episode 9 銀髪のへんてこな雪の精

 小学六年生の私が中学一年生の禎士くんを好きになった。歳の差「一」は関係ない。どこが好き? 声が特別ってことじゃない。わからないし、いつの間に好きになったんだろう――、

「えっ、ちょっと。禎士くん!」

 先を歩く禎士くんが玄関の前を通り過ぎ、私は慌てて呼び止めた。冬と雪の冷たさが恋の力でぽっぽと熱くなったと思えば、かいた汗で再び寒くなる。私は早く屋内に入りたくて振り返らない赤いコートの背中に訊ねた。

「ここっ、雪町って夏でも寒いの?」

「まあね。丘を下りれば死ぬほど暑くなるけどな」

「そう……、ねえ、どうしたの?」

 怖いくらいどきどきで近づいて横から顔をのぞき込もうとすると、前を指さす禎士くん。わわっ、腕が顔にぶつかるって。代わりに私の白い吐息が禎士くんの顔にかかり、意外にも恥ずかしくなる。

「あれ、何だろうな」

「え? 髪が銀色だけど、ただの子供じゃん」

 最初に禎士くんを見つけた道路の反対側、坂を下る赤い車の陰から姿を現した。小柄な私より小さな男とも女ともつかない銀髪の子供が、虫のはねみたいに透き通った上着をそよがせてこちらをじっと見ている。風がなく車も途切れたところなのに? しかも誰かさんの幼い声を形にしたような、美形だけど見てて落ち着きの悪い笑顔。

「怪しい奴だな、見た目は男子小学生か」

 禎士くんが軽く吐き捨て、聞こえない距離の子供が左右を気にせず道路を渡ってくる。こちらも近づいて最短距離、生け垣が隔てた敷地の端から緑色の瞳に心を揺らしたままの私が話しかけた。羽織った薄い蒼緑の着物は実際にはたいして透けていなかった。

「あなた、何か困ってることがあるの?」

 自分でもこの問いをした意味がわからない。

「いや、興味深い子を発見したと思ってな。私はゆきせいという」

 降り続く雪のせい、じゃない雪の精? 声は見た目通りに子供っぽく、やけに〝それ〟っぽい名前としゃべり方でうそに決まってると思った。そういえば、寒さから雪が降り続く雪町でどうして生け垣などの緑は死なないのだろう。

「ふん、大人ぶって何見てんだよ、俺たちのこと」

 自分だって五十歩百歩な禎士くんがあきれ顔で反応した。

「私が気に病む指摘ではないだろう。さて、君の名前は?」

 雪の精は美しさ半分の笑みを絶やさず、なぜか私の名前だけ訊いてくる。私が「里奈、だけど」と少々恥じらって答えると、

「言うなって!」

 禎士くんに叱られた。

「え? だけどうち東北から来てるし、こんな小さな子に名前言って問題になることは絶対ないよ」

「小さい子が本名隠してんだぞ。こんなおかしな町で、言葉遣いも変だ」

 簡単に恋に落ちた私はこういうときも甘いのか、禎士くんは怪しい相手に警戒を解こうとしない。

「ふふふ、壊れるなよ? かけらを連れていくかもしれないんだから」

 どこか楽しそうな雪の精、緑色の瞳の奥でひらり何かが跳ねた。

「一部分だけ連れてくって猟奇犯かよ。こいつに何の用だ、俺の名前は訊かないってそういうことだろ?」

 禎士くんは茶々の後すぐ真剣な目になり、生け垣の向こうで笑っていた雪の精も「では、また今度」と唐突に背を向ける。その虫みたいな薄い蒼緑の翅をひるがえし、左右確認なく道路を渡っていってしまった。

「――ちっ、何だったんだ、あいつは」

 禎士くんが茫然ぼうぜんの一言を放ち、私もためていた息を吐く。まったくもう、へんてこな子。

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