲みほそうというときに眉根を寄せた視線を送り、手ぶりで私を呼ぶ。
「――ちょっとじゃあ、里奈に代わるから」
「へっ? 伯母ちゃ、ぐふっ」
私は唐突な咳をこらえて立ち上がった。相手は一緒に行った人、雪町の映画のうわさが頭をよぎる。しかし伯母さんの明るい「里奈ちゃん元気にしてる?」で別の話題だと安心し、
「あ、はい。学校も、仲良くしてます」
下手だけど当たり障りのない返事ができた。
「あら、良かったわ。あのね、小さいころから秘密主義の
ひくっとなった。敦美は伯母さんの妹である私のお母さんで、いやいやいやいや映画の話じゃないか! しかも観たかって?
「うっ、うち、観てない」
とっさに答えてから私も「知らない」で映画の存在を否定すべきだったと気づいたが、もう言い直せなかった。
「あら? ああそっかDVDか、DVD。我が家もそうなのよ。里奈ちゃんは名前とか変なとこにこだわるからねえ。小さな画面でも本当に良かったよ、あの丘での出来事がみんなみずみずしかった。わがままな里奈ちゃんが雪町でとてもいい経験をして、大人になったのがしっかり描かれてたわ。もう昨日のことのように思い出されてねえ……」
勝手に
――里奈ってあの旅行の前後で変わったんだよね。それが描かれてた。
こちらは先日聞いた花の台詞、恐ろしいことに二人の感想は一致している。そして伯母さんが楽しそうに続けた。
「実は旦那もね、来海家に電話するって言ったら書斎に隠れちゃったけど、この映画は里奈ちゃんも気に入って何度も観てるに違いないって言ってた。持ち上げすぎよねえ」
何度も観てる? しかも気に入るなんて本当に持ち上げすぎ。私まだ一度も観てなくて好きも嫌いもないんだから――とはいえあの旅行、あいまいな記憶に限ればたいして嫌な目に遭っていない。一度観たら大好きになって何度も観返すかもしれない。私はますます観なければならなくなった。よし、
「伯母ちゃん、DVD家にある?」
私はお母さんを気にして早口で訊ねる。
「え? うん、あるけどどうして?」
「じゃあ貸し――じゃない、観にいきたいです」
伯母さんには『まっしろな星のかけらは想いをとばす』のDVDはここにないと必死に説明し、お母さんには伯母さんたちの
私の言い訳をお母さんは疑っているに違いない。それでも高校生の娘の好きにさせてくれるなら、私は謎の解明と成長で応えるべきである。謎に光を当てて成長できる保証はないが、意外に激しかったお父さんの反対も何とか押し切り、私は遠路伯母夫婦の家まで出掛けていくと決めた。あちらでは両親を気にせず観られ、またDVDだけでなく一緒に旅行した伯父さん伯母さんがいれば、私の穴あきの記憶を補強できる可能性もある。
――わがままな里奈ちゃんが雪町でとてもいい経験をして、大人になったのがしっかり描かれてたわ。
伯母さんが言っていた。この話から伊田家にあるDVDの中身は、伯父さん伯母さんの知る範囲において事実と違いない話なのだろう。あとは記憶が貧弱な私だけの体験である。
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