episode 16 生まれた星を出た宇宙人

 私以上に小さくて可憐な顔が蒼ざめている。雪の精は塀の上の雪に降り続く雪、いや雪そっくりに輝く真っ白な星のかけらをじっとにらみつけ、しばらくして「止まらない」とつぶやいた。

「え? あの雪町でも降ってたでしょずっと……わゎっ!」

 突風が横から強く吹きつけ、圧力に奥の壁まで飛ばされる私。ブリキのバケツががらがら回転してほうきを倒し、外は激しい嵐の悲鳴! 雪の精が転げるように私の脇まで逃げてくる、今も息は見えない。

「違う、積もる量が止まらないのよ」

「量? そうか積雪――」

 外の世界は塀や垣根の上など、確かに先ほどの映画より深く感じる。ある水準以上はいくら降っても積もらないはずなのに、この新しい雪町はそれを上回っているではないか。このまま際限なく積もり続けたら町が埋もれてしまう。

「あなた雪の精なんだから止めてよ」

 思わず軽々しく押しつけると、雪の精は私から離れて首を横に振る。黒髪が風にほんろうされる姿がこんなときに美しい。

「だけどうち、町のみんなは悪くないのに……」

 涙がこみ上げてくる。

「長く伸びた海岸線から城下町を越えて山深い温泉地まで、やたらと雪町が広がってうわあすごい風、君の素養がありすぎよ。我々の望みではあるけど、星のかけらが止まらないのはとても厄介だわ」

「やめてよ、市民百八万人全員被害者じゃん! 百八万、正確にはもう少しで百九万だけど、うちの素養一つで広すぎるってばっ」

 この大好きな東北随一の町が何もかも真っ白な星のかけらの下に消えるというの? 私は抵抗したくて背中に風を受ける雪の精に泣かずに近づいた。支配下の土地をさらに増やすとなればこの町だけでなく世界全体まで心配になるけれど、銀河の辺境を回る恒星系で小さな岩石惑星の表面を一部分支配するだけと考えて――ああそうだ、細かいことを変に言いたがるのも私の障碍の特性であり、その前に抵抗はどうした!

「まあ怒らないで。まだ終わらないはずよ」

 雪の精が半身になって私と外を順ににらむ。今のは気休め? 私はぎゅうびゅううなる風とやまない星のかけらに歯を食いしばり、唇の冷たさやのどのからからぐあいが口をつぐませる。

 雷まで鳴りだした。

「ふん、我々の支配なんて、ただ通信のために星のかけらで覆うだけなのよ」

 低い空に居座る雲は黒さを増し、怒れる嵐に共鳴して真っ白な星のかけらが群れ踊る。

「通……信?」

 私が絞り出した声に雪の精は「生まれた星を出た友との通信よ」と返す、ちょっと待ってよ。

「生まれた星ってあなた宇宙人なの?」

 どくん、胸が跳ねてまさかと訊ねる。

「ふん、君だって外から見たら宇宙人じゃない。それに私、雪の精は人間ではなくロボットだからね」

 真顔でとんでもないことを言う雪の精。宇宙人、それより雪の精がロボットってだから吐息が白くならないのか。私をぎゃっとさせる蒼い光に追う雷鳴、驚きと恐怖で気が変になりそう。雪の精が私を押すようにして車庫の奥に進み、話をわっ、また雷怖いっ!

「――それで、我々は迫害されていた星で人口の半分を失って、命からがらちりぢりに逃げ出したの。でも一部が到達したここなら何とか住めると判断して、遠くの友に連絡したい、その手段として真っ白な星のかけらを広げてるってわけ。降り続けるのは簡単に減るからで、多めに降って自動的に深さを維持する。あと雲は、君たちにまだ降ってるのが雪だと思わせるために残してあるのね。通信には影響ないし」

 何と、人口の半分を失う迫害にも驚いたけど、「ここなら何とか住める」って私たちはどうなるの? 今まで抵抗しようにも流されてきた原住民としての視点、唖然あぜんとする顔色で気がついたか雪の精もうつむいてしまう。

「君は我々を勝手だと思うよね。真っ白な星のかけらが積もりすぎると困るのは、雲と違って通信を妨げるのと、町が埋まるだけでなく先に降った雪を排除する力が暴走して、周りの水まで消費し始めるのよ。水がないと君たちは困るわよねえ……でも、友が集まっても星のかけら以上の迷惑はかけないからね」

 そんなこと、うそでしょ?

 話に耳を傾けていた私は無理につばを飲み込み、そうだ唾液も水でのどがかわいているではないかと頭を抱える。町から水がなくなって私たちが困る? 宇宙人の都合で真っ白な星のかけらが降り続けるだけで十分身勝手で、本当に迷惑をかけないとしてもこの星に住むことだって認められたわけではない。だいたい宇宙人なんかどこにいるのよ。

 私は腹は立ったが何も言わず、短い沈黙が雪の精の顔色を変える。

「――ふん、解決する方法があるみたい」

 えっ、いきなり解決ってどういうこと?

 混乱する私はまずもっと根本的なことを問い、

「ねえ、宇宙人はどこにきゃあっ!」

 雷がかなり近距離に落ちた。

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