episode 7 赤いコートの少年
私はふーうと長く呼吸し、寄りかかった身体で曇りを消した窓から外を見た。
「え……っ、何?」
拭われた水滴がよみがえって消えゆく外の世界にどきり、ぎょっとしてどくんっ。ペンションの横を登る坂、赤いコートの少年が目の前に立っている。自分を見つめる同年代の少年に心がぐるぐるし――、
「あの、ねえっ! あなたこの町の人?」
私は力一杯窓を押し開け、凍てつく空気と真っ白な息に紛れて眼下の少年に叫んだ。度胸なしで会話も苦手なくせに意外な行動、窓が開いた奇蹟を起こして手は汚れたけど、私は道路の騒音のなか少年の視線をつなぎ止める。
「おまえ、冬休みなのに雪町に来たのか?」
少年は鋭い視線で三階に訊き返す。声変わりしつつも幼い声で「おまえ」なんて言うから、わざと変な声色を使ったのかと思った。それより先に質問したのは私である。
「ねえ、『雪町』ってこの丘のこと? うちは旅行だよ! あと何歳? 名前は?」
「何だ、声が大きい……ふほはっ」
少年が風で顔に当たる雪を笑う。後ろを大型トラックが駆け抜け、音や振動に悩まされぬうらやましい少年が質問に答えてくれた。
「あのな、『雪町』はこの辺りの呼び名で、俺も
新たに出てきた言葉「雪町人」はそのまま雪町で暮らす人のことだろう。すっかり眠くない私は「ねえ、ペンションに入ってきてよ!」と名も知らぬ少年を呼び、一階まで飛んでいく。そこでなごやかに話すペンション主人にも伯父ちゃん伯母ちゃんにもかまわず少年を迎え入れた。
友達の少ない少女の声に応えてくれた少年は
理解力か何かが不安な私を、三階からなら同身長に感じた禎士くんが見下ろして「里奈、すごい焦ってるなはははっ」と肩を震わせる。私たちは玄関の大人たちから離れて廊下にいるのだけど、まったく、今度は「おまえ」から言い換えて下の名前呼び捨てとは。
「ねえ、禎士……くん、そんなに楽しい?」
笑いすぎの禎士くんに一言。
「悪い悪い、俺も女子相手にひどいよな。よしじゃあ、
そうそう、私が禎士くんのリュックサックを勝手に開けたのは携帯電話が始まりだった。電話を持つのは私にとって初めてで、今回の旅行を口実に買ってもらった雪のように白いフィーチャーフォン。
「あ――、持ってない。バッグだ」
だから一緒に201号室に行こうとしたら、禎士くんが「俺はここにいるよ」と断った。
「どうして?」
半身で訊ねると禎士くんは困惑顔になる。
「だってさっき出会ったばかりだぞ? 中学の男なんか部屋に入れちゃだめだろ」
「それは……、でも、禎士くんは違うよ」
さすがに言われている意味はわかったけれど、ここには立派な大人がいて騒げば周りに聞こえる。万が一禎士くんが、初経前の娘を手にかけて何が楽しいのか良からぬ妄想に支配されても、違う禎士くんにそんなことは絶対ない。私はまだ小学生かもしれないけど、いざというときの本質を見抜く力は信じていいと思ってる。禎士くんにはない。
しかし、この信念に予想外の角度から穴があいた。
「いいんだって、実際の俺がどうでも。世間の常識に合わせて行動しておけばな、結局大人から目をつけられずにうまくいくんだ」
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