episode 19 大人になれた?

 発達障碍といえば、伯母さんのあの言葉。

 ――わがままな里奈ちゃんが雪町でとてもいい経験をして、大人になったのがしっかり描かれてたわ。

 私は高校一年生にして大好きな町と宇宙人のためにがんばったと思う。悩む暇もない自己犠牲、その分だけ大人になれた? 私は首を横に振る。あの電話は大人になれるほどの自己犠牲ではない、いや大人になることとは関係ないんだ。

 まあ恋をすれば、きっと大人になれるけどね……。

 雪の精が私から離れ、雷鳴がおとなしくなった車庫の外を見にいった。九月の雪――真っ白な星のかけらはまだ降り続いている。

 私があの雪の精並みに小さいころから聞き慣れた「わがまま」という代名詞、確かに発達障碍があるとわがままに思われやすいのだが、単純に障碍者だからわがままなわけではないし、我慢を覚えたら治ったといえるのでもない。発達障碍にはいろいろあって私の障碍はこの星の科学では治せもしない。気体宇宙人の進んだ科学? 自らにない障碍をどう治せっていうんだ。とにかく私がいくら我慢に我慢を重ねて自分を犠牲にしても、大人になったとか治ったとかじゃない。今の私が私なりにがんばっただけで、それが望ましい素晴らしいこととも限らないわけで、

「里奈、うまくいったわ。ありがとう!」

 突然雪の精が振り返り、満面の笑みを見せた。

 勝ったのだ。

 私はもう一度ほっとして、その瞬間に恐ろしい落雷に襲われることもなく暗い車庫を出た。全身にいつかは消える真っ白な星のかけらを浴びると、自分には何となくわかる〝雪ではないもの〟が素敵な雪の結晶に思えてくる。東北地方で雪はめずらしくないものの、何しろまだ九月だし、一年の始まりみたいな春が来た日のようなすがすがしさ。誰も通らない道路から灰色の雲を一人眺めていた。

「あれ、雪の精……」

 視線を下ろした私は転ばずに水平一回転、無人の町。実は積もった星のかけらが少し減ったような気もするのだが、いくらなんでも影響が出るのが早すぎるだろう。

 そのとき、背中で扉の開く音がした。

「里奈、何してるの。いいかげん中に入って、風邪ひいたら大変よ」

 静かに振り向く私は怒りより疲労感を見せて主張するお母さんに何も言えず、ただうなずいて玄関に向かう。本当は頭が痛くなるくらい寒くてちょうどいい救出だった。ああ、家の中に入るのに〝救出〟は変か。

 それから穏やかな一時間が町を明るめにしたころ、白い傘に隠れて花が現れた。小学校から一緒の彼女を迎え入れようと顔を出した私に、町のにおいはやはり変わらない。

「何か、あの映画と同じになっちゃったね」

 部屋の窓から真っ白な町並みを眺め、多少は気づいてる彼女がゆっくりため息をついた。

「まあそれは、そういえば、そうだね……」

 映画『まっしろな星のかけらは想いをとばす』を観たとだけ告げた私はあいまいに逃げ、いつも心配してくれる花にどこまで話すか思案する。彼女は映画を観てすぐに言ったのだ。

 ――里奈ってあの旅行の前後で変わったんだよね。それが描かれてた。

 うっかり笑みを浮かべたあのときのこと。

「ねえ、うちがあの旅行の後、福原禎士くんに対してその、失恋の病だったって、映画を観て気づいてたのに隠したのはどうしてなの?」

「それは……、ごめん。百パーセント言い訳だけど、いろいろ考えちゃって、せっかく忘れてる里奈に思い出させたらパニックにならないか心配で、言えなかった。映画自体の話はしちゃってたのにね」

 恐る恐る訊ねた私に、一旦うつむいた花は顔を上げて正直に答えてくれた。百パーセント、超急勾配、鉄道なら千パーミル――私の思考が鉄道好きらしく脱線していると、彼女は軽く手をたたいて続ける。

「そうだあのDVD、パパが仕事から持って帰ってきたんだけど、どこでどうやって手にしたか覚えてないんだって。わけわかんないよねえ」

 なるほど映画はそういうふうにこの世に現れたのか。何だか納得できた私は、花にあと少しだけ雪町のことを話した。そしてそれを最後に、新たな雪町人となった友達は映画で観た「雪」のことを素通りするようになっていった。

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