episode 2 雪町への旅

 六年生の私は小学生最後の冬休み、お母さんの姉夫婦すなわち伯母夫婦に誘われて甲信地方の雪降る町を訪れた。南北に長い盆地の東にじっくり腰掛けた城下町は、古くから地域の中軸を担い優秀な人材を輩出してきた。現在は新たな象徴となるべくサッカークラブを育て上げ、空港に隣接したスタジアムで熱戦がくり広げられている。

 伯母夫婦と違う地方に住む私は一人でその町に向かった。特急と通勤列車の乗り継ぎが必要で、地元にだって空港はあるものの飛行機を使うことは考えなかった。それは私が鉄道好き少女なのと、当時は原因がわからなかったけど感覚が過敏で飛行機に乗るのに不安があったせい。もし音や振動に耐えられなくても、危険な離着陸時や異常発生時にはじっと座って誰にも理解してもらえずにいじめられ続ける苦行――、

 そんなの嫌だ。

 だから私は朝の特急列車で出発し、関東地方の混んだ通勤列車で足を踏まれて再び特急。振動は少々気になる程度で怖くなかった。ただ鉄道好きなくせに時間のかかる経路選択をしていたと知り、小学生ながら心底悔しがった私。あれはいつだったろう、帰宅後のはずだがこういう記憶まであいまいになっている。ちなみに旅行で使った車両はE721系、E5系、E233系、E351系……、こちらは趣味的すぎて今も忘れていなかった。

 旅行後に引退することになるE351系で曇り空の城下町に到着した私は、改札前で待つ伯父さん伯母さんと合流して町のはずれに向かった。タクシーには黒漆くろうるし塗りの城と人工的な堀も回ってもらい、川沿いを進んで山迫る丘へ。冬場ながら雪のない河原からは生気が感じられず、堀のようにりんとした美もなかった。そして振り返れば三千メートル級の立派な雪山が連なっていたのに、運転手は木々に囲まれた登りにかかるまで教えてくれず、損をした気持ち。

 といっても、私が年末年始を過ごす丘は雪の山脈を望む斜面なのだから、タクシーを降りた後いくらでも絶景を楽しめる――、はずだった。

「え? 何で」

 雪が降っている。激しく降っている。

「すごい……。伯母ちゃん、外!」

「あらっ。ちょっとあなた、すごい雪」

 三人でまさかと驚いた。降るだけでなく、先ほどまで雪がなかった道の両側にしっかり積もっている。前を見ればワイパーがせわしなく、真後ろに私が座る白髪の運転手は「いつもこんな感じですよ、ここは」となまりも屈託もない声で笑う。大丈夫かこの旅行、と憂鬱ゆううつになりかけた。

 その「いつも」が毎日だと私が知るのはもう少し後のこと。冷たい空気と雪に迎えられた旅行は丘にペンションを持つ伯父さんの知人の誘いで、もちろんそのペンションに泊まったのだけど、恐ろしい生物や幽霊を見ない代わりに、年明け後に丘を発つまで太陽や空を見ることもなかった。これは私の記憶のせいではない。

 すべてが雪、最初から最後まで天も地も雪。灰色の暗い雲がただただ白い雪を降らせ続けたその町は「雪町ゆきまち」と呼ばれていた。

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