episode 6 雪のペンション
「転ばずに着いたよっ、走ったのに転ばなかった!」
私は振り返って自慢、しかし伯母ちゃんからは「ほらあ、里奈ちゃん! 荷物持っていかないと」と大声の小言を受ける結果に。
「ぎゃっ、いたっ。もうやだ……」
急ぎ戻ろうとして転ぶ私、痛くて冷たくてこれを毎回やってしまうのが来海里奈なんだと思い知った。粉雪のおかげでさほど汚れていないけど、私はその雪を払って伯父ちゃん伯母ちゃんの前までとぼとぼ戻った。春には中学生だというのに、こうやってまた失敗ばかりが積み重なる。情けなくて顔を背け、ただ白いタクシーの後ろ姿を見送った。
とはいえもう叱られはせず、私は二人について暖かいペンションの玄関に足を踏み入れる。洋画に出そうなふくよかで気さくな女主人に促されて二階に上がるも、私は赤いじゅうたんにわあきゃあ騒げないほど緊張していた。
「驚きましたよ、ここも雪が多いんですね。下の町は何ともなかったのに……」
沿岸部住まいながら雪で有名な地方から来た伯母ちゃんが感歎するように主人に話しかける。私は廊下の突き当たり、雪が白い星のようにまたたく窓に目をやった。
「まあ積もらないからいいんですけどね。もう慣れましたし」
積もらない? 雪はやみそうにないし庭はもこもこの真っ白だった。頻繁に除雪してるから? 除雪前であれなら積もったうちに入らないのか。
さあどうぞと201号室のドアが開かれる。落ち着きのない六年生が一人は無理だから三人同部屋で、入ると廊下より寒く感じた。ベッドを三つ並べても残り十畳くらいありそうで広い。その他インテリアにええと「調度品」だっけ、つやのある重厚な緑色がとっても素敵。
私は大人の男が苦手だけど、血のつながらない伯父ちゃんと一緒の寝泊まりにはらはらなのはお父さんだった。表向きは今月十二歳の誕生日を迎えた私に生理が来たら大変って、私まだなんだよね。女の伯母ちゃんがいるんだし。だから本心は伯父ちゃんを気にしているのだけど、娘の
ちなみに私のいとこの伊田愛加はもう高校生、正月まで部活に夢中で家族旅行に興味を持ってくれなかったという。つまり私は娘の代わり、誰も言わないけど埋め合わせなのだ。
私が馬鹿な愚痴をかみ殺したとき、伯母ちゃんがこちらを振り向いた。
「じゃあ約束したよね。寝なさいね、里奈ちゃん」
「え? それ……ちょっと、やっぱいい」
確かに一人での長距離移動を終えた駅では疲れた眠いとさんざん文句を言ったけど、雪の中に飛び込んだ興奮状態か今は考えられない。
「ほらもう、里奈ちゃんはわがままばかり言わずに休んでなさい」
伯父ちゃんにも叱られた、いつもわがままわがまま言われてるから先入観があるんだ。それでも私は「約束って何?」と食い下がる。
「疲れたからベンチで寝るって駅で騒いで、必死になだめたのよ?」
伯母ちゃんは正しくても約束ではなかった。
「違う、ねえ、そういうことじゃなかったってば! 何でみんないつもうちが悪いの?」
ああ関係ないことまでつめ込んで爆発してる、もうおしまい。わかってても止められないのが来海里奈、わっと廊下に逃げ出した。
「ちょっと里奈ちゃん! 私たち下で用があるから、起きてるにしても部屋にいてよ?」
伯母ちゃんが私に泣くような声を投げ、追ってはこない。階段を逆に上った三階で廊下の湿った窓に取りついた私は、ただ鼓動が治まるのを待って悔やんでいた。旅行は最悪な始まり、いつもいつもこうなっちゃう。だから私は何か行事のときには始まる前に叱られる覚悟をするほどで――、いやいつもと同じなら今日もたいしたことないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます