episode 5 長い帰り道

 かわいい姪はうそなんかついていないと、伯父さんも伯母さんも一度は仰天しながら信じてくれたらしい。考えてみれば伯父さん伯母さんの経験だって知らないうちに映画化されたわけで、怖くて確認できないが私と似たような誰も知らない記憶の一つや二つはあるはず。いやもっとか、主役の私なんか数えきれないくらいなのだから。

 そして私は、日本海を背に手を振った二人に映画を観るまで記憶が不十分だったことを打ち明けなかった。映画に描かれた記憶が埋めてくれたものの、何だかうそをついたみたいで申し訳なかった。

「きっと、たいしたことじゃないし……」

 一冊目の文庫を読み終えた私は赤いグミを二つ口に入れて膝の鞄を凝視する。中にはおみやげとは別に銀世界のDVDが入っており、親に隠したかった私が持って帰って両親にも観せなければと決めたのは、一人娘の人生が勝手に利用されている事実を親は知っておくべきと考えたからが一つ。もう一つは私の臆病でしかなく、家族で知っているのが自分だけでは怖いから。お父さんに恋を知られるのは死ぬほど恥ずかしいけど、伯父さんが知ってるからどうにでもなれ、過去の恋だ。

 小刻みに揺れる車窓は一足先に始まった東北の秋、陽の傾きとともに力みの抜けた蒼が落ちる九月の空を変わりゆく緑が挟んでいる。冬になれば雪が舞い踊り、この谷もあの〝雪町〟に近づくだろう。帰り道に単線非電化路線――いわゆる「ローカル線」という言い方は嫌い――を選んだのは、特急の景色の飛び方に飽きたのではなくおみやげが高かったから。昔は伯母夫婦の北陸地方と東北地方の我が町を結ぶ急行が走っていたといい、高速バスは趣味の問題と飛行機に似た理由から避けた。

 自宅に着くまでに伯母さんからお母さんに話してもらう手はずにしていたら、グミがなくなるより早く怒りの電話が来た。ため息。

「十時になるって聞いたけど本当なの? あなたまだ十五歳なのよ?」

「十五はもう小学生じゃないし、ずっと列車の中だもん。それに着くのは九時台だよ」

 伯母さんに「九時」と言えば良かったか。

「あのね、いちいちへりくつ言わないの。それから思い通りにいかなくてもかんしゃく起こしちゃだめよ?」

 ほらまた叱られた、注意事項も増えた。私はわざと同じ台詞を使い、「あのね、うちは今たまたま乗り換え駅にいて怒られずにすんだけど、車内では出られないからもう掛けないでね?」と抵抗する。

「――そう、じゃあメールで返しなさいね」

 えっ、何それ。

「ちょっと、そっちからは電話のままのつも、あっ」

 親から通話を切られた横を背の高い少女が弓を持って駆け抜け、発車が迫っていることを思い出した。

 結局私は犯罪やかんしゃくのような予定外に遭うことなく家にたどり着き、土曜の夜は宿題も映画の話もせずに寝てしまった。明るいうちは流れる風景に見とれ、用意した文庫二冊を読み終えはしなかった。

 そして運命の日曜日。前日の疲労から八時過ぎに目覚めた私は、洗濯機の騒音があまり気にならないふわふわの思考をぼんやりさまよい続ける。ふと、足元にお父さんの気配が立った。

「――里奈、映画を観よう。もういいだろ」

 私ははっとまぶたを上げ、ゆらめく頭を解凍して居間に向かう。三人で映画を観る準備はできあがっていた。

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